3.オリフィスの精霊

 オリフィスのジャングルに点在する貧祖な村は焼き払われ、星系連合の襲撃は、もはや蹂躙だった。

 なぜか、そんな小さな村には不釣り合いな研究施設が、森の中にカモフラージュされて建設され、星系連合は特にその施設を標的に攻撃している。


 そんな研究施設の地下、ユニット三〇七と書かれた病棟のような部屋に、まだ十二歳のナディアという少女がいた。


 ナディアはここで生まれ育ってきたが、辛い訓練や身体検査を毎日のように強いられていた。部屋にはナディアを合わせて六人ほどの子供がいるが、他の子も連日連れ出され、数日後にもどってきたときは、体の一部に機械のようなものが取り付けられていることがある。


「病気だから、悪い部分を取り除いて、代わりに取り付けた」と説明されていたが、とても病気には見えない。ただし、ナディア自身には、そのようなことはされなかったが検査は辛く、特に検査後の頭痛はひどくて頭が割れそうになる。


「もういやだ……」

 そして、大部分の子供は、二度と顔を見ることは無かった。


 そんな中、星系連合の襲撃は、ナディアにとって救世主の到来に思えた。

 やっと地獄から解放されると思ったが、現実は甘くない。

 容赦ない星系連合の攻撃は無差別で、村も壊滅されているようだが


「生き延びるんだ。これはチャンスなんだ! 」


 そう自分に言い聞かせ、死地の中にも望みを捨てない。このユニット三〇七で最年長のナディアは、置き去りにされた、体に武器の一部が残されたままの見るに耐えない同室の五人の子供達と、砲撃の鳴り止まない中で寄り添い


「絶対、生き残ろう! 」

「でも、こんな体で、僕達生きていけるの」

「大丈夫、私にまかせて」

 とにかく、この星から脱出するのだ。


 ナディアは賢い子だ、いや賢いで済まされるレベルではない、ある意味天才といえる。しかし、賢さなどオリフィスで行われている実験には全く不要なもの。

 使い捨ての特攻兵器にされる子供達には、機械との融合に適正があるかが最重要だった。ただ、その賢さは、自分の命を縮める代償の上にあることは、まだ知らない。


 状況はかなり混乱し、普段はラスタリア皇国の職員や技術者がいる実験棟に人がいない。彼らは、星系連合が攻め込む前に脱出していた。


 実験棟の子供達は部屋に閉じ込められ食事もなく置き去りにされている。

 ナディアは普段から職員と親しみ、機械の操作を盗み見したり、密かにマニュアルを読み、試験棟の制御をかなり熟知していた。混乱の中で盗んだICカードと、パスワードで部屋の扉を解除し


「みんないくよ」

 すると、義足の手足で、満足に歩けない最年少の子供が

「ナディアおねえちゃん。私もいいの」

「もちろん! みんな一緒だよ。自由になるんだ! 」


 ナディアはその一番幼い六歳の子をおぶって、五人の子どもたちと病棟を抜け出し、まだ空爆の被害を受けていない、隣接する地下のロケット発射基地に向かった。


 *****


 そこでは、脱出のための最後のロケットの発射が迫っていた。

 施設には見殺しにされる、数百人以上の少年少女が残されているが、脱出船があることを知っているのは、このロケットに乗っている精霊といわれる数人の優秀な少年少女と、密かに情報を得たナディアだけだ。


 ナディアは、危険だがロケットの発射寸前のブースターがイグニット点火した直後を狙った。そうでなければ、自分たちが強引に乗ったところで発射シーケンス手順は停止するだろう。


 ナディアは周到に作戦を練っていた。

 発射直前にロケット先端のコックピットに向かい、あらかじめ仕掛けていた暗号キーで強引にハッチをあける。

 乗り込んでいた年長の少女が驚いて、緊急停止のボタンを押そうとするが、その子の腕を蹴り上げ、脱出艇から引きずりおろした。


 そのあと、他の幼い子供も引きずりおろし、代わりに連れてきた子を乗せた。

 ひきずりおろされた子供は打ち上げのブースターに巻きこまれる可能性があるが、自分が生き残るにはこれしかない。

 しかも、その年長の娘はナディアにやさしくしてくれた親友だった。


 ナディアは振り向かない、ナディアは鬼になった。


 引きずりおろした子を見ると、一生後悔するだろう。目を閉じてハッチを絞めロックすると、降ろされた子はどうすることもできない。

 そして、ロケットは発進した。


 上昇時の強いGと、急激な気圧の低下を必死にこらえるが、実験で痛めている体には辛い。しかも、敵の攻撃を避けるため、大気圏を出た直後、強引に異相空間転移のワープを行う。

 このため、さらに強い加速が行われたが、生きるための試練にしてはあまりに過酷すぎた。


 ナディアになついていた、一番幼い義手義足の子が意識を失い、二度と目をあけることはなかった。

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