2.赤き翼の死神(後編)
艦隊の最後尾で指揮する旗艦の大型空母では、司令長官をはじめ、連合各国の国王や高官が集合し、オリフィス陥落の勝利宣言が出され祝宴が始まった。
そのとき突如『敵機侵入! 』の緊急アラートが鳴り響く。
最近、一度も鳴らなかった敵機接近の緊急アラート。
司令長官への報告は
「赤色の戦闘艇が、我が方の制空領域を突破したようです! 」
その赤の戦闘艇は、無敗の星系連合の全兵力、二十万とも称される艦隊陣形の真っただ中に、単機で突入してきたのだ。
これまで、ラスタリア皇国は大軍をもってしても、連合艦隊の数十に及ぶシールド障壁の最外層すら傷つけられなかつた。
それを突破し、艦船が待機し主砲の射程に入る制空領域に侵入するなどあり得ない。例え侵入したところで、シールド障壁などとは桁違いの強力な銃火器の洗練を浴び、分子レベルで破壊されることになる。
おそらく、星系連合に一矢報いようと、死を覚悟して大将の首を討ちに来た
その無謀に突入する赤の戦闘艇が旗艦にたどり着くまで、数十隻の重艦船が頑強な盾となる。
誰もが想像しえない事態に一瞬緊張が走ったが、司令長官は来賓達に笑顔で状況を説明すると、迫る敵がたった一機の戦闘機ということで、蚊が刺すほどにも満たない抵抗に国王達も安堵し、そのまま宴席を進めた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
地上から見上げると、空の色も変えるほどの大艦隊に、旅客機ほどの戦闘艇が単機で突入するのは、煮えたぎるマグマの中に一滴の水滴をたらすようなもの。
艦隊は、火の中に飛び込んだ虫がどこまでたどり着けるか、冷徹に嘲笑しながら見物している。これまで出番のなかったインターセプター(要撃戦闘機)、さらに、待機している武装艦船が、暇つぶしと新兵の射撃練習もかねて、その
しかし、
突入してきた戦闘艇は、襲い掛かる艦船をことごとく撃破し、艦隊の最後尾の強固な陣形で守られた安全地帯に鎮座する旗艦に向かっている。
ことの重大さに気づいた星系連合は、艦船すべての銃砲、ミサイルがたった一機に向けられたが、止めることができない。
網の目に乱れ舞うエネルギー波の白光線。
その隙間を縫うように弾幕をかいくぐり、被弾しながらも、あえぐように、懸命に、ただ一点、旗艦を目指す赤き翼。
人が操縦しているとは思えない、不規則なバレルロールにピッチングの連続マヌーバ。
とても目視、いや自動でも照準が定めらない。近づく艦船は、ことごとく急所を撃ち抜かれて誘爆し、虚空の塵と化していく。
その奇跡の所業を目のあたりにした者達は恐怖に震え、ラルクシェルの乗る艦もロックオンされて警報が鳴り響き、クルーはうろたえ、なんとか逃げようと脱出艇に殺到する。
「やはり、神はいた……いや、我々にとっては死神か」
ラルクシェルは逃げ切れないと覚悟し、個人端末の待ち受けにしている妊娠した妻の写真を見つめ、震える手で最後のメッセージを送ろうとしていた。
そのとき、インカムに声がする
(あなたですね……極域の戦闘で精霊に逃げ道を作ってくださった方は…)
戦場には場違いな、おだやかで温かみのある女性の声だった。驚いて周りを見ても誰もいない。船のコンピューター、通信、戦闘記録がすべてハッキングされていたのだ。
赤き翼はラルクシェルの船には発砲せず、そのまますり抜け、そのときラルクシェルは見た。
機首に描かれた、三日月に腰掛ける魔女のエンブレム
ラスタリア后妃エストナの分身、赤き翼の
スカーレット・エクシード(紅蓮の超越者)
ラルクシェルは放心状態で座り込み、しばらく声もでなかった。
赤き翼は多数の被弾で損傷しながらも、見事に旗艦を捕らえ、要人達が艦橋の展望デッキで勝利の祝杯を挙げている眼前に停止し、粒子砲の
尖鋭の一撃‼
執念のゼロ距離射撃‼
その斬撃は大型戦艦の艦橋を跡形もなく吹き飛ばした。
星系連合の誰もが現実とは思えなかった。
何が起こったのか、しばらく、その信じられない事態に呆然とし、その事実を認識した時、血が凍った。
司令長官をはじめ、兵士達を鼓舞しようと自ら願い出て最前線に親征してきた、聡明で勇気ある各星系の国王や大統領、名宰相達が、不幸にも巻き添えとなった。
次の瞬間、それまで逃げていた艦船が一転、命を顧みず一斉に襲いかかる。
赤き翼は周囲の艦船から、数百の槍を突き立てられるように十字砲火を浴び、無残な姿を晒しながらも、賢明に故郷のオリフィスに戻ろうとしたが力尽き、最後は大気圏で燃えながら墜落した。
同じ頃、命拾いしたラルクシェルの個人端末に、見知らぬ通信が入っていた。それには、ある星系の座標といくつかの指示があり、最後に……
『娘のエリカを、どうか普通の子として育ててください』
間違いなく、先ほど声をかけてきた赤き翼からだ。
(拒否するわけには、いかないか……)
ラルクシェルは大きくため息をついた。
*****
これまで、圧倒的戦力差の中、星系連合の死者は、ほぼゼロだったが、この赤き翼の一撃で司令長官をはじめ数百の命が散った。
ここまで星系連合をまとめてきた主要星系の、秀逸で信望ある首長達の散華は、あまりにも衝撃的で星系連合を震撼させ、その後、星系連合が衰退をたどる
その恨みの報復は反撃の余力のないオリフィスに向けられた。
すでに降伏しているにも関わらず惑星オリフィスの小さな村々に、星系連合は容赦ない空爆を行い、地上戦に突入する。人口数千人の小さな星への腹いせとしか言いようのない、オーバーキル(過剰攻撃)。
それは、歴史上類を見ない十数カ国に及ぶ国王達の一度の崩御、これまで圧倒的優位に戦況を進めてきた星系連合において、筆舌し難い汚点、認められない屈辱、敵への憎しみ、まさしく皆殺しだった。
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