戦闘精霊 スカーレット・エクシード

プロローグ

1.赤き翼の死神(前編)

 地球型惑星オリフィス、電離圏上空300マイル

 極域に見下ろすオーロラは淡い採光を放ち、ビロードのように揺らめいている。

 その帯の中で、蛍のような不規則に舞う光の粒が煌いては消えていた。それは花火の先から地面にこぼれ落ち、二度と光ることのない火の粉のように、はかなく輝き消えていく。



 大部分がジャングルと有毒ガスに覆われた惑星オリフィスは、ラスタリア皇国最後の防衛線だった。

 攻め込む星系連合は、侵略行為を続けてきた独裁国家ラスタリア皇国を潰すべく大艦隊を送り込み、オリフィスの防衛軍は、なぶり殺しとしか言えない猛襲に、なす術がない。


 最後にわずかの有人機で応戦するも、犬死としか言えない抵抗だった。


 ☆☆☆☆☆


「すでに勝敗は決している」


 イージス艦の遠隔戦闘管制室のコンピューター・コンソールに座るラルクシェルは、眼下の惑星上空で行われている空中戦の味方ドローン(無人戦闘機)を、モニターを見ながら制御していた。


「俺がボタンを押すたびにこの点に示されているパイロットの命は、断末魔をあげて消えていく………まるで死神だ」


 敵機の識別、補足、追尾、照準設定、さらには射撃管制など一連の複雑なキルチェーンのプロセスはAIが瞬時に行う。

 ラルクシェルは、どの敵機を血まつりに上げるか、デジタルマップに映し出されるラスタリア皇国の戦闘機を示す赤いポイントに、味方ドローンの緑ポイントを重ねるだけの作業。


「………もはやゲームだ」


 隣接のブースでは、撃墜数を競い合って賭けをしている兵士達がふざけあう歓声と、笑い声が絶えない。

 優越感、そこからくる嗜虐しぎゃく心。人間は所詮しょせん動物、これだけ科学が発達したにも関わらず、その本性は稚拙ちせつだ。



*****


 第三次ユニオン戦役は、版図拡大を目論む独裁国家ラスタリア皇国に対し、十二の星系が連合して立ち向かった構図で、銀河の四半領域を巻き込む大戦だった。


 一国の軍事力としてはラスタリアが最強だが、連合した十二星系には敵わず。ラスタリア皇国の版図は次々と失陥し、その野望は潰え、本星と惑星オリフィスを残すのみとなっていた。


 ラスタリア皇国の最終防衛線とも言える惑星オリフィスは、敗北が決定しているにも関わらず、白旗をあげず自殺行為としか言えない戦闘を続け。これに対し星系連合は全軍を挙げて攻め込んだ。

 その戦力は、オリフィス防衛軍の十倍以上に達している。

 

 この過剰攻撃とも言える遠征艦隊は、あとに続くラスタリア本星を制圧した暁に、主要国の王や首長自らが皇国の滅亡と勝利宣言を凱歌するためであり。これらの王や首長達が確実に、かつ安全にラスタリア皇国にとどめを刺すための、星系連合の決意を示すものであった。


 ただしそれは、死骸をむさぼるため集まってきた禿鷹はげたかのように、滅亡したラスタリアの版図を少しでも我が手にしようとするため、その功績を主張し、遅れをとらないための各国首長自らの出征でもあることは、言うまでもない。


 こうして小さな惑星を覆う無数の艦隊群を、星系連合の兵士達は、皮肉をこめて『イナゴの群れ』と呼んでいた。

 過去におけるラスタリア皇国の暴戻ぼうれいな侵略行為は許し難いものではあるが、戦っているのは同じ人間だ、地上には被戦闘員や一般人も多くいる。軍人は敵を抹殺するのが任務ではあるが、憎むべき敵は、あくまで戦争を導いた至尊者なのだ。


 しかし、なぜそこまでして、不毛とも言えるオリフィスをまさに蝗害こうがいの如く完全に破壊しようとするのか、一軍人のラルクシェルには度し難い。


「いずれ、神の天罰が下るだろう……無論、この俺にも」


 ◇

 ゲームは終盤。

 わずかに残った敵の赤ポイントに、緑のポイント十数機が蟻のように、その一機にむらがる。

 ラルクシェルは逃げようとする赤のポイントの先にわざと手薄な箇所を作り、密かに逃げ道を空けていたが………気づかない。


 赤のポイントは逃げきれないと思ってか、突然反転して緑のポイントに向かっていく。言うまでもなく、この赤い点はアバターではない、人の子として生を受け、息をする人間なのだ。


「やめろ! 」

 ラルクシェルは心の中で叫んだが、次の瞬間、緑のポイントと赤のポイントが重なり双方とも消えた………


 しばらくして赤のポイントは全て消え、盤面が緑一色になると、ラルクシェルは残ったコーヒーを飲み干し、乱暴にスイッチを切った。

「終わりだ……」


 皆がそう思った。


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