第45話 手を差し伸べてくる未亜と躊躇をする僕

 未亜が瑞奈を好きだとわかり、僕は動揺を隠しきれないでいた。


 というより、未亜は陽太の妹という認識くらいかと思っていたからだ。


「というより」


「何?」


「僕が瑞奈と時々会ってること、何で知ってるのかなって」


「ああ、それはねー、単に見ていたから」


「見ていたから?」


「そうそう。ほら、駅前のカフェでよく会っていたよね?」


 未亜の指摘に、僕は思わず後ずさりそうになる。というより、目にしていたのなら、僕に教えてもらってもいいはずだ。なのに、話さなかったということは。


「あのう、未亜」


「もしかして、ちょっと、引いてる?」


「いや、引いてるも何も……」


 僕は間を置き、唾をごくりと飲み込んだ。


「もしかして、瑞奈のこと、つけてたりした?」


「おっ、鋭いねー、和希」


 未亜の誉め言葉に、僕は戸惑い始めていた。


「ごめん、その、色々と衝撃的というか、何というか、どう受け止めればいいかなって」


「まあねー。それは無理もないと思うよ」


 未亜は言うと、ふうとため息をつく。


「まあ、好きな気持ちは止められないっていうのかなー。おかしいと思っても、なかなかねー」


「というより、未亜は何で、瑞奈のことを?」


「それはまあ、皐月が柏木くんのことを好きになってからかなー」


 未亜は声をこぼすと、僕と目を合わせてくる。


「皐月から好きな人ができたと教えてくれた時、それが誰かは教えてくれなかったけど、すぐに、ああ、柏木くんだなってわかった。それで、とりあえず、どういう人なんだろうってこっそり後をつけたりした時に、妹さん、瑞奈ちゃんと一緒にいるところを初めて見て」


「そこはちゃん付けなんだ」


「まあ、今のはあたしの中だけだから!。だから、これはその、本人には内緒ってことで」


 未亜が口元で人差し指を立ててきたので、僕はとりあえず、うなずくことにした。


「それで、どうして、瑞奈のことが?」


「まあ、一目惚れって奴かなってー」


「そうなんだ」


「そうなんだよねー。だから、それ以来、柏木くんを見るというより、瑞奈ちゃんを見るために後をつけるようなことが多くなってねー」


 未亜は言うなり、左右の手を後ろにつけ、顔を空の方へ向ける。


「だからねー、和希が瑞奈ちゃんと一緒にいるところを見るようになって、すごく悔しいなって思ったんだよねー。このままだと、取られるんじゃないかって」


「いや、僕は別に瑞奈のことを取るとか、そういうことは考えてなくて」


「わかってるわかってる。それは傍目から見ていて、何となくわかったよー。後、瑞奈ちゃんが柏木くんのことを好きなんだなってことも」


「そうなの?」


「そうだよー。実はだけど、あたし、何回か、同じカフェ店内で近くの席から盗み聞きしたこともあるんだよー」


「マジで?」


「うん、マジで」


 未亜の答えに、僕はどう反応をすればいいかわからなくなる。


「まあ、そんなわけで、あたしは瑞奈ちゃんのことが好きなんだよねー」


「で」


 僕は辛うじて声を絞り出すと、改めて未亜と顔を合わせた。


「まさか、それを告白するためだけに僕を呼んだわけじゃないよね?」


「そうだねー」


「本当の目的は?」


「まあ、一番は瑞奈ちゃんにあたしが気持ちを伝えられるように協力をしてほしいんだけど」


「けど?」


「まあ、その、瑞奈ちゃんが柏木くんのことを好きでいることに変わりがないなら、しても無駄な気がするんだよねー」


 未亜は口にすると、ほどいていた髪留めを付け直し、ポニーテールの髪型に戻る。


「柏木くんがあたしのことを好きだと分かった時点で、瑞奈ちゃんがどう動くかなって思ったけど、何もなかったからねー」


「それで諦めようと?」


「いや、諦めるんじゃなくて、機会を伺うってところかなー」


「それじゃあ、その、皐月さんが瑞奈を中学の次期生徒会長に推薦するっていうのは」


「ああ、それは多分、そういうことをすることによって、皐月が瑞奈ちゃんの動きを確かめられるようにするってことじゃないかなー。瑞奈ちゃんの中学って、皐月と一緒に生徒会をしていた子とかいるからねー。今も連絡取り合ってるから、そこから、瑞奈ちゃんのことはわかるとかじゃないかなーって」


 淡々と話す未亜だが、僕にとって、受け止めるには色々と衝撃があり過ぎる内容だ。僕の裏で、皐月さんや未亜がそういうことをしていたとは。僕は瑞奈と会っていたことを誰にも知られないようにしていた。というのがバカらしく感じてしまうほどだ。


「というわけで」


 未亜は立ち上がると、座ったままの僕に対して、手を差し伸べてくる。


「瑞奈ちゃんと同じように、あたしのことも協力してくれるかなーって」


「いや、それは色々と矛盾してるような……」


「そこは和希に任せるよ」


 未亜の言葉に、僕は手を握ろうかどうか躊躇をしてしまう。


 つまりは、瑞奈か未亜、どちらの恋を応援するか。


 かといって、どっちつかずで曖昧にしていたら、双方から見限られてしまう可能性は高い。ましてや、瑞奈は未亜のことを敵視しており、何をされるかわからないだろう。


「下手すれば、夜道で刺される可能性も」


「和希?」

 気づけば、未亜が心配そうな表情を向けてきていた。


「ご、ごめん。その、まあ、色々と考えて」


「何だか大変だねー。もしかして、瑞奈ちゃんからお金を巻き上げられているとか?」


「いやいや、そんなことは別に」


「でも、奢ってあげたりしてるよね? コーヒー代とか?」


「まあ、そうだね」


 僕はもはや、未亜に何を知られていようが驚くことはなくなっていた。


「でも、まあ、こうして未亜と会ってる時点でも、瑞奈にとっては気に入らないことだろうし……」


 僕はつぶやきつつ、考えた末。


 未亜が伸ばしている手を固く握り締めた。


「ということは、オッケーってことかな?」


「そういう解釈で」


「なら、今後ともよろしくねー」


「こちらこそ」


 僕は未亜に引っ張られる形で腰を上げ、未亜と向かい合った。


 未亜は口元を綻ばせると、両手を離し、体の後ろへ回す。


「それじゃあ、このことは皐月にも伝えておくねー」


「いや、伝える必要はないんじゃ……」


「まあまあ。ここらへんは皐月へのアピールに繋がると思うよ? 親友の恋に協力する男として」


「そういうもん?」


「そういうもんだってー」


 未亜は言うなり、片手を出し、僕の背中を強く叩く。


「痛っ!」


「男なんだから、これくらいで痛がるもんじゃないと思うけどなー」


「いやいや、普通に痛かったから」


「これでも手加減したつもりなんだけどねー」


 未亜は声をこぼすと、背を向け、歩き始める。


「あっ、そういえば」


 未亜は途中で足を止めると、僕の方へ振り返ってきた。


「一応確認だけど、和希は今も皐月のことは好きなんだよね?」


「それはもちろん」


 僕が躊躇せずに返事をすると、「そっかそっかー」と未亜は何回も首を縦に振った。


「なら、お互い頑張りましょうってことで」


「まあ、未亜は瑞奈に振られてもいないけど」


「いやいや、瑞奈ちゃんは柏木くんにゾッコンなら、今告っても振られることは確実だよね? なら、和希と同じだよー」


「まあ、それはそうかも」


 僕が言うと、未亜は「じゃあ」と手を振って、体育館裏から去っていった。


 さて、どうしようか。


 僕はスマホを取り出すと、MINEを開く。瑞奈へ何て報告をすればいいのやら。


 僕は頭を掻き、しばらく悩んだ末、メッセージを打ち込み始めた。

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