第44話 未亜の告白と動揺を抑える僕

 やってきた未亜は、僕の前までやってくるなり、肩で息をしていた。よほど急いでやってきたらしい。


「てっきり、帰っちゃったかと思ったよー。でも、ちゃんと待っててくれたんだね」


「それはまあ、MINEで呼び出されて、それで無視して帰るわけにもいかないし……」


「だったら、メッセージ残してもらえればいいかなって思ったのはあたしだけ?」


「まあ、それはそれで冷たいかなって……」


「そうなんだ」


 ようやく呼吸が落ち着いてきた未亜は顔を上げる。なぜか表情は綻んでいた。


「まあ、せっかく待っててくれたんだし」


 未亜は言うなり、体育館の方へ顔をやる。奥からバスケ部の練習をする掛け声やボールの音が響いてきていた。


「といっても、まあ、こんなところに呼び出しってなると、だいたいは何となくわかるかなーって」


「まあ、何となくは」


「じゃあ、その何となくを、和希はどう予想してるのか、教えてもらってもいい?」


「えっ?」


 予想だにしなかった質問に僕は驚き、間の抜けた声をこぼしてしまった。


「予想って、それはまあ……」


「もしかして、実は何も思い浮かばないとか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 てっきり、未亜から告ってくるかと思っていたので、僕は戸惑っていた。まるで、逆の立場になった気分で、変な汗が背中から迸ってくるのを感じる。


「あれ、だよね? 未亜って、好きな人がいるんだよね?」


「それは前に話したかなーって」


「確かに」


「で、その好きな人をこの場で和希に教えようとしてると思ってるっていったところかな?」


「まあ、うん」


 僕はただ、うなずくしかなかった。


「なるほどねー。そこまでは予想していたと」


「問題はその、未亜が好きな人だけれど」


「誰だと思う?」


 未亜の問いかけに、僕は顔を上げ、雲がいくつか浮かぶ青空を眺める。


「僕、かなって……」


「それは、和希ってこと? あたしの好きな人が?」


「まあ、その、うん」


 僕は顔を戻すも、未亜からは目を合わせずに返事をする。恥ずかしさからか、顔が熱くなってきた。瑞奈から「自惚れ」と言われたことが今まさにしっくりとくる表現だ。


 一方で未亜は黙ったまま、両腕を組み、難しげな表情を作った。


「うーん。そう来るかー」


「えっ?」


 微妙な反応に、僕は視線を移す。


「残念だけど、ハズレだねー」


「ハズレ? つまりは、未亜は僕のことを好きでも何でもないってこと?」


「そうだねー。残念ながら。ごめんねー」


 未亜は口にするなり、両手を重ねて、頭を下げる。


 何だろう、これはドッキリか何かなのだろうか。あるいは罰ゲームか。


 というより、あたかも僕が未亜に振られたかのような雰囲気だけど、断じて違う。そもそも、僕が好きなのは未亜でなく、皐月さんだ。振られたけども。


 だけれども、どこか虚しい感情がこみ上げてくるのはなぜだろうか。


「おーい、大丈夫? 和希―」


 気づけば、未亜が心配そうな顔を近づけてきていた。お互いの鼻同士がぶつかりそうなくらいの近距離で。


 なので、僕は驚き、勢いて何歩か後ずさってしまう。


「あー、ごめんごめんー。驚かせちゃったみたいで」


「いや、その、こっちこそ、ごめん。ちょっと色々と落ち着きたくて……」


「それはつまり、あたしに今振られたこと?」


「いや、今のは振られたっていうことじゃなくて、単に、僕の予想が外れただけで」


「でも、何となくだけど、動揺してるよね?」


 未亜の指摘に、僕は返す言葉が見つからない。事実だからだ。


「と、とりあえず、未亜が好きな人っていうのは、僕以外の誰かってことで」


「そうだねー。で、それが誰か、和希はわかるかなって」


「いや、こうなると、全然見当がつかない」


 僕はすぐにかぶりを何回も振り、ほぼ降参といったポーズを取る。


 対して未亜は体育館裏のコンクリートへ、制服のスカートを手で押さえつつ、座り込む。そして、ポニーテールの髪留めをほどき、後ろ髪を肩まで下ろした。


「未亜?」


「いやー、何ていうか、こういうことを和希に話すと恥ずかしいかなーって。だから、まあ、照れ隠しみたいなものかな、ちょっと、髪をほどいてみたってところ」


 未亜は口にすると、僕の方へはにかんだ笑顔を移してきた。


「まあまあ。とりあえず、ここに座って」


 未亜は横の空いてるスペースを手のひらで何回か叩く。僕が躊躇をしてると、「そっかー、和希はあたしのことが嫌いなんだねー」とつぶやいてくる。


「じゃあ、この話はこれでおしまいということで」


「いや、それはちょっと」


「なら、座ってくれるよね?」


 小首を傾げて、僕の方を見てくる未亜。変にドキリとする仕草に僕は一層躊躇しそうになるが、何とか堪えた。


「それじゃあ、その」


「はいはい、どうぞどうぞー」


 未亜の陽気そうな声とともに、僕は横に腰を降ろした。


 後ろからは相変わらず、バスケ部の練習をする掛け声やボールの音が響いてくる。


「さてさて、では、せっかく、和希が横に座ってくれたのだから、あたしの好きな人を教えないとねー」


「で、誰なの?」


「ヒントは、和希の知ってる人」


「えっ? まさかだけど、陽太?」


「ハズレ。っていうより、あたし、振ったよね?」


「そうだけど、もしかして、間違って振ったとか」


「まあ、そういう可能性もなくはないねー。まあ、実際は違うけど」


 未亜は言いつつ、両膝を正面へ寄せ、体育座りになる。


「だけど、そしたら、僕にはもう、心当たりがいなくなるんだけど?」


「そうだよねー。まあ、あたしが普通の女の子だったらだけど」


「普通の?」


「いや、こういう場合は普通も何もないっか」


 未亜は言うなり、ふうとため息をこぼす。


「和希は、意外だと思わないで聞いてくれる?」


「意外?」


「ちなみに、今から言うことは皐月に暴露済み」


「それはまあ、未亜の好きな人が誰か、皐月さんは知ってるみたいだったけど」


「へえー。皐月と話したんだ」


「まあ、ちょっとね」


「で、また振られたと」


「いや、振られてないって。それに僕は再度告ってもないって」


 僕が必死に否定をすると、あははと未亜は笑いをこぼす。


「ごめんごめんー。和希がそこまで必死に否定するってなれば、本当だなーって思ったけど、そこまで否定すると、相変わらず皐月のこと好きなんだなーって思ったら、何だか感心を通り越して可笑しく感じてきて」


「いや、僕には意味がちょっと」


「だよねー。あたしもわからない」


 未亜の言葉に、僕は堪え切れず、噴き出してしまう。


「まあ、その皐月も柏木くんのことが相変わらず好きみたいだからねー。振られても」


「そうなの?」


「そうだよー。だって見ればわかるもん」


 未亜の当然といったような声に、僕は首を傾げてしまう。今日の昼休みで会った時は「わからないわね」と皐月さんは答えていたからだ。


「まあ、鈍感な和希にはわからないっか」


「それ、僕のことをバカにしてるよね?」


「ちょっとね」


 未亜の答えに、僕はやや悔しくなるも、それ以上突っ込むほどの気持ちは起きなかった。


「で、未亜が話したいことって?」


「あたし、女の子が好きなんだよねー」


「そ、そうなんだ」


 唐突な告白に、僕は相槌を打つも、内心は戸惑っていた。


「あれ? あっさり受け入れたね? 少しは何かしらの反応があるかなって、期待していたんだけど?」


「それは僕に少しは驚いてくれってこと?」


「まあ、そうとも言うかなー」


 残念そうに話す未亜。


 対して僕は、表に出ないよう、動揺を抑えていた。


「そ、それで、未亜は結局、誰が好きなのかなって」


「女の子となれば、和希もある程度は予想がつくよね?」


「まあ、僕の知ってる人なら」


 となれば、あり得そうなのは。


「皐月さん?」


「と言うかと思ったけど、残念、ハズレー」


「じゃあ、誰?」


「そうだねー」


 未亜は言葉を続けると、うーんと唸った後、何か思いついたのか、目を合わせてくる。


「じゃあ、ヒント。和希が時々会ってる子って言ったらわかる?」


「時々会ってる子って、それは」


 僕は言いかけようとして、同時にどう反応をすればわからなくなってしまう。


 対して、未亜は察したのか、顔を覗いてくる。


「わかったみたいだねー」


「いや、でも、何で?」


 僕は問いかけるとともに、頭に浮かんだある人物の名前を口にする。


「瑞奈が未亜の好きな子ってことだよね? そうなると」


「正解―」


 未亜は口にすると、僕の方へ向けて拍手をしてきた。

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