第42話 弁当を食べる皐月さんと生徒会室を後にする僕

 昼休み。


 僕はとある引き戸の前に立ち、ゆっくりとノックをした。


「どうぞ」


 予想通りの声に僕は安堵をすると、扉を開け閉めし、中に足を踏み入れる。


 生徒会室内には、皐月さんが窓際の席に座り、弁当を食べていた。


 僕は見るなり、恐る恐る近寄っていく。


「特に予告もなくここにやってくるなんて、初めてよね? 和希くん」


「それはまあ、確かに」


 僕は頭を撫でつつ、ぎこちない調子で答える。


 一方で皐月さんはご飯を箸で口に運んだあと、ふうとため息をこぼす。


「未亜は他のクラスメイトと学食に行ったわね」


「そうなんだ」


「だから、ここにやってくるのは誰もいないわね」


「生徒会の先輩とかは?」


「それはもっとないわね。先輩たち、そう熱心な人たちじゃないから」


 皐月さんは口にするなり、弁当の上に箸を置くと、おもむろに僕と目を合わせる。


「ここに来たのは、何かわたしに話したいことがあるからかしら?」


「その通りで」


「未亜のこと?」


「そう、だね」


「柏木くんを振ったみたいね、未亜は」


「まあ、うん」


「理由は『他に好きな人がいるから』と聞いてるわね。未亜から」


「そこまでご存知で」


「それで、和希くんは何を知りたいの?」


 視線を合わせてくる皐月さんは僕を逃がさないといった雰囲気を纏っていた。


 僕は意を決して、口を開く。


「いや、その、皐月さんから見て、未亜は誰が好きなのかなって」


「それはわからないわね」


 即答をする皐月さん。だが、僕からはすっとぼけているような反応にしか見えなかった。


「本当は皐月さん、知ってるんじゃ……」


「知っていたとしても、それを和希くんに教えるという気にはならないと思うわね。わたしの場合は」


「その言い方だと、本当は」


「答えは未亜本人から聞いた方がいいと思うわね」


 皐月さんの返事に、僕は何も言い返せない。


 わかってる。うっすらとだが、ほぼ確実に、僕は未亜が誰を好きなのか。


「ただ、わたしが言えるのはひとつだけね」


 皐月さんは立ち上がると、僕の前まで歩み寄ってくる。


 同時に僕は後ずさりそうになるも、寸前で何とか堪えた。


「変に気を遣って、自分の気持ちを正直に伝えないのは相手を傷つけるということね」


 皐月さんは淡々と言葉を述べる。


 一方で僕はごくりと唾を飲み込み、ただ、耳を傾けることしかできなかった。


「わたしとしては、これ以上、言えることは何もないわね」


「そういえばだけど」


「何かしら?」


 席に戻ろうとした皐月さんは、問い返すと同時に振り返ってくる。


「皐月さんは今も陽太のことを?」


「わからないわね」


「わからない?」


「ええ。でも、落ち着いた頃に色々と自分でまた考えてみて、そしたら、柏木くんのことを今はどう想っているのか、わかるかと思うから」


 皐月さんは胸元あたりに手のひらを当てて、俯き加減で声をこぼした。


「とりあえずは、今回の中間テスト、全教科満点が達成できるかどうかといったところね」


「それは、僕には何も言えないけど」


「ちなみに和希くんは中間テストの結果、どんな感じかしら?」


「今のところ、まあ、どれも平均点下回った点数ばかりで」


「そう。それは少し申し訳ない気持ちになるわね」


「いや、別に皐月さんのせいとか、どこにもなくて……」


「そうかしら? わたしに振られてからは遠目から見てもわかるように落ち込んでいたように見えたのだけれど?」


「えっ? それって、皐月さん、僕のこと、心配していたってこと?」


「それはまあ、まったくの赤の他人ではないのだから」


 皐月さんは照れたのか、うっすらと頬を赤く染めると、顔を逸らしてしまう。


「でも、わたしとしては今、柏木くんが未亜に振られたことを心配してるわね」


「でも、まあ、そこらへんは大丈夫かなって。陽太はあまりいつもと様子が変わってなかったから」


「そうだといいわね」


 皐月さんはぽつりとつぶやくと、ガラス窓の方へ視線をやる。


 生徒会室からは昇降口から校門へ続く舗道が望めた。前に皐月さんと陽太が一緒に帰るところをここで未亜と見守っていたことを思い出す。


「そういえばだけれど」


「はい」


「柏木瑞奈は元気かしら?」


 口にした皐月さんの表情はどこか不機嫌そうだった。まあ、陽太のことを好きではないかと睨んでるからかもしれない。まあ、実際事実なのだけれど。


 僕はとりあえず、「まあ、元気じゃないですかね」と当たり障りのない回答をする。


「そう、ならいいのだけれど」


「その、瑞奈が何か?」


「いえ、彼女は悔しいけれど、優秀な生徒と聞いているから」


「優秀?」


「ええ。通ってる中学校でいずれ、生徒会長に選任されるかもと聞いてるわね」


 皐月さんの言葉に、僕は驚き、唖然としてしまう。瑞奈本人から耳にしたことないからだ。加えて、最近あったテストの成績は学年トップでなく、一桁順位。瑞奈より適任な人がいそうな気がするのだが。


「もしかしてですけど」


「何かしら?」


「皐月さんが推薦しているんじゃ? 瑞奈が生徒会長になるように」


「さあ、それはどうかしらね」


 皐月さんは口元を綻ばせると、席に腰を降ろした。どこか恋のライバルとして忌み嫌っているように思っていたので、意外だ。


「ということだから、和希くん」


「はい?」


「よろしく頼むわね」


「それはどういう?」


「いずれわかるわ」


 皐月さんははっきりと伝えず、再び弁当へ箸を動かし始めた。


 察するに、僕に話すことはもうなさそうな感じらしく、目すら合わせない。


 僕は名残惜しさを抱きつつも、気持ちを切り替え、頭を下げる。


「その、じゃあ、失礼します」


「ええ」


 皐月さんの返事を聞いた後、僕は回れ右して生徒会室を後にした。


「わからない……」


 廊下に出て、生徒会室の引き戸を閉めた後、僕はおもむろにつぶやいた。


 だが、瑞奈がいずれ生徒会長になることよりも今は重要なことがある。


「とりあえず、放課後、未亜と会わないと……」


 僕は口にするなり、教室へ戻るため、生徒会室の前を後にした。

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