第40話 コーヒーを飲み干す瑞奈とご馳走をする僕

「それは意外な展開ですね」


 瑞奈は口にするなり、両腕を組んで、難しそうな顔をした。


 遅れてやってきたカフェ店内にて、僕は瑞奈と向かい合わせに座っている。テーブルを挟んで。


「まさか、お兄さんが富永のことを好きなんてと思ってしまいます」


「それはまあ、僕としても予想通りの反応かなって」


「上から目線ですね」


「いや、だって、前から未亜のことは嫌ってたみたいだし」


「みたいじゃありません。はっきり言って嫌いです」


 僕の声を遮るようにして、瑞奈は強い語気で言い切る。


「そんな富永をお兄さんが好きだなんて、正気の沙汰だとは思えません」


「その様子だと、家に帰ったら、今日告ったことをなかったことにするように言いそうだけど?」


「そのつもりです」


 瑞奈は言葉をこぼすなり、コーヒーカップに口をつける。ちなみに僕はオレンジジュースだ。ブラックコーヒーは苦いので、もういいかなと思ってる。まあ、ミルクやシュガーを入れれば、何とか飲めるようになる。でも、それをする手間をかけるくらいなら、はじめからオレンジジュースを頼んだ方がいいという判断になったわけで。


「でも、何となく気になりますね」


「何が?」


「富永が好きな人です」


「嫌いなのに?」


「嫌いなのと、好きな人が誰かに興味が出ることは別の話です」


「ああ、そういうわけね」


 僕は声をこぼしつつ、オレンジジュースをストローで飲む。


「でも、まあ、僕も気になると言えば、気になるけど」


「ですよね? だったら、なぜはっきりと聞かなかったのですか」


「まあ、話の流れというか、あまり突っ込むことができなかったというか」


「小心者ですね」


 瑞奈は僕のことをバッサリと切り捨てると、ふうと呆れたのか、ため息をつく。


「本当に先輩は変にお人よしですよね」


「そう?」


「そうですよ。富永に好きな人は誰かとか、しつこく聞かないですし。わたしなら、聞くまで帰ることはしません」


「それはまあ、そこまで興味がないというか、変にしつこく聞いたら、未亜から距離を置かれるんじゃないかなって」


「だから、お人好しなんですよ、先輩は」


 瑞奈はコーヒーカップが置かれたソーサーの縁を指でなぞりつつ、口にする。


「それだから、高村先輩に振られるんですよ」


「いや、それとこれとはあまり関係ないんじゃ」


「関係大ありです」


 瑞奈は前のめりになって、僕と目を合わせてくる。


「そもそも、先輩は高村先輩のことなんて、好きではなかったのではないですか」


「えっ?」


 瑞奈の突拍子もない問いかけに、僕は驚いてしまう。


 だとしたら、僕は誰が好きだと言うのだろうか。本人がそもそもわからないという時点で変な気がするけど。


「まあ、こういうことはわたしが言うことではないと思いますけど」


「そう言う瑞奈は陽太のことが好きなのに変わりは」


「ないです」


 僕の声に付け加えるようにして、瑞奈ははっきりと答える。


「そうでなければ、先輩とこうして逐一会うようなことはしません」


「まあ、そうだね」


 僕は苦笑いを浮かべ、場を誤魔化そうとする。


「とにかくです。わたしはお兄さんが誰かに振られるようなことはあってほしくありません。ましてや、その相手が富永ならなおさらです」


「じゃあ、どうすれば?」


「そのために、お兄さんには富永に告ったことを撤回するように、わたしから説得します」


「どうやって?」


「それは、富永には別の好きな人がいるということを伝えれば」


「だけど、そうしたら、間接的に陽太は未亜から振られることになるんじゃ」


「それは、高村先輩がお兄さんに振られた時と同じようにということですか」


 瑞奈の質問に対して。


 僕は間を置いてから、ゆっくりと首を縦に振った。


「そう、ですか」


 瑞奈は俯き加減になり、意気消沈といった感じになる。


「ということは、どちらにしても、お兄さんは一度振られなければいけないということなんですね。やっぱり」


「それしかないかなって。残念だけど」


「まあ、でも、わたしがこのタイミングで告って見事に振られるよりはマシな選択肢かもしれませんね」


「まあ、それはノーコメントで」


「先輩。変に気を遣わないでください。そういうことをされますと、わたしとしても反応に困りますから」


 瑞奈は言うなり、コーヒーカップの中身を飲み干す。


「とりあえず、今はわたしと先輩は何もしないというのが最善の選択しなのかもしれないですね」


「かもね」


「それはそれで、色々ともどかしい気持ちになりますが」


「まあ、気持ちはわかる」


「でも、お兄さんを差し置いてまで、富永が好きな人って誰なのか、気になりますね」


「まあ、そこらへんはタイミングを見計らって聞いてみるけど」


「そうですか。まあ、聞いても、わたしにとっては面白くもなんともない感じがします」


 瑞奈は淡々と声をこぼすと、スマホを取り出す。


「そろそろ解散しますか」


「そうだね」


「とりあえず、先輩、ご馳走様です」


 瑞奈は軽く頭を下げると、席から立ち上がり、帰る準備をし始める。


 僕は残っていたオレンジジュースを飲み干すと、遅れて椅子から腰を上げ始めていた。

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