第38話 部活動に戻る陽太とため息をつく僕

「隠れて聞いていたみたいだね、和希」


「まあ、うん……」


 僕はうなずきつつも、陽太から目を合わせられないでいた。


 処刑台に向かう心境というのはこういうものなのだろうか。いや、死ぬわけではないのだけれども。


「まあ、何はともあれ、自分が好きな子に告っているところを幼なじみに見られてしまったというわけだね」


「陽太、ごめん」


 僕は場の空気に耐え切れず、学校の鞄をそばへ投げ出し、陽太の前で土下座をした。


「別に、変に盗み聞きしようと思ったわけじゃなくて、その、未亜が趣向を凝らして聞いてみるからって言われて」


「趣向を凝らして?」


「だから、その内容がこういう風な形になるなんて、僕には思っていなくて……」


「なるほどね」


 短く答える陽太。淡々としている雰囲気がむしろ、僕にとっては怖かった。


「とりあえず、顔を上げて」


 陽太の声に、僕は恐る恐る視線を上げてみる。


 見れば、陽太はにこりと笑みを浮かべていた。


「まあ、和希はさっきまで見ていたからわかってると思うけど、僕は富永さんに告ったわけで」


「そ、そうだね」


「まあ、富永さんにとっては、寝耳に水みたいな感じだから、一度、時間を置いてから、返事を聞こうかなって思ってる」


「そうだね」


「それでなんだけど」


 陽太は言うなり、まだ膝をついてる僕と目を合わせる。


「和希は聞いていたりする?」


「その、何が?」


「富永さんが好きな人」


 陽太は口にすると同時に、僕の方へ手を差し伸べてくる。


 僕は戸惑ったものの、拒む気は起きず、陽太の手を握り、そして、立ち上がった。


「それは、僕にもわからない」


「というのは、聞いていないってこと?」


「いや、聞こうとしたことはあったんだけど、タイミングとかあって、聞き逃したっていうか」


「なるほどね」


 陽太は両腕を組むと、体育館の壁に寄りかかった。


「それじゃあ、和希は」


「何?」


「さっきの富永さんの反応を見て、どう思う?」


 陽太の問いかけに、僕は頭を巡らせる。


「いや、僕には何とも」


「だよね。自分も同じ答えかな」


 陽太は額に手を当てて、困ったような顔をする。


「だから、後で富永さんから答えを聞くことになるまで、自分は落ち着いていられないね」


「何だか珍しいような」


「何が?」


「その、陽太が動揺してるってこととか」


「自分はいつも冷静だとか、そんな人間じゃないつもりだけどね」


 陽太は口にすると、体育館の壁から体を離すと、歩み寄ってくる。


「まあ、この結果は、和希もどうなるか知りたいと思ってるだろうけどね」


「それはまあ、興味がないって言ったら、ウソになるかなって」


「なるほどね」


 陽太はうなずくと、僕の肩を軽く叩く。


「まあ、和希が隠れて見ていたことは変に追及しようとはしないから」


「それは、どうも」


「じゃあ、自分は部活に向かうから」


「ああ、うん」


 僕は軽く手を振って、陽太の背中を見送った。


 そして、体育館裏で一人取り残された僕はため息をつく。


「というより、陽太って、未亜のことが好きだったんだ……」


 僕は言いつつ、今更ながら、陽太に聞きそびれたことを思い出す。なぜ、未亜のことが好きになったかということだ。


「とりあえず、その、ここは未亜にダメ元でもいいから連絡でもした方がいいかも」


 僕は口にしつつ、スマホを取り出し、MINEで未亜にメッセージを送ることにした。

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