第37話 体育館裏に呼び出す未亜と固唾を飲む僕

― 結局、未だに聞けてないということなんですね ―


 瑞奈のMINEからは、淡々としたメッセージが僕に送られてきた。


 おそらく、明らかに失望をしているといったところだろう。


 僕はため息をつきつつ、スマホを打ち込む。


― でも、今からわかると思うから ―


― それは今からお兄さんに聞くということですか ―


― まあ、うん ―


― 聞くのは僕じゃないけど ―


 僕のメッセージに、瑞奈からの返事はすぐに届かない。既読にはすぐなるけども。


 しばらくして、瑞奈から反応があった。


― それはもしかして、高村先輩に聞いてもらうとかじゃないですよね? ―


― いや、それは違くて ―


― まさかですけど ―


― 富永ではないですよね ―


 瑞奈の問いかけに対して。


 僕は手が止まってしまった。


 一方で瑞奈は察したのか、メッセージを送ってくる。


― 図星みたいですね ―


― それはつまり、富永とお兄さんが話すということですよね? ―


 瑞奈のMINEに、僕はまだ返事を出すことができない。


― 先輩 ―


― 後で話がありますので、いつものカフェに来てください ―


― 来なければ、殺します ―


 瑞奈の物騒な単語に一瞬ビクつきながらも、僕はようやく指を動かし始めた。


― わかった ―


 僕はそこでようやくスマホをしまうと、正面へ視線を動かす。


 放課後の体育館裏。


 僕は草むらの陰に隠れていた。


 で、視界の先には。


 今日の昼休みに声をかけてきた未亜が立っていた。


 と、未亜がスマホを取り出し、何かを打ち込む。すると、僕のスマホが震え、見れば、未亜からのMINEだった。


― 柏木くんの妹さんと話終わった? ―


― まあ、うん ―


― 後で報告を求められたけど ―


― なるほどねー ―


― それはあたしも行った方がいい? ―


― いや、大丈夫。僕だけで ―


― 了解― ―


 未亜は返事を返すとともに、僕に対して、右手で敬礼をしてくる。僕は戸惑い、とりあえず、こくりとうなずくだけにした。


 何はともあれ、後は待つだけだ。


 と、未亜が別の方向へ顔をやり、にこやかな表情で手を振り始めた。どうやら、相手が現れたようだ。


 といっても、隠すまでもない。相手とは陽太だ。


「何だか待たせたみたいだね」


 やってきた陽太は頭に手をやり、申し訳なさそうな表情を移してくる。


「それで、その、話は何かなって」


「ああ、話だよねー。って、あたしから呼び出したんだもんねー」


 未亜は勿体ぶったような調子で口を動かす。僕からすればじれったいような感触を抱いてしまうが、陽太は淡々としているようだ。


「まあ、こういうところで二人で話があるとかになると、話す内容は何か限定されるような感じがするね」


「そうだよねー。特に誰かに聞かれてもいい話なら、教室とかで済むからねー」


 未亜は受け答えしつつ、愛想笑いを浮かべる。まあ、実際は僕が姿を隠して、聞き耳を立てているのだけれど。


「とりあえず、その、本題を話そうかなーって」


「うん」


 陽太はこくりとうなずくと、静かにただ、じっと未亜と正面を合わせる。


 何だろう、見ている僕の方まで変に緊張をしてしまう。


「柏木くんって、その、好きな人とかいるのかなって」


「自分が?」


「うん」


 陽太の問いかけに対して、首を縦に振る未亜。目を泳がせつつ、どこか思わせ振りな様子を作っていた。


 対して、陽太は頬を指で掻きつつ、困ったような様子をする。


「それはその、富永さんは何でまた?」


「いや、その、何となくねー」


「それを聞くために、わざわざ、ここに自分を呼び出したってこと?」


「まあ、本当はねー、それだけじゃないんだけどねー」


 未亜は口にすると、意を決したかのような顔をして、改めて陽太と向かい合う。


「実は、あたしも好きな人がいて」


「富永さんに?」


「まあ、うん。でも、なかなか告ることができなくてねー」


「というより、富永さんって彼氏いないんだね」


「その反応って、柏木くんも彼氏がいるかと思ってた?」


「まあ、そうだね。というより、『も』っていうのは、もしかして、和希にも同じことを言われたとか?」


 陽太が尋ねると、「そうだねー」と未亜は即答をする。確かに、僕も前に似たような反応をした気がする。


「まあ、和希のことは置いといて」


「というより、富永さんも『和希』って呼ぶんだね」


「あれ? 今気づいた?」


「まあ、今朝、そう呼んでいたから、何でだろうと思っていたけど、和希には聞きそびれていたからね」


「まあ、それは皐月のことで色々とねー」


「ああ、そういうことね」


「まあ、その話はそれくらいにして」


「柏木さんが誰を好きかってこと?」


「そうそうー。まあ、うん、こんなところまで呼び出したんだから、それくらい、柏木くんには話さないといけないかなーって」


「別に無理して話さなくても」


「じゃないと、柏木くんとしては不公平でしょ?」


 強い語気で言い返す未亜。まあ、僕としては陽太の好きな人がわかればいいのだけれど。でもだ。未亜曰く、不公平感をなくすために、自分が好きな人も言わないとダメらしい。


「そこまで富永さんが言うなら」


「ありがとう、柏木くん」


 未亜は軽く頭を下げると、続けて言葉を紡ごうとした。


「でも、それなら、自分から先に言わせてほしい」


「えっ?」


 未亜は陽太の反応が予想外だったのか、驚いたような声を上げる。同時に僕も同じ感じになりそうだったが、寸前で堪えた。したら、陽太に隠れて見ていたことがバレるかもしれないと思ったからだ。


「その、自分が好きな人なんだけど……」


 陽太はぎこちない調子で口にすると、頬を赤らめる。やはり、照れがあるようだ。


 一方で未亜はただ黙って、場に居続ける、果たして、陽太は誰が好きなのだろうかと。


 僕が固唾を飲んで二人の姿を見続けていた。


 だが、陽太は声を発せずに。


 人差し指である方を差した。


 先には。


「あたし?」


 未亜は自分を示していることに気づき、問い返す。


 対して陽太は。


 間を置いてから、ゆっくりと首を縦に振った。


 瞬間、僕は腰が抜けそうになる。


 まさか、陽太が未亜のことを好きだなんて。あまりにも予想外過ぎだ。


「あはは」


 で、急に告られた形となった未亜は誤魔化すかのように笑いをこぼす。


「柏木くん、冗談きついよー」


「いや、これは冗談じゃないから」


 返事をする陽太は真剣そうな表情をしていた。


 さて、僕は一体、何を覗き見してるのだろう。ああ、幼なじみが好きな人に告ってるところか。


 何だろう、隠れて聞くものではないなと僕は思い始めていた。


 だって。


「そ、そうなんだねー」


 未亜は動揺をしているのか、言葉を続けるのが精一杯な感じで。


「こういうところでしか言えないかなと思って、それで」


 陽太は左右の手で作った握りこぶしを震わせつつ、口を動かしている。


 もしかして、僕が陽太に直接聞けば済む話だったのではないかと。


 と、未亜は耐え切れなくなったのか。


「ご、ごめんねー。ちょっと、用事思い出したから」


「と、富永さん?」


 未亜は逃げるようにして、場から立ち去っていってしまった。


 そして、取り残された陽太。


 僕がいることに気づいていないのだろう、ふうとため息をつき。


「そこにいるのは陽太?」


 どうやら、僕の存在は陽太にとってはバレバレだったらしい。


 もはや、降参といったところか。


 僕は意を決して、隠れていた草むらから出て、陽太の前に姿を現した。

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