15日目(木曜日)

第32話 チーズケーキを食べる瑞奈とブラックコーヒーを飲む僕

 僕と皐月さんがお互いに失恋した者同士になってから、翌週の木曜日。つまりは、四日間の中間テスト最終日。


「とりあえず、テストお疲れ様です。先輩」


「あ、うん」


 中間テストを終えた僕は放課後、駅前のカフェ店内にて、瑞奈とテーブル席に座っていた。


「元気なさそうですね」


「まあね」


 僕は言いつつ、自分のカップを手に持ち、ブラックコーヒーを飲む。味は苦いが、今はそういう気分だ。


「テストが上手くいかなかったみたいな感じですね」


「まあ、そんなところかな」


「でも、お兄さんとよく家で勉強していましたよね」


「まあ、うん。だから、それなりに結果は出せるかなって、はじめは思ったんだけど」


「高村先輩に振られたからですか」


「多分」


 僕は曖昧な返事をしつつ、カップをソーサーの上に戻す。


 気持ちとしては、皐月さんのことは考えず、陽太とテスト勉強を頑張ったつもりだ。


 だが、実際は心の奥底で引きずっていたところがあったかもしれない。


 なので、テスト勉強はあまり捗らなかった。


「まあ、赤点はぎりぎり免れるかなって」


「それはひどいですね」


 躊躇せずにはっきりと言い切る瑞奈。


「そもそも、テスト勉強なんて、授業をちゃんと真面目に受けていれば、しなくてもいいものだと思います」


「いや、それは単に頭のいい人が言うセリフにしか聞こえないけど」


「かく言うわたしはそうしています」


「で、結果は?」


「学年トップというほどではないですが、一桁順位です」


 瑞奈は淡々と口にすると、コーヒーカップでなく、チーズケーキをフォークで刺す。そして、口に運び、美味しそうに食べていた。瑞奈の中学校でも中間テストがあったので、自分が頑張ったご褒美とからしい。


「それに、わたしとしては、高村先輩がお兄さんに振られたことを嬉しく思っています」


「まあ、直接振られたわけじゃないんだけど」


「そうですね。先輩が一役買ったんでしたよね」


「いや、僕は皐月さんに、陽太から早々に振られてもらおうとか、そんなことを思ってやったわけじゃないし」


「でも、先輩は高村先輩のことが好きでした。そんな先輩がお兄さんと高村先輩が付き合えるように協力するっていうのは、やっぱり、そう積極的にできるようなものではなかったということですね」


「それは……」


 僕は瑞奈の言葉に抗えず、ただ黙り込んでしまう。


 もしかしたら、無意識に僕はそうしたいがために行動をした結果なのかもしれない。


「それに、先輩はわたしに好きな人がいるかどうか聞いたら、いないと答えてましたよね。二回も」


「よく覚えてるね」


「当然です」


 瑞奈ははっきりと返事をする。


「なのに、本当は高村先輩のことが好きだったということです。わざわざわたしに隠そうとしたのは、教えたら、高村先輩と協力するということに対して、本当はする気がないのではないかと指摘されることを恐れたからではないですか」


 瑞奈はフォークを僕の鼻先へ向けて、問いただしてくる。


 対して、僕は首を横に振った。


「わからない」


「逃げましたね」


「いや、その、僕としては、純粋に皐月さんの恋に協力しようと思ってた。けど、同時に好きな人にそんなことをするなんてどうなんだろうっていうジレンマを抱えていたことも事実で、だから、その、結局はわからないって答えになるわけで」


「わからないですね」


 不満げな表情をする瑞奈は、フォークを再びチーズケーケーキに刺し、食べる。


「もしかして、先輩は変に優しすぎるだけではないのですか」


「優しすぎる、ね……」


「そうです。だから、変な中途半端な行動になってしまったのではないですか」


 瑞奈の言葉に、僕は何も言い返せない。


 確かにそうかもしれないと内心でうなずく僕がいることに気づいたからか。


 僕の反応に対して、瑞奈は呆れたようにため息をこぼす。


「まあ、それはいいです」


 フォークを空になった皿の上に置き、テーブルにあったナフキンで唇を拭う瑞奈。いつの間にか、チーズケーキは食べ終えてしまっていた。


「本題はお兄さんです」


「陽太?」


「はい。ちなみに、お兄さんは今、卓球部の練習ですよね?」


「そうだね」


 ぼくはうなずき、学校で陽太と別れたことを改めて思い出す、テストが終わり、部活動の練習が解禁されたからか、早々に練習を始めるとのことだった。熱心だなと感嘆をしてしまう。


「わたしが知りたいのは、お兄さんに好きな人がいるかどうかです」


「それはまあ、僕も知りたいかなって」


「ちなみにですが、高村先輩はお兄さんにどういう理由で振られたのですか」


「タイプじゃないとからしいけど」


「タイプじゃないですか」


 瑞奈は両腕を組むと、難しそうな表情を浮かべる。


「それで、先輩はお兄さんに好きな人は誰かとか、聞いたことがないんですよね?」


「まあ、聞いたりもしたけど、はぐらかされたりして」


「それは意図的に隠してますね」


「意図的に?」


「はい」


 うなずく瑞奈。


 一方で僕は首を傾げてしまう。


「でも、意図的に隠すような理由とかって……」


「心当たりとかないですか」


「いや、特には……」


「そうですか」


 瑞奈は言うなり、コーヒーカップに口をつける。


「なら、わたしがと言いたいところですが、わたしもまた、そういう答えははぐらかされています」


「まあ、陽太に好きであることを常日頃、家では言ってるからとか?」


「はい」


 恥ずかしがらずに肯定をする瑞奈。陽太に対する好意は変わらず持ち続けているようだ。いや、でなければ、僕が今日までMINEに報告を続けたりしない。陽太がどのような女子とどのように接触をしたとかだ。まあ、サボった時もあったりしたけど。


「なので、これはお願いになりますが」


「僕に陽太から好きな人を聞き出してほしいってこと?」


「はい」


「それはいいけど」


「いいんですね」


「まあ、テストも終わって、皐月さんに振られて、色々と暇みたいなものだから」


「暇、なんですね」


「まあ……」


 僕は口にしつつ、頭を掻く。何とも情けない理由だ。けども、瑞奈に呆れられても僕は気にしたりしない。だから、素の反応をしてしまったというところか。


「わかりました」


 でも、瑞奈は特に僕をバカにしたりせず、返事をすると、軽く頭を下げる。


「では、よろしくお願いします」


「珍しく低姿勢だね」


「それは先輩ですから」


「いや、今更後輩みたいな反応をされても」


「おかしいですか」


 瑞奈はテーブルから前のめりになって、僕に顔を近づけてくる。同じ中学校の男子なら嬉しいのだろうが、僕にとっては変にプレッシャーを感じてしまう。


「わかったよ。うん、かわいい後輩の頼みを受けようかなって」


「かわいいは、余計です」


 座り直した瑞奈は、頬をうっすらと赤く染めるなり、目を逸らしてしまう。照れているのだろうか。まあ、いい。


「じゃあ、ここのコーヒー代とケーキ代は僕が奢るってことで」


「いえ、ケーキとかは自分に対するご褒美ですので、自分が払います」


「いや、これは単に僕が瑞奈に対して、テスト頑張った的なご褒美みたいな感じにしようかなって」


「先輩」


「何?」


 僕が問いかけると、瑞奈はおもむろに立ち上がった。


「そう色々としても、わたしは先輩になびくようなことはないですよ?」


「どういうこと?」


「わからないのなら、何でもないです」


 瑞奈は頬を膨らませると、ぷいっと顔を背け、テーブル席を離れる。


「先輩。わたしはこれから、家に帰って、お兄さんとイチャイチャしてきます。なので、ご馳走様でした」


「あ、うん」


 僕は瑞奈の声に押されつつ、声を返すと、瑞奈はカフェ店内を後にしてしまった。

 一人取り残された僕は椅子の背もたれに寄りかかるなり、コーヒーカップの残りを飲み干す。


「苦い……」


 僕はブラックの味をつぶやくと、両腕を組む。


「さて、どうしようか」


 頭では、陽太にどう好きな人を聞き出せばいいか、方法を色々と考え始めていた。

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