第31話 公園内で話す皐月さんと僕

「皐月さん!」


 僕が声高に叫ぶと、皐月さんが歩みを止め、振り返ってきた。


 学校でなく、近くにある公園内。


 昨日、未亜と一緒に下校をしたところかつ、瑞奈と話をしたところでもある。


 どうやら、皐月さんは未亜と同じ通学路を使っているようだった。


 僕は息を切らしつつ、皐月さんの前まで行くと、膝に手を当てて、足を止める。


「和希くんがどうしてここに?」


「いや、それは……」


 僕は黙っていようかと考えたが、すぐにいいかと諦め、呼吸を整えるなり、顔を上げる。


「その、未亜に教えてもらって……」


「未亜から?」


「その、皐月さんのスマホにGPSのアプリが入れてあるみたいで、それで未亜から今いる場所をMINEで教えてもらって……」


「それは初耳ね」


 皐月さんは言いつつ、スマホを取り出し、何やら操り始める。


「これね」


 どうやら気づいたらしく、色々と行った末、スマホを再びしまう。


 同時に、僕のスマホが震え、見れば、未亜からのMINEだった。


― 皐月、GPSのアプリ消したみたいだねー ―


 どうやら、皐月さんはそのようなことを今したようだ。


 ちなみに、公園内は通学路となっているとはいえ、同じ学校の生徒らは数えるほどしかいない。あまり、使う人がいないからだろう。


 けど、皐月さんに対しては、何人かの生徒が視線を向けては横切ったりしていた。


 同時に、僕に対してもだが、まあ、誰だろうといった感じがほとんどのような反応だ。


「未亜には後で説教しないといけないわね」


 皐月さんは口にするなり、僕と目を合わせてくる。


「それで、和希くんはわたしに何の用なの?」


「いや、用というよりはその」


「柏木くんのことを諦めないように、わたしを説得しに来たとか?」


「いや、そういうわけじゃなくて……」


「それじゃあ、わたしにどういう用件でここまでやってきたのか、知りたいわね」


「それは……」


 僕は緊張をして、なかなか言葉が紡ぎ出せない。


 対して、皐月さんはため息をこぼすと、再び背を向け、歩こうとする。


「用件がないのなら、わたしは帰るわね」


「皐月さんは」


 僕は皐月さんがいなくなられるのはまずいと感じて、とっさに呼び止める。


「僕のことをどういう風に見ていたのかなって。それがその、気になって……」


「どういう風に?」


 再び振り返ってきた皐月さんに対して、僕はこくりとうなずいた。


「そうね」


 皐月さんは言うなり、僕と目を合わせる。


「柏木くんと仲がいい幼なじみといったところね」


「それだけ?」


「後は、わたしの頼みに対して、色々と協力してくれたことから、それについては感謝してるといったところね」


「感謝、ね……」


「でも、柏木くんはわたしがまだ諦めてないことを知ってしまった。和希くんがそれを伝えてしまったことによって。そして、柏木くんはわたしに対して、ノーを突き付けてきた。それがわかったことも含めて、和希くんには改めて感謝してるわね」


「気持ちがすっきりしたからとか?」


「そうね」


 うなずくなり、向かい合う皐月さん。


「わたしとしては、和希くんに対してはそういった存在ね」


「まあ、そうだろうね」


 僕は乾いた笑いを浮かべると、どうしようかと頭を掻く。


 どうやら、敗色濃厚といった感じだ。


 でも、完全に負けということだけははっきりさせたい。


「皐月さん」


 僕は背筋を伸ばして、改めて名前を呼ぶ。


「その、僕みたいなのが言うのはおこがましいけど」


「何かしら?」


「実は、前から、皐月さんのことが」


「ことが?」


「その、好きでした!」


 僕は上擦った声で叫ぶと、なぜか自然と頭を下げていた。


 だが、「なので、付き合ってください」という言葉が続かない。緊張し切ってしまい、もはや、どうすればいいかわからないといった状態だからか。


 というより、怖くて、顔を上げられない。


「和希くん」


 しばらくして、皐月さんのやんわりとした声が耳に響いてきた。


「顔を上げてもらえると嬉しいのだけれど」


「は、はい」


 僕は言われて、恐る恐る顔を上げてみれば。


 皐月さんはすぐに頭を下げてきたのだった。


「ごめんなさい」


「まあ、そうだよね」


 僕はあっけなく振られたことに気持ちが沈むことはなかった。というより、予想通り過ぎて、拍子抜けしてしまうくらいだ。


「お互い、振られた者同士ということね」


「そういえば、確かに」


「でも、和希くんは泣かないのね」


「いや、その、やっぱり、皐月さんは高嶺の花だから……」


「高嶺の花は大げさね」


「いや、だって、成績は学年トップだし、それに」


「それはあくまで、学校内での話。普段のわたしは、和希くんもマンションで見たでしょ?」


 皐月さんの問いかけに、僕は間を置いてから、うなずくしかなかった。ネガティブモードの皐月さんは確かに違う。学校をサボり、寝癖を直さずに僕みたいな男子の前でも平気で現れていた。


「親友の未亜に助けを求めて何とか生きてるわたしが本当のわたしだから」


 皐月さんは今朝マンションで耳にした言葉と同じことを口にした。


「だから、これからは協力関係ではなくて、失恋した者同士、傷を舐め合う関係というのもいいかもしれないわね」


「それは何だか、その、ネガティブモードに近いような雰囲気があるような……」


「ネガティブモード?」


 皐月さんは僕の発した単語が気になったのか、顔を近づけてくる。いや、振られたばかりだというのに、距離が縮まるだけでドキリとしてしまう。何だか情けない。


「それって、わたしのこと?」


「いや、別に、僕がそう言ってるわけじゃなくて、未亜からそういうことを聞いて」


「未亜ね」


 皐月さんは口にするなり、ため息をついた。


「未亜って、わたしの知らないところで色々と言ってるのね」


「何だか、その、すみません」


「いいのよ。まあ、おそらく、わたしがひどく落ち込むようなところが多々あるから、そういう時のわたしをネガティブモードって表現したみたいね」


 皐月さんは言うなり、スマホを手に取る。


「そういえば、MINEのアカウント、交換していなかったわよね?」


「アカウント交換って、友達申請のこと?」


「ええ」


 皐月さんの返事に、僕は戸惑ってしまう。


「いや、その、別に振られた僕とMINEをしても、何も面白くないというか」


「いいのよ。わたしとしてはただ、どこかで愚痴をこぼしたいところを増やしたいだけだから」


「増やしたい?」


「一応、わたし、Switterもやってて」


 皐月さんは言うとともに、自分のスマホを見せてくる。


 目をやれば、画面には青い鳥のアイコンが目印のSwitterアプリが開いていた。


「『憂鬱な高村さん@時々五月病』?」


「それがわたしのアカウントよ。鍵垢だけども」


「つぶやいてる内容も何だか、色々と……」


「そうね。何か思ったことをそのまま吐き出しているから」


 淡々と話す皐月さん。


 だが、Switterの鍵垢でつぶやいてるものは色々と突っ込みたいところがある。


― 死にたい ―


― わたしがいなくても、世の中は上手く回る気がする ―


― もう、どうでもいい ―


 他にも色々とあるけど、割愛。


「ちなみに、これを見られるのって?」


「未亜だけね」


「ああ、なるほど」


 僕は、未亜がネガティブモードという命名をしてしまうのも何となくわかる気がした。


 というより、皐月さんって、結構ダークな一面がそこかしこで垣間見えるような。


「それとも、和希くんに今の鍵垢見えるようにする?」


「いや、僕はそもそもSwitterとかやってないし……」


「そうなのね」


 皐月さんは口にすると、スマホをおもむろにしまう。


「まあ、和希くんは今、気乗りしなさそうだから、そういう気になったら、MINEのアカウントを交換してもらえればいいと思うわね」


「まあ、皐月さんに振られたばかりというのもあるから……」


「それもそうよね。振られた女子からMINEのアカウント交換なんて、変な話よね」


 皐月さんは面白かったのか、笑みをこぼした。


「何だか、和希くんと話していたら、変に元気が出てきてたわね」


「僕を振って?」


「そうね」


 躊躇せずにうなずく皐月さん。もしかしたら、僕は皐月さんを元気づけるための犠牲になっただけかもしれない。


「とりあえず、来週の中間テストね」


「中間テスト、か……」


「不安そうな反応ね」


「まあ、そこらへんは今度、陽太に勉強でも見てもらおうかなと」


「羨ましいわね」


 皐月さんに言われ、とっさに僕は、「あっ、ごめん」と謝る。


「いいのよ。そういうの、気にしなくていいから」


「そうなの?」


「ええ。とりあえず、今は中間テストでいい成績を取ることだけを頑張ればいいって思ってるから」


「学年トップ?」


「そうね。それより下だと、成績が悪くなったことになるから」


「なるほど」


 僕はうなずきつつ、やはり、皐月さんは高嶺の花と思えるだけの人だと改めて感じた。普通、学年トップを取るだけでも大変なのに、それを死守しようとしている。好きな人から、直接ではないけど、振られたばかりだというのに。


 対して、僕としては、皐月さんに振られて、中間テストが迫り、憂鬱さは否定をできない。


「急に元気なさそうな顔ね、和希くん」


「いや、まあ」


「そんなにわたしに振られたことがショック?」


「それは多少なりとも、上手くいけばいいかなっていう淡い願望とかあったので」


「そうよね。わたしだって、柏木くんと付き合えることになったら、どんなにいいことかと色々と想像を膨らませるもの」


「それはそれで、すみません」


「ひょっとして、柏木くんにわたしと協力していたことを話したの、引きずってる?」


「まあ、申し訳ない気持ちは多々あるかなって」


「わたしは気にしてないから」


 皐月さんはきっぱりと言い切ると、僕の方へ人差し指を向けてくる。


「だから、わたしと和希くんはお互いに、前を向いて進んだ方がいいと思うわね。失恋した者同士として」


「まあ、結局は頑張るしかないということですよね」


「ええ。なので、和希くんも中間テスト、頑張ることね。確か、中の下くらいよね?」


「えっ? 何で僕の成績を?」


「それは、協力をお願いするからには、柏木くんの幼なじみという立場だけでなく、一応、和希くんがどういう人か知っておいた方がいいと思ったから」


 当然のように話す皐月さんに、僕は改めて惚れ惚れしてしまった。この真面目さが垣間見える一面。だからこそ、高嶺の花であり、次期生徒会長の呼び声が高くなるというものだ。


「それじゃあ、わたしはこれで」


「その、ありがとうございます」


 僕がお礼とともに頭を下げると、皐月さんはなぜか噴き出していた。


「和希くん。わたしとは同級生よ? 今やることはまるで、先輩や先生に対してすることみたいで変だから。あくまでわたしはクラスメイトの一人として、和希くんの告白を断って、中間テストを一緒に頑張ろうと話しただけなんだから」


 皐月さんの指摘に、僕は頭を撫でて、照れてしまう。


 何だか、僕は初めて、皐月さんと打ち解けた気がする。


 家には二回行って、寝癖がついた皐月さんを目にしたことがあるというのに。


「それじゃあ、その、頑張ってってことで」


「それは和希くんの方もということになるわよね?」


 皐月さんの問いかけに、僕は、「まあ、そうだね」とぎこちなく返事をする。


「でも、ありがとう。とりあえずは未亜が勝手に考えた、ネガティブモード?にはならずにすみそうだから」


「それは何よりで」


「ええ。じゃあ、和希くん。また」


 皐月さんは手を軽く振ると、背を向けるなり、僕から離れていった。


 一方で僕は立ち尽くしたまま、遠ざかっていく皐月さんの姿に手を振り続ける。


「何だか、奇妙な時間だったな……」


 好きだった皐月さんに振られたものの、なぜか、励まされてしまったような。同じ失恋をした者同士として。


「まあ、僕としては皐月さんに告れたのだから、気持ち的にはすっきりしたってことで」


 と思いたいところだが、やはり、振られたという事実はどこか虚しく感じてしまう。


 中間テスト、大丈夫だろうか。赤点を出さなければいいけど。


「まあ、そうならないように、陽太に勉強を手伝ってもらうしかないかな」


 僕はため息をこぼすと、スマホを取り出し、MINEを開く。


― 今から家行っていい? ―


― テスト勉強しようかなって ―


 僕のメッセージに対して、返事はすぐにあった。


― いいよ ―


― にしても珍しいね ―


― もしかして、高村さんに振られた? ―


 陽太の質問はまるで、近くで見ていたのではないかというくらい、的中をしていた。


 僕は苦笑いを浮かべると、メッセージを打ち込む。


― だね ―


 僕の短い返事に、既読はすぐになったが、新しいメッセージは出てこない。


 まあ、親友が振られたとなれば、考えることでもあるのだろう。


 僕はスマホをしまうと、皐月さんに遅れて、公園を後にすることにした。


 ちなみに、後に返ってくる陽太のメッセージは次の通り。


― それは残念だね ―


― 自分はまだだから ―


 何がまだなのかは、僕はMINE内で聞くことはなかった。

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