第24話 陽太と皐月さんの話をする瑞奈とソシャゲに興じ始める僕
数十分後。
僕は駅前のカフェ店内、でなく、近所の公園にあるベンチに座っていた。
「呆れました」
横には、先ほど僕を遠くから睨みつけていた瑞奈がいる。
ちなみに、公園というのは、未亜と歩いていたところと同じ場所だ。
まあ、途中で方向が違うところで別れた後、戻ってきたという感じだ。
「先輩は高村先輩のことが気にならないのですか」
「いや、まあ、その、気になるけど、ほら、変にバレたらあれかなって」
「それだからといって、どこぞの女と一緒に下校しているというのはどうかと思います」
「どこぞの女って、別に他人というわけじゃ……」
「まさかですけど」
不機嫌そうな調子で声をこぼした瑞奈は、おもむろに顔を上げて近づいてきた。
「富永ではないですよね? さっきの女」
「そうだと言ったら?」
「ぶん殴ります」
「いや、何で」
「先輩がうつつを抜かしているところも腹立たしいですが、その相手が富永となりますと、怒りを超えて、殺したいくらいです」
「いや、今さっき、『ぶん殴ります』って言っただけじゃ?」
「気分が変わりました」
「早すぎる……」
僕は言いつつ、耳のあたりを指で掻き、困り果ててしまう。
「とりあえず、その、ごめん」
「曖昧な謝り方ですね。というより、まだ、女の相手が誰か、先輩の口から答えを聞いていないのですが」
「えっと、その、未亜、じゃなくて、富永さんで合っていて……」
「そうですか。なら、殺しに行きましょう」
「ちょ、待って!」
瑞奈がベンチから立ち上がるので、僕は慌てて、彼女の腕を掴んでしまう。
同時に、鋭い眼差しを向けられる僕。まるで、痴漢をした人を軽蔑するような目だ。
「先輩」
「な、何?」
「わたしは別に、先輩のことを好きだとか、嫌いだとか、正直どちらでもありません。わたしはお兄さんのことを愛していますから」
「それは知ってるけど……」
「でもです」
瑞奈は掴んでいた僕の手を強引に振りほどくと、正面を向けてくる。
「わたしがお兄さんと高村先輩の後を懸命につけている中で、先輩がやっていたことはわたしを侮辱するようなものです」
瑞奈は言うなり、僕の方へ人差し指を突き付けてくる。
「少しは反省してください」
「それは、ごめんなさい」
「声が小さいです」
「ごめんなさい」
僕は声を張り上げ、頭を深々と下げた。正直、完全に納得ができたのかと問われれば、疑問が残る。未亜と一緒に帰ったのは不可抵抗力に他ならない。いや、無理に拒むということもできたかもしれない。けど、実際にしたら、気まずい関係になりそうで、選択肢とはどうなのだろうか。
「そもそも、先輩は高村先輩の恋に協力する立場ですよね? その高村先輩と相手のお兄さんが一緒に帰っている様子を見ないなんて、どうかしています」
「そこまで言う?」
「もし、わたしが何かしたらどうするつもりだったのですか」
「それって、妨害とか?」
「そうです」
うなずく瑞奈。
確かに、僕は彼女が何かをしでかすというリスクを認識できていなかったかもしれない。
「でもだけど」
「何ですか」
「いや、その、何となくだけど、その瑞奈が僕と未亜の近くにいたっていうことは特に何事もなかったのかなって思って」
僕の推測に対して。
瑞奈はため息をつくなり、再び、僕の横へ腰を降ろした。
「悔しいですけど、正解です」
「正解なんだ」
「はい。悔しいですけど」
なぜか、同じことを繰り返す瑞奈。相当悔しいようだ。
「本当に、お兄さんと高村先輩は何事も起きずに終わりました」
「というと?」
「校門前からずっとつけていたのですが、そこから十字路で別れるまでの間、お兄さんと高村先輩はただ並んで歩いているだけでした」
「会話とかは?」
「数えるくらいですね」
つまらなそうな表情で答える瑞奈。
「高村先輩、おそらく、すごく緊張していたみたいですね」
「まあ、あまり会話してないって言ったら、そうなるか……」
「対してお兄さんは無理に話しかけたりせず、リラックスした感じで一緒に歩いていました」
「ああ、それは何となく想像がつく」
「で、十字路に差し掛かったところで、お互い軽くお辞儀して別れました」
「それだけ?」
「はい」
淡々と首を縦に振る瑞奈。
まあ、男女二人っきりの下校としては、味気ないような。って、さっき、初めて同学年の女子(未亜)と一緒に帰った僕が言う資格はないのだけれど。なお、同学年と付け加えてるのは、瑞奈とは何回か一緒に下校をしたことがあるからだ。といっても、陽太が途中で本屋に寄るとかでいなくなり、仕方なくだ。まあ、その時は瑞奈も同じ気持ちらしく、途中で適当な理由をつけて、別れてしまうのだが。
「ということで、わたしとしては一安心するとともに、ちょっと物足りない感触でした」
「まあ、明日、皐月さんには色々聞いてみるけど」
「休んでるかもしれませんね」
「ああ、ネガティブモードになってるかもしれないってことか……」
僕は口にしつつ、気が重くなってくる。MINEをしたくても、皐月さんのはまだ知っていなくて、わからない。
と思っていると、スマホが震え、見れば、未亜からのメッセージだった。
― 皐月、明日は休みだねー、こりゃ ―
「瑞奈の予感が的中するかも」
「もしかして、高村先輩からですか」
「いや、その、未亜、じゃなくて、富永さん」
「興味ないです」
瑞奈は僕の言葉を遮る形でバッサリと言い切る。
「というより、さっきから気になっていましたが」
「何?」
「富永のことを、先輩は下の名前で呼んでるっぽいですね」
「いや、それは気のせいかなって」
「いえ、わざわざ言い直していますよね? バレバレです」
瑞奈は声をこぼすなり、改めて立ち上がる。
「では、先輩。ということで、わたしは家に帰って、お兄さんとイチャイチャしてきます」
「というより、皐月さんと別れた後に、そのまま陽太と一緒に帰ればよかったんじゃ?」
僕の問いかけに対して。
瑞奈は大げさなため息をついてきた。
「わかってないですね、先輩は」
「何が?」
「そんなことをして、仮に高村先輩に見られたらどうするのですか」
「どうするって、単に皐月さんがショックを受けるだけで」
「わたしはそこまで高村先輩に対して、挑発をするような行為を避けたいだけです」
「意外に優しいってこと?」
「意外とは失礼ですね。これでもわたしは、学校で男女からモテるんですよ」
「いや、それは知ってるけど」
「なら、意外とか言わないでください」
「いや、瑞奈って、変なところで譲ったりするところがあるなって」
「わたしは、お年寄りには優先席を譲りますよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
僕は否定をしつつも、面倒なので、それ以上の話は控えることにした。
「あっ、そういえば」
「お兄さんの報告ですよね」
「そうそう。とりあえず、まあ、一番大きいのは皐月さんと一緒に帰ったことで」
「それは知ってます。それ以上のことはなかったですか。他の女と。特に富永とか、富永とか」
「いや、特に」
よほど未亜を嫌っていることが改めて伺える反応だった。
「じゃあ、わたしはこれで」
「まさか、未亜を殺しに行くとか、じゃないよね?」
「それは先輩の想像にお任せします」
「いや、それなら、その、警察のお世話になるようなことはしないように祈るってことで」
「ご忠告ありがとうございます。では」
「あっ、うん。それじゃあ……」
僕は一抹の不安を抱きつつも、手を振り、瑞奈の背中を見送ろうとした。
「そういえば、先輩」
「な、何?」
不意打ちのように振り返ってきた瑞奈に、僕は変に動じてしまう。
「先週も聞きましたが、先輩は好きな人とかいないんですか?」
瑞奈の問いかけに対して。
僕は照れ笑いを浮かべつつ、首を横に振る。
「いや、いない、かな」
「そうですか」
瑞奈はつまらなそうな感じでぽつりとつぶやくと、ようやく立ち去っていった。
何だろう、別にウソをつく必要がないのにだ。
多分、単に恥ずかしいだけかもしれない。
僕はそう言い聞かせつつ、スマホを出し、最近インストールしたソシャゲに興じ始めた。
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