第23話 からかってくる未亜と逃げようとする僕

 さて、僕は今、なぜか、未亜と一緒に下校をしている途中だった。


 通学路の途中にある公園に入り、周りの木々を目にしつつ、並んで歩いている。


「で、思いついた?」


 不意に、未亜が足を止め、僕に呼びかけてくる。


「何が?」


「何がって、ほら、柏木くんに説明するんでしょ? あたしとどういう用件で会ったかっていうこと」


「ああ、それか……」


 僕は思い出し、同時に悩んでしまう。


 とてもじゃないけど、いい案が浮かばない。かといって、正直に話すわけにもいかない。というより、今以外でも未亜に会ったことについて、どこかで聞かれるかもしれないわけで。あるいは、適当に誤魔化せば、陽太は察して、黙ってくれるということもある。


「だけど、それじゃあ、陽太に甘えてるような気がするし……」


「和希?」


「うわ!」


 気づけば、俯き加減になっていた僕の顔を覗き込むようにして、未亜が近寄っていた。


「何か、一人で抱えてるっぽいよねー」


「いや、大丈夫。僕はそんなに抱え込むようなタイプじゃないし……」


「本当かなー」


 未亜は僕の反応を怪しいと思ったのか、訝しげな視線を送ってくる。


 逃げようにも、周りは誰もおらず、走っても、運動神経がいい未亜にすぐ捕まるだろう。


「そういえばだけど」


「何かなー?」


「未亜って、その、好きな人とかいるのかなって」


「あたし?」


 未亜は自分の顔を指さしつつ、問い返してくる。


 対して僕は「うん」とうなずき、同時に恥ずかしくなってくる。話を逸らそうとして、変なことを聞いてしまったと。


「そうだねー」


 未亜が歩き始めたので、僕は遅れてついていく。


「逆に聞いてもいい?」


「逆に?」


「そう。和希は、あたしが誰のことを好きなのか、わかるかなーって」


 口にした未亜はいたずらっぽい笑顔を向けてくる。


 僕は目にした途端、思わずどきりとしてしまった。というより、僕は未だに皐月さんに片想いをしているというのに、動揺しまくりだ。


「いや、急にそんなことを聞かれても……」


「それはわからないっていう反応なのかなー?」


 小首を傾げつつ、尋ねてくる未亜。


 対して、僕はどう返せばいいか戸惑い、頬を指で掻いてしまう。


「いや、その、まあ、その通りというわけで……」


「あはは。面白い反応するねー、和希は」


 未亜は笑いつつも、前へ顔を向け、足を進ませる。


 もしかして、単にからかわれてるだけなのかもしれない。


 となると、どこか悔しい気持ちが迸ってきた。


 僕は気づけば、握りこぶしを作り、気持ちを新たにする。


「僕は、だけど」


「和希?」


 僕の真剣な口調を察したのだろう、未亜が振り返ってきた。


「僕は一応、その、好きな人とかいて……」


「へえー」


 未亜の反応は平然とした感じだ。あるいは、あえて、そう装っているだけなのか。どちらなのかは、僕では判断がつかない。


「でも、まあ、叶わないことだと思うけど、それでも、気持ちはどこか諦めきれないというか、その」


「で、和希は誰が好きなの?」


 未亜の質問に、僕は間を置いてから、口を動かす。


「その、皐月、さんで……」


 僕の答えに対して。


 未亜は数秒間、ただ、じっとしているだけだった。


「そっかー。皐月なんだ、和希の好きな人って」


 未亜は顔を前へ戻すと、何事もなく歩き続ける。


「そっかそっか。なるほどねー。それはまあ、叶わない恋になるかもしれないねー、確かに」


「でも、片想いするくらいは、別にいいかなって、そう僕は思っていて」


「いいんじゃない? 別にそれを他人が咎めることなんてないと思うしねー。少なくとも、あたしは応援するよ」


「えっ? でも、皐月さんはほら、陽太のことが好きだし」


「それは皐月の気持ちでしょ? だからといって、和希に皐月のことを諦めろなんて、薄情なこと言いたくないもん」


 口にする未亜は顔を合わせず、ただ、背中越しで語っていた。


「それに、皐月が柏木くんと付き合えるかどうかもわからないしね」


「えっ?」


 未亜の言葉に、僕は反応に戸惑った。


「未亜はその、皐月さんのことを応援してるんじゃ?」


「してるよ。でも、できるかどうかって言われれば、どっちかわからないかなって。それはだけど、皐月が一番わかってると思うよ」


「そうなの?」


「そうだよー。だって、一度柏木くんに振られてるんだもん。二回目が上手くいくっていう保証はどこにもないはずだよ」


 当然のように声をこぼす未亜に対して、僕は軽々しく返事をすることができなかった。


 なので、しばらく黙っていた僕に対して、不思議に思ったのか、未亜が振り返ってくる。


「和希?」


「いや、その、未亜は結構冷静に見てるんだなあって思って」


「そう?」


「うん。僕なんて、皐月さんはいずれ、陽太と付き合えるんだろうなって、うっすらとそういう未来を想像していたりして。同時に、諦めに近い気持ちを持っていたというか……」


 僕の言葉に、未亜はおもむろに足を止めたので、遅れて同じことをする。


「未亜?」


「まあ、先の未来のことなんて、あたしや和希には知ることができないことだからね。まあ、やっぱり、神のみぞ知るってことだろうねー」


「それは、そうだろうね」


「でも、皐月や和希が、それぞれ、どんな人が好きになるかなんて、そこは自由だと思うし、上手くいくかいかないかはわからないけど、そういう気持ちを持てるということだけはできるんだと思えばいいんじゃないかなって」


「そうか……」


 僕は相槌を打ちつつ、何回もうなずく。


 僕が皐月さんを好きになることだけは誰にも邪魔されることはない。実際に付き合えるかどうかは別として。


「なら、僕はまあ、皐月さんのことを好きでいようかなって」


「もしかして、諦めようとしてたとか?」


「まあ、ちょっとは……」


「そっかー」


 未亜は口にしつつ、前を向くと、再び歩き始める。


「あっ、そういえば」


 僕は未亜に声をかけようとしたところで、制服のズボンのポケットあたりが震えた。


 手に取れば、スマホで、MINEの通知だ。


 見れば、相手は瑞奈だった。


― 見知らぬ女と何してるんですか ―


 メッセージの内容に、僕はすぐさま、辺りを見回す。


「あっ」


 公園内にある木々の幹に隠れて、距離を取って睨みつけてくる地元中学のセーラー服姿。


 間違いない、瑞奈だ。


「和希? どうしたの?」


「いや、その、何でもない」


 僕は瑞奈の視線から目を逸らし、未亜に駆け寄る。


 と、またスマホが震える。


― 逃げる気ですか ―


 どうやら、瑞奈から遠ざかることは難しいようだ。

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