第20話 生徒会室でお昼を取る僕と未亜と皐月さん

 昼休み。


 僕は学食で買ったパンとコーヒー牛乳の紙パックを手に、生徒会室の扉をノックする。


「合言葉は?」


「自由を我らに」


「どうぞー」


 僕が中に入れば、生徒会室には既に未亜と皐月さんの姿があった。お互い、机に弁当を広げ、椅子に座って食べ始めてるといったところだ。


 僕は扉を閉めると、空いている椅子へ座り、持ってきたパンとコーヒー牛乳を机に置く。


「へえー。今日はクリームパンにチョココロネなんだー。金曜の時とは違って、今度は甘いもんで固めたんだねー。うんうん」


「いや、そこで変に感心されても、反応に困るんだけど……。というより、さっきの合言葉は何?」


「ああ、あれ? あれはねー、まあ、あたしの叔父さんとかが昔好きだったアニメ映画のセリフみたいだよー」


「そうなんだ」


「皐月は知ってた?」


「和希くんが知らないなら、わたしも知らないわね」


「だよねー」


 未亜は笑いをこぼすと、弁当の卵焼きをぱくりと口に運ぶ。


 一方で僕は皐月さんの方へ視線を移す。


 箸でご飯を食べる姿は、所作が綺麗で、僕が思わず見惚れてしまうほどだ。まあ、高嶺の花と思っていた片想いの女子が目の前にいるのだから、仕方ない。ましてや、一緒にお昼を取ろうとしているのだし。


 と思いつつ、僕はチョココロネを食べ始める。細い方からでなく、太い方からだ。


「で、まあ、こうして和希がやってきたことだし、そろそろ本題を進めないとねー」


「そ、そうね」


 皐月さんは平静さを装うかのように返事をするが、ぎこちなさが滲み出ていた。


「とりあえず、まずは、和希」


「な、何?」


「今日の放課後、皐月と柏木くんが一緒に下校できるように、和希の方で上手くやってもらえないかなーって」


「えっ?」


 僕は急な話に驚いたのが、それ以上の反応を示したのは皐月さんだった。


「ちょ、未亜」


「だって、そこまで強引にやらないと、皐月はいつまで経っても動かなそうだもんねー」


 未亜の言葉に、皐月さんは何か言いたげな表情をするも、黙り込んでしまう。


「でも、まあ、下校時に皐月と一緒に帰ってほしいっていうのは、まあ、あたしでも柏木くんにお願いはできるんだけど」


「けど?」


「でも、ほら、皐月は一度、柏木くんに振られてるからねー。そこらへん、上手くリカバリーしないと、もしかしたら、断られる可能性もあるかもしれないからねー」


「まあ、それは確かに」


 僕はうなずきつつ、皐月さんの方へ視線をやる。


 彼女は俯き加減のまま、弁当の中身を細々と箸を動かして食べているだけだった。というより、抗う気力が完全に削がれてしまったかのようで。


「というわけで、そこらへんは和希の協力が必要になるんだよねー」


「それはまあ、結構難しそうな頼みで」


「まあねー。でも、柏木くんと仲がいい幼なじみの和希なら、あたしは上手くいくって期待してるから」


 未亜は言いつつ、座っている椅子を引きずったまま、僕のそばに寄り、肩を何回も叩く。やや力がこもっていたせいか、やや痛い。


「というよりだけど」


「何?」


「いや、ほら、陽太は放課後、卓球部の練習で帰るのいつも遅いから、そこらへん時間が合うかなって」


「えっ? でも、今日から中間一週間前だから、部活動って休みだよね?」


「そうだっけ?」


「だよねー、皐月」


 未亜の問いかけに対して。


「そうね。来週には中間テストがあるから」


 皐月は淡々と答えていた。近々あることは薄々感じていたが、もう来週なのか。


「ほら」


「それなら、まあ、僕も一緒に帰るから、何かしらフォローとかは」


「いや、それはダメなんじゃないかなって」


「ダメ?」


「だって、こういうのは、柏木くんと皐月、二人っきりにならないと意味がないもん」


「未亜。でも、いきなり二人っきりっていうのは、いきなりすぎて、その、柏木くんも戸惑うと思うのだけれど」


 意を決してか、皐月さんが言葉を挟んでくる。


 一方で、僕は別の問題があることに気づいた。


「後、もしかしたら、瑞奈がいるかも」


「瑞奈?」


 素早く反応をしたのは皐月さんだった。


「和希くん」


「は、はい」


「その、『瑞奈』っていうのは、柏木瑞奈のことで合ってるわよね?」


「ま、まあ、はい」


「それは見過ごせないわね」


「あのう、皐月さん?」


「未亜、わたし、放課後、柏木くんと一緒に帰ってみることにするから」


「皐月は柏木くんの妹さんのことになると、本気になるねー」


「ええ。実質、わたしが柏木くんに振られた元凶みたいなものだから」


「いや、でも、陽太は別に、瑞奈のことを異性として見てるわけじゃなくて……」


「それでもよ」


 目を合わせてきた皐月は真剣そうな表情をしていた。


「もしかしたら、柏木くんは柏木瑞奈と仲良くなったことで、逆に他の異性に興味をなくした可能性だってあるかもしれないのだから」


「いや、それは考え過ぎじゃ……」


「でも、可能性はゼロではないわよね?」


 いつの間にか、皐月は立ち上がるなり、僕の方まで詰め寄ってきていた。さっきそばにいた未亜が、さりげなく距離を取ってしまうほど、怖気づくくらいに。


「まあ、それはゼロじゃないと言い切れるかと思えば、それは無理かなって」


「よね」


 皐月さんはうなずきつつ、自分で納得げな様子になる。


「ということで、和希くん」


「は、はい」


「放課後、柏木くんと一緒に帰れるように、フォローをお願いしたいのだけれど」


「そ、それはまあ、何とか」


「何とかではなくて」


 皐月さんは鋭い眼差しを送ってくる。あっ、これ、曖昧に誤魔化せば、嫌われるような奴だ。


「わ、わかった。その、今日の放課後、陽太と皐月さんが一緒に帰れるように僕が全力でバックアップするから」


「頼もしい返事、ありがとう。和希くん」


 皐月さんは僕の答えに満足をしたのか、頬を緩ませた。高嶺の花だった皐月さんの笑顔を真ん前で拝めるとは夢にも思わなかったな。まあ、色々と代償は大きそうだけど。


「とりあえず、話は終わったみたいだねー」


 遠巻きから見ていた未亜がタコさんウィンナーを箸で噛み締めつつ、口にする。


「ちなみにあたしはその時、遠くから様子を観察してるから、よろしくー」


「まるで他人事みたいな」


「まあ、あたしが手伝うとほら、和希の活躍を奪っちゃうと思うからねー」


「活躍ね……」


 僕は声をこぼしつつ、別に目立ちたいとかの気持ちはないのだけれどと内心抱くのだった。

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