4日目(日曜日)

第18話 詰め寄ってくる瑞奈とコーヒー代を奢る僕

「言い訳はそれだけですか」


 駅前のカフェ店内にて、僕はテーブルを挟んで、瑞奈に詰め寄られていた。


「いや、忘れていたことは謝るから、その、許してほしいかなって」


「女の子の家に行って、お兄さんがどこぞの女と何かあったりしたら、先輩はどう責任を取ってくれるのですか」


 瑞奈は大げさなことを言いつつも、表情は真剣味を帯びていた。


 皐月さんの家に行った翌日の日曜日。


 僕はお昼前に瑞奈から呼び出されて、今ここにいる。昨日MINEにて、陽太のことを報告し忘れたからだ。ちなみに、瑞奈はワンピース姿で、お昼になったら、陽太と

一緒にお昼ご飯と映画にでも行くそうだ。


「まったく……。先輩は危機感というものが足りないですね」


「そう言われても、まあ、今度から気を付けるしかないかなって」


「ですね」


 瑞奈はさらに咎めようとする気はないようだった。どうやら、本題ではないらしい。


「それで、先輩。高村先輩の方は何かありましたか」


「何かって言われても、まあ、昨日学校を休んだことくらいかな……。でも、明日は休むようなことはないと思うけど」


「どういうことですか」


「まあ、その、皐月さんはネガティブモードみたいなことがあるらしくて」


「ネガティブモード、ですか?」


「うん」


 僕はこくりとうなずくと、目の前にあったアイスコーヒーをストローで飲む。


「まあ、皐月さんは思い込みが激しかったりするから、それがマイナスなことだととことん落ち込むタイプみたいで」


「それは厄介ですね」


「厄介っていうか、まあ、だから、変にプレッシャーをかけるようなことができないかなって」


「それは、お兄さんと付き合うためのアドバイスか何かをする時にってことですか」


「そうだね」


 僕は口にすると、椅子の背もたれに寄りかかる。


「だから、まあ、これからが大変だなって。ましてや、皐月さんは前に一度、陽太に振られてることもあるから」


「ところでですが」


「何?」


「先輩はさっきから高村先輩のことを『皐月さん』と下の名前で呼んでいますよね」


「鋭いね」


「一昨日ここで話した時には、『高村さん』と呼んでいましたから」


 瑞奈の指摘に、僕は乾いた笑いをこぼすしかない。何か隠し事をしようとしたら、瑞奈に対して、変に誤魔化すことはできなさそうだ。


「まあ、その、昨日、未亜、じゃなくて、富永さんが」


「また、富永ですか」


 未亜の名字を呼び捨てにした瑞奈は、明らかに不機嫌そうな顔を浮かべる。


「やっぱり、その女は嫌いですね」


「いや、会ったことないのに?」


「人を嫌いになるのに、会ったことあるないは関係ないと思います」


 瑞奈は言うなり、コーヒーカップを持ち、中身を飲む。


「先輩も気を付けてください」


「気を付けるって何を?」


「その、富永っていう女にです」


 瑞奈の忠告に、僕は首を傾げたくなるも、「まあ、うん」ととりあえず返事をしておいた。


「で、とりあえず聞きますけど、お兄さんは昨日、何かありましたか」


「いや、それは特に何も」


「そうですか。まあ、想像通りの答えですね」


 瑞奈は淡々と言うなり、僕と目を合わせてくる。


「これからは、先輩が協力する高村先輩や富永の動きを注視した方がいいってことですね」


「まあ、それは」


「で、先輩は高村先輩にどうアドバイスをするのですか」


「どうって、まあ、それはこれから考えようかなって」


「そもそも、先輩は好きな人とかいないですよね? なのに、そんな協力とかできるのですか」


「まあ、僕は一応というより、その、皐月さんの好きな相手、陽太の幼なじみだし」


「そうですけど、お兄さんのことをよく知っていることと、実際にアプローチすることをアドバイスするのは別の話だと思います」


「それは確かにっていうのもあるけど」


 僕は両腕を組み、頭を巡らす。


「でも、皐月さんからしたら、僕に協力を求めるのが今のところ、最良の判断かなって思うけど」


「それは、先輩以外に、お兄さんのことを知っている人がいないからっていうことだからですか」


「まあ、そうなるけど」


「わたしから言わせてみれば、高村先輩は先輩なんかに頼らずとも、一人でまだアタックすればいいとか思ったりします」


「でも、そしたら、また陽太に振られるんじゃ?」


「それも覚悟の上でやるべきです」


 瑞奈は口にすると、再びコーヒーカップを持ち、中身を飲む。


「でも、その前にわたしがお兄さんに告ることを阻止します」


「あっ、そこはちゃんと妨害するんだ」


「当たり前です」


 コーヒーカップをソーサーの上に戻すなり、はっきりと答える瑞奈。


 一方、僕はさてどうしようかと悩んでしまう。


「とりあえずだけど、僕は瑞奈に対して、逐一報告するってことだけでいい?」


「そうですね。それは引き続きお願いしたいです」


「その、瑞奈は別にいいわけ?」


「何がですか?」


「いや、その」


 僕は口ごもり、改めて瑞奈と正面を合わせる。


「ほら、その、陽太に対して、どうアプローチすればいいかとか、そういうアドバイスとか」


「それはつまり、わたしが先輩からお兄さんと付き合えるようになるために何かアドバイスをもらった方がいいということですか」


「まあ、そうだけど」


 僕の声に、瑞奈は大げさなため息をこぼす。


「先輩。わたしは今、妹として、お兄さんと一緒に暮らしてる家族なんですよ? 親が再婚して三年くらいしか経っていませんが、それでも、わたしは先輩並みにお兄さんのことをよく知っているつもりです」


「そこは僕より知ってるではないんだ」


「それは、先輩はお兄さんの幼なじみですから、わたしの知らないお兄さんのことを先輩が知っている可能性もなくはないと思っているだけで」


「でも、僕に対して、協力は不要ってこと?」


「それとこれとでは話が別です」


「別か……。まあ、瑞奈がそう思うなら、僕はそれでもいいけど」


「何か不満ですか」


「いや、瑞奈は瑞奈で自力で頑張るんだなって思って」


「自力ではありません。第一、今こうして、高村先輩のことを先輩から聞いてる時点で、少しはその、先輩はわたしに対して、協力しているようなものです」


「まあ、それはそうか……」


 僕はうなずき、アイスコーヒーの残りをストローで飲む。


 スマホを取り出せば、もうすぐ、お昼だ。となると、瑞奈が陽太と待ち合わせをしている時間が迫っているといったところだ。


「では、先輩。これからもよろしくお願いします」


「ああ、うん」


 僕が言葉を返すと、瑞奈はコーヒーカップを空にして、席を立とうとする。


「あっ、先輩。今日は自分の分、出しますので」


「いや、いいよ。今日も僕の奢りで」


「そうですか。なら、お言葉に甘えて、ご馳走様です」


 瑞奈は頭を下げると、足早にカフェ店内から出ていった。


 一人残った僕はテーブルにあった伝票を拾い上げ、ふうとため息をつく。


「そういえば、ここ最近、瑞奈にコーヒー代、奢ってばかりいるような……。まあ、いっか」


 僕は今月の小遣い代から差し引かれた金額に肩を落としたくなる。だが、すぐに気持ちを切り替えた。


 まあ、僕は瑞奈の方をどちらかと言えば、応援したい方だ。だから、皐月さんと協力するのはまあ、不可抵抗力というか、未亜のせいかもしれない。


 まあ、いい。他人の恋を外から関わって眺めてみるのも、漫画やラノベを読むより、面白いかもしれない。だから、その分の娯楽費としてなら、瑞奈にコーヒー代を奢るくらい、対したことないかも。


 と、僕は言い聞かせて、自分の出費を納得させつつ、伝票を手に遅れて店を出るのだった。

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