第16話 マンションのエレベーター内で話す富永さんと僕

「はい」


「未亜だけど、入っていいー?」


「どうぞ」


 インターホン越しのやり取りが終わると、目の前のガラス扉が自動で開く。


「じゃあ、行こっか」


「ちなみに、さっきの声は?」


「えっ? わからなかった? 皐月だよ」


 富永さんの答えに、僕はわかってはいたものの、「そうなんだ」と口にしていた。


 僕がいるのは、マンションの出入口前。


 どうやら、高村さんの家はここらしい。


 にしても、先ほどの声は力がなく、まるで別人だった。


「ほら、長井くん。そんなところで突っ立ってないで、早く早くー」


 急かすように手招きをする富永さん。僕が遅れてやってくると、慣れた感じでエレベーターまで向かう。


「ここにはよく来たりするとか?」


「そうだねー。遊びに来たりとか、後は今日みたいなネガティブモードの時とか」


「そうなんだ」


「緊張する?」


 富永さんの問いかけに、僕は正直に「そうだね」と返事をする。


「それはまあ、高村さんの家に初めて行くわけだし……」


「高嶺の花だから?」


「まあ、うん」


「まあ、一応、皐月だって、あたしと同じ普通の女の子なんだしねー。そう、特別なところへ行くってわけでもないと思うけどねー」


「だけど、普通、男子が女子の家に行くのって、よほどの時じゃないと」


「よほどの時?」


 富永さんが顔を向けてくるも、僕は急に恥ずかしくなってきて、黙ってしまう。


 と、丁度エレベーターがやってきたので、扉が開くなり、中に入る。


「よほどの時ねー。まあ、皐月はそういうのはまだないからねー」


「えっ?」


「だから、長井くんが初めてじゃないかなー。皐月の家を訪れる男子って」


「そうなの?」


「なんなら、皐月に直接聞いてみればいいよー」


「いや、そんなこと、僕が直接聞くのは」


「そんな恐縮したら、皐月の方が照れちゃうよー」


 富永さんは言うなり、エレベーターの扉を閉め、「8」のボタンを押す。高村さんはそれなりの階に住んでいるようだ。


 エレベーターが動き始めると、富永さんはおもむろにスマホを取り出した。


「『長井くん、わたしのこと、嫌ってる?』だって。やっぱり、まだ気にしてるみたいだねー」


「それって、警戒されてるってこと?」


「まあ、こればかりはねー。だから、長井くんは変に皐月に気を遣うようなことしたら、ちょっと面倒なことになるかもしれないから、気を付けてねー」


「面倒なこと?」


「まあ、ネガティブモードの高村さんは色々と取り扱い注意ってことだねー」


 富永さんの声に、僕はただ、うなずくしかなかった。というより、大丈夫なのだろうか。

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