第14話 富永さんのお誘いと体育を面倒がる僕

 今日は土曜なので、授業は午前中で終わりだ。


 とはいえ、体育という授業があるとなると、僕は憂鬱な気分になる。


 体操服に着替える面倒さ。運動をしなければならない面倒さ。汗をかいてしまう面倒さ。


 とにかく、僕にとっては面倒さしか感じられない。


「はあ……」


「元気なさそうだね」


 ため息をつく僕に対して、陽太が心配そうに声をかけてくる。


 今いる場所は体育館。


 僕は壁際に座り、目の前で行われているバスケの試合をぼんやりと眺めている。


 横には陽太がいて、同じように目を追っているようだった。


「それはまあ、僕は運動神経ないからね」


「まあ、気持ちはわかるよ」


「そう言う卓球部のエースは、反射神経は得意だから、何かしらのスポーツで有利になるからいいよね」


「何かしらのスポーツって?」


「卓球とか」


「それで負けたら、さすがにね」


 陽太は笑いをこぼすと、後ろにある壁に背をもたれる。


「そういえば、聞いてもいいかい?」


「何を?」


「昨日の放課後に何があったかということ」


 陽太は口にするなり、とある方へ視線をやる。


 見れば、コート内でボールをドリブルしつつ、動き回っている富永さんだ。ポニーテールが左右に揺れ、男子のディフェンスをかわし、シュートをする。


 ボールは見事にゴールを決め、富永さんは同じチームの男女とハイタッチをしていた。楽しげだ。ちなみに、バスケのチーム分けは男女混合だ。


「『特になし』って言ったら?」


「それならそれでいいかなって」


「いや、そこは突っ込んでほしいところなんだけど」


「そうかい? なら、遠慮なく」


 陽太はおもむろに目を合わせてくる。


「富永さんといったい何があったんだい?」


「まあ、その、昼休みの話の続きみたいな感じで」


「なるほどね」


 陽太は考え込むような仕草をすると、再びコートの方へ視線をやる。


「富永さんに告られた」


「僕が?」


「という予想は?」


「いや、それなら、昼休みに陽太に彼女がいるかどうか聞いてこないと思うんだけど」


「だよね」


 陽太は笑みをこぼすと、「なら」と言葉を続ける。


「富永さんが自分のことを好きだと伝えてきた」


「惜しい」


「惜しいんだ」


「まあ、とりあえず、陽太のことを誰かが好きだという事実だけは伝えておくよ」


「そういうこと、当の本人に教えていいのかい?」


「まあ、別に、本人に教えちゃいけないっていうことは言われてないから」


「それはまずいと思うけどね」


 陽太は口にすると、周りをおもむろに見渡す。


「そういえばだけど」


「何?」


「高村さん、今日は欠席していたね」


「そう、だね」


 僕はなるべく平然とした調子で返事をした。


 理由は風邪と担任は話していたけど、実際は違うだろう。おそらく、昨日、僕に壁ドンしたりとか、色々とした反動で気を病んだといったところか。


「まさかだけど、高村さんだったりして」


「何が?」


「自分を好きになっている人のことだよ」


 陽太の言葉に、僕は釣られて、「そうだね」とうなずきそうになる。けど、寸前で堪えた。


 さすがに高村さんだということだけは本人には黙っておこうと思う。バラしたら、後は陽太が断ってしまえば、それで高村さんの恋は終わりだからだ。いや、振られたら、またアタックすればいいとか感じるけど、成功率は格段に低くなるはずだ。まあ、僕としては瑞奈と結ばれてほしい気持ちはある。で、あわよくば、高村さんと付き合えたらという妄想たくましい自分がいるのだった。


「まあ、それは冗談として」


「冗談なんだ」


「なら、本気でもいい?」


「いや、それはそれで、僕としては反応に困るんだけど」


「だよね。なら、そういうことで」


 何が「そういうことで」なのかはわからないけど、僕は深く突っ込まないことにした。


 さて、コートで行われている試合は富永さんが再びシュートを決めていた。残り時間から、勝敗は既に決しているといった感じだ。


「和希は気にならないのかい?」


「何が?」


「高村さんのこと」


「欠席のこと?」


「それもそうだけど、今、和希はどう思っているのかなって」


 陽太の質問は、僕が高村さんに片想いしていることを知ってての内容だった。


 対して、僕は乾いた笑いをこぼしつつ、口を開く。


「まあ、高嶺の花だからね」


「そうかい」


 陽太は特に問い詰めようともせず、ただ、相槌を打つだけだった。


「そう言う陽太は」


「何だい?」


「好きな人とかっているのかなって」


 僕が聞くと同時に。


 体育教師の笛とともに、コートで行われた試合が終わった。富永さんが同じチームの男女らと改めてハイタッチをしている。運動神経が抜群で、こういう時活躍をするのは楽しいだろうなと僕は羨んでしまう、


「じゃあ、行こうか」


「ああ、そっか。次の番か……」


 僕はつぶやきつつ、重い腰を上げて、ゆっくりと立ち上がる。


 そして、僕がコート内で入れ替わる形で、富永さんとすれ違ったのだが。


「あっ、長井くん。放課後、空いてる?」


「えっ? まあ、空いてるけど」


「なら、ちょっと付き合ってほしいんだよねー」


 富永さんは言うなり、僕の肩を軽く叩いた後、コートから出ていった。


「何だろう?」


「また、富永さんのお誘いかい?」


 振り返れば、陽太が訝しげな視線を移してきていた。


 一方で僕は、「さあ」としらを切り、コートの中央へ向かう、試合前に整列をするために。


「まあ、後で何があったか教えてくれれば、それでいいけどね」


 後ろから届いてきた陽太の声に、僕は聞こえぬフリをして誤魔化していた。

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