第10話 富永さんを呼び捨てにする瑞奈と喉が渇くまで話をする僕
「遅かったですね」
駅前のカフェ内に入れば、先に待っていた瑞奈は、昨日と同じテーブルに座っていた。
一方で僕は向かい側に腰を降ろす。店員が注文を取りに来たが、僕はとりあえず断った。貴重な小遣いを減らさないための節約というものだ。
「そういえば、今日の報告がまだ」
「大丈夫です。それは今、ここで聞けば済む話です」
瑞奈は言うなり、手元にあったコーヒーカップを口につける。昨日と同じものを頼んだらしい。
「それでまずは聞きたいのですが」
瑞奈はコーヒーカップをソーサーの上に戻すと、鋭い眼差しを向けてくる。
「今日の昼休み、お兄さんをほったらかして、何をしていたのですか」
「いや、ほら、学食でパン買うのに、色々と混んでいて……」
「でも、先輩はチャイムが鳴ったら、すぐ教室を出ていったとお兄さんに聞いています。いつもなら、混む前にすんなりと買って戻ってくるとか」
「それも陽太から?」
「はい。その後、先輩が理由を曖昧にしていたのもです」
瑞奈の言葉に、僕は乾いた笑いをこぼしてしまう。まあ、陽太には放課後、理由は話したからいいのだけれど、問題は瑞奈だ。
「まあ、実はその、クラスメイトの人と話をしてて」
「お兄さんを待たせておいてですか」
瑞奈は険しげな表情をしつつ、問いかけてくる。
「いや、それはその、待たせたことは申し訳ないって思ってて……。それに、陽太にはそこらへん、ちゃんと謝っていて」
「謝って済む話ではないと思います」
瑞奈は僕の声を遮る形で口にした。
「わたしにとっては、お兄さんをないがしろにされて、とても、怒りを感じます」
「その、ごめん」
「謝って済むなら、わざわざここに呼び出したりはしません」
瑞奈は頬を膨らませ、両腕を組む。
「それで、お兄さんを待たせてまでクラスメイトと話をしたとのことですが、いったい何の話をしていたのですか」
「ああ、やっぱりそこは気になるよね」
「当たり前です」
瑞奈の返事に、僕はどうしようかと頭を巡らせる。
さて、富永さんと話したことを伝えるべきかどうか。
いや、結局は陽太から聞き出しそうなので、変に黙っていれば、面倒なことになりそうだ。
僕は意を決すると、瑞奈と改めて向き合う。
「その、クラスメイトの富永さんっていう人と会ったんだけど」
「その人は男ですか。女ですか」
「まあ、女子、だけど」
「そうですか。話、続けてください」
瑞奈は両腕を下に降ろし、目を合わせる。
「その、富永さんから、陽太のことを」
「その富永っていう女、詳しく教えてください」
「えっ? 瑞奈?」
「どうせ、その富永っていう女が、お兄さんのことを狙おうとしてるってことですよね?」
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなくても、お兄さんのことを聞き出そうとした時点で怪しすぎます。それに、お兄さんのいないところで、先輩に話しかけるなんて、姑息なやり方です」
もはや、瑞奈は会ったことがない富永さんを敵とみなしてしまったようだ。
「とりあえず、その、話を最後まで聞いてほしいんだけど」
「聞いて何かあるのですか」
「いや、富永さんは別に、その、本当に、陽太のこととか、好きとかそういうのじゃなくて」
「じゃあ、何だと言うのですか?」
「まあ、その、陽太のことが好きな人は別の人で」
「誰ですか」
「高村皐月さんなんだけど、多分、瑞奈は知ってるよね?」
「知ってます。去年、わたしの中学校で生徒会長だった人ですよね?」
「そうそう」
ぼくはうなずきつつ、瑞奈の様子を確かめる。
「そうですか」
瑞奈の表情は淡々としていた。
「高村先輩が、ですか」
「いや、それで、一応伝えておいた方がいい事実があって」
「何ですか」
「高村さん、一度、陽太に告ったことがあるみたいで」
「初耳です」
「まあ、うん。実は僕も今日初めて知ったくらいで」
「それは、高村先輩から聞かされたのですか」
「まあ、そんなところ」
「そうですか」
瑞奈は言うなり、コーヒーカップを持ち、中身を飲む。持ち手がわずかに震えているところから、動揺を隠し切れないようだ。
「それで、高村先輩はお兄さんに一度告ってどうだったんですか」
「まあ、結果としては振られたみたいだけど」
「そうですか。それはよかったです」
コーヒーカップをソーサーの上に戻した瑞奈は安堵をしたのか、ため息を漏らす。
「でも、高村さんはまだ諦めてないみたいで」
「それで、さっきの富永っていう女から、そういう話を聞かされたということですか」
「いや、昼休みの時は陽太に彼女がいるかどうか、探りを入れてきただけで、その話はさっき、高村さん本人から聞かされた」
「富永はもしかして、高村先輩の友達か何かだったということですか」
「まあ、それは。にしてもだけど、瑞奈」
「何ですか」
「いや、高村さんは先輩呼びなのに、富永さんはなぜに呼び捨て?」
「何となくです」
「もしかして、高村さんのことは先輩として尊敬しているとか?」
「尊敬も何も、生徒会長をしていましたし、周りの人はみんな、尊敬していましたから。だから、お兄さんのことを好きだというのも驚きましたし、ましてや、告って振られたことはさらに驚きです」
「まあ、そうだろうね。僕も同じだけど」
「でも、その、富永っていう女は、何だか先輩から聞いてる話だけですと、あまりいい印象を持てないです」
「それは何だか偏見のような気がするけど……」
「そもそも、お兄さんを待たせるようなことを間接的にしてる時点で、好きになれません」
「まあ、富永さんは悪気があって、僕に話しかけて、陽太を待たせるようなことをしたわけじゃないし……」
「でも、結果として、お兄さんを待たせることをしたんですよね?」
「それはまあ」
「なら、嫌いです。その、富永っていう女は」
「じゃあ、高村さんは?」
「高村先輩は別です。でも、もし、告って一度付き合うような関係があったとしたら、許せなかったと思います」
瑞奈は強い語気で言い放つと、僕と目を合わせてくる。
「それで、先輩は高村先輩からお兄さんに振られた過去を聞いただけではないですよね? 多分」
「まあ、そう思うだろうね」
「当たり前です。そもそも、先輩が高村先輩と話をするという時点でありえないことですし」
瑞奈の指摘に、僕は「だよね」とうなずくしかない。僕にとっては、高村さんは高嶺の花だ。今通っている高校では、中学と同じ次期生徒会長と噂されているくらいだし。一方で中の下にあたる僕としては、平凡な男子生徒の一人に過ぎない。
「とりあえず、頼み事をされた」
「お兄さんと付き合えるようにとか、ですか?」
「鋭いね」
「というより、それくらいしか、高村先輩と先輩が話すようなことは起きないと思います」
瑞奈の当然といったような声に、僕は乾いた笑いをこぼす。
と、話していると、さすがに喉が渇いてきた。
「ちょっと、ごめん」
「何ですか。逃げるのですか」
「いや、単に飲み物を」
僕は手を上げると、やってきた店員に対して、アイスコーヒーを頼んだ。
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