第9話 茶化してくる富永さんとドキリとしてしまう僕

「いやー、さっきは色々とびっくりしたよー」


 富永さんは昇降口前にある下駄箱に寄りかかりつつ、何回もうなずいた。


 一方で僕は、学校の鞄を肩に提げ、ローファーに履き替えたところだ。


「最後、その、高村さんに迫られた時だけど」


「ああ、皐月に壁ドンされてたよねー。あれは貴重な経験だと思うよ。まあ、今頃になって、皐月は後悔してるみたいだけどねー」


「後悔?」


「そうそう。まあ、多分、明日は欠席だろうね」


「それじゃあ、その、僕が協力するとか言ったことは無駄なんじゃ……」


 確か、高村さんはネガティブすぎるところがあるから、引き受けたはずなのだが。


「まあ、それは無駄じゃないかな。もし、あそこで断ってたら、欠席は一日どころでは済まないかもしれないからねー」


「ああ、引きこもるとか、そういう話をそういえばしていたような……」


「だから、結果としてはオーライってところじゃない?」


 富永さんの声に、僕は「どうだか」とつぶやく。というより、半ば脅しっぽい感じを受けたような気がするし。特に壁ドンのあたりとか。あたかも、僕が陽太に、高村さんを振るように仕向けたと思われているっぽいし。協力をしなければ、夜道で襲われそうな不安すら抱いてしまったくらいだ。


「まあ、あたしとしては見ていて、色々と面白かったよ。壁ドンされたあたりの皐月とのやり取りとか」


「やっぱり、あのあたりは面白半分で見てるだけで、何もしなかったしね」


「あはは。そこはごめんごめん。でも、まあ、ありがとね。皐月の頼みを引き受けてくれて」


 最後は感謝をしているような調子で手をやってくるので、僕は追加で文句はぶつけなかった。


「でも、わからないと思うけど」


「皐月が柏木くんと付き合えるかどうかってこと?」


「ほら、その、高村さんの話が本当なら、陽太は前に一度振っているってことになるから。だから、一度振った高村さんへ振り向かせるのって、結構大変だなって」


「そうだねー。あたしも生徒会室でそのことを知って、ちょっと戸惑ってるんだよねー」


「まあ、それはね」


「というより、皐月が柏木くんに振られたことがあるっていうことを今まで教えてくれなかったっていうのはちょっとねー」


「そうなの?」


「うん。でも、あれだよ? どこぞの男子に告って振られたっていうのは知ってたけどね」


「ああ、それって、僕が陽太から聞かされたのと同じような感じだね」


「そうだねー。となると、あたしと長井くんには似た者同士だねー」


 富永さんは言うなり、表情を綻ばせた。僕にとっては不意を突かれた感じで、彼女の仕草にドキリとしてしまう。


「あー、今、長井くん。もしかして、あたしに惚れた?」


「いや、そんなことない」


「じゃあ、何で、あたしと目を合わせないのかなー」


 茶化す富永さんは避けようとする僕の顔を楽しそうに覗いてこようとする。


 と、スマホが震え、僕は手に取る。


「もしかして、いないと思っていた彼女さんとか?」


「違うよ。単に知り合い」


「知り合いねー」


 富永さんは怪しげな視線を送ってくるも、僕は気にせず、画面の通知を確かめる。


― 今から昨日のところに来てください ―


 MINEで瑞奈からのメッセージだった。場所としては、駅前のカフェだろう。となると、また奢らなければいけないのか。小遣いが減っていくのは悲しい限りだ。かといって、変に割り勘とかにはできない。陽太に対して、いやらしいことをされたとウソを吹き込むかもしれないからだ。


「じゃあ、あたしは生徒会室に戻るねー」


「あっ、うん。その、高村さんによろしくということで」


「へえー。なんだかんだで、そういうところあるんだねー」


「何が?」


「別に―」


 富永さんは間延びした声を漏らすと、下駄箱前から立ち去っていった。「じゃあねー」と言って、片手を軽く振りつつ。


 にしても、高村さんの恋に協力をすることになるなんて、思いもしなかった。


 しかも、相手の陽太は、義妹の瑞奈も狙っていて、実質三角関係だ。


 で、僕はライバル同士となるであろう、瑞奈と高村さん、双方に関係を持ってしまった。いや、いやらしい意味とかでなく。


「これがどっちとも僕が好きという話なら……」


 僕はつぶやきつつ、昇降口を抜け、校舎の外に出る。


 だが、現実は残酷。


 ラブコメでなら、三角関係になっている主人公の親友みたいなポジションが僕なのだろう。

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