第8話 壁ドンしてくる高村さんと協力を引き受けてしまう僕

「えっと、そのう……」


 僕は口を動かすも、どうも上手く言葉にできない。


 対して、高村さんは目を合わせてきているも、どこかぼんやりとした感じだ。


 で、横にいる富永さんは「さあさあ」といった雰囲気で視線を外そうとしない。


 もはや、やることはひとつしかないらしい。


「あのう、高村さん」


「長井くんは」


「はい」


「わたしに協力してくれるかどうか、返事を聞きたいのだけれど」


「それは、まあ……」


 ちらりと見やれば、富永さんは鋭い眼差しを送ってくる。もはや、後戻りはできなさそうだ。


「協力、しようかなと」


 僕はこくりとうなずく。


 途端、高村さんは目を輝かせ、前のめりになって、僕の両手を掴んできた。


「た、高村さん?」


「本当に?」


「それは、まあ、はい」


 僕は高村さんの勢いに押される形で再度うなずく。


「そうなの。それなら、よかった……」


 高村さんは僕から手を離すと、座り直し、胸のあたりに手のひらを添えた。


「ということで、長井くん。これからよろしくねー」


 対して、富永さんは弾んだ声で綻んだ表情を浮かばせる。


 何とも厄介な頼みを受けてしまったかもしれない。


 なぜなら、陽太の義妹、瑞奈にとっては、高村さんはライバルになるわけで。


 で、僕は双方で協力をするような形になってしまったからだ。


「あのう、とりあえず、僕はこのへんで……」


「待って」


 僕が腰を上げようとしたところで、高村さんが呼び止めてくる。


「えっと、その、高村さん?」


「ひとつ聞きたいのだけれど」


「はい」


「柏木瑞奈」


 高村さんが読み上げた氏名に、僕はドキリとする。


「知ってるわよね?」


「知ってるも何も、その、陽太の妹ですけど」


「正確には、血が繋がっていない妹さんよね?」


 高村さんの質問に、僕は富永さんの方へ視線を向ける。


「ああ、昼休みのことは皐月に一通り、ね」


「でも、そのことは未亜に聞く前から知ってたわね」


「えっ? そうなの?」


 富永さんは驚いたような声を発する。反応からして、わざとではなさそうだ。


 同時に、僕としても予想外のことだった。


「それって、もしかして、陽太のこと、前から知ってるとか?」


「そうね」


「えー。それ初耳だよ、皐月」


「そうね。前から知っていたことは未亜には教えていなかったわね」


 高村さんは立ち上がると、ガラス窓近くまで歩み寄り、外の方へ正面を向ける。


「長井くん」


「は、はい」


「長井くんから聞いたことないかしら?」


「何を?」


「中学の時、女子に告られたことあるっていうこと」


「ああ、それは確かに、一度だけ」


「その女子って、わたしなの」


「えっ?」


 突然の告白に、僕は戸惑いを隠せない。


 そういえば、僕は陽太から、どの女子から告られたか、聞いてなかった。というより、当時の僕が誰なのかとか、あまり興味を示さなかったからかもしれない。知ったところで僕が得をするわけでもないと割り切ったからだろう。


 まさか、高村さんが一度、陽太に告っていたなんて。


「結果はもちろん、知ってるわよね?」


「それはまあ……」


「まさか、振られたとか?」


 富永さんが話の間に割り込むように言葉をこぼす。


 答えとしては正解だ。


 だが、実はもうひとつ事実がある。


「そう、わたしは中二の時に柏木くんに振られたわね。理由はタイプじゃないと言われたから」


「それは、まあ……」


 僕は曖昧な反応に終始する。


 だが、内心は嫌な予感がしていた。


「でもね、わたしが告った時、柏木くんは『はい』とも『いいえ』とも返事しなかったわね」


「それって、保留にされたってこと?」


「ええ」


 富永さんの質問に、高村さんはこくりとうなずく。


「それで、数日後にお断りの返事をもらったのだけれど」


 高村さんは言葉を止めると、おもむろに僕の方を見つめてくる。


「その間、長井くんは柏木くんから何か相談を受けたのよね?」


 やはり、突っ込んでくるか。


 おそらくだが、昼休みに富永さんへ話したことがちゃんと伝わっているようだ。確かに、僕は相談を受けた。ただ、当時知らなかったのは相手が高村さんということだ。


 僕は何歩か後ずさりしそうになった。


「逃げるのね」


 高村さんは僕の内心を見透かすかのようにぽつりとつぶやく。背中を嫌な汗が伝って落ちていく感触が。


「あー、なるほどねー」


 一方で富永さんは納得をしたのか、こぶしで手のひらを叩いた。


「つまりは、長井くんが柏木くんに皐月を振るように仕向けたってことだねー」


「ちょ、ちょっと待って!」


 僕は手を何回も横に振り、慌てふためく。


「僕はその、陽太から、女子に告られたから相談を受けただけで……」


「長井くん」


 気づけば、高村さんは立ち上がり、歩み寄ってきた。僕の方をじっと見つめつつ。


 とっさに僕は逃げようとしたが、後ろは引き戸が閉まっていた。


「わたしは別に、長井くんのことを恨んだりとか、そういうことは思っていないから」


「なら、僕に対して、どういうことを高村さんは思っているのか、その、気になるかなって……」


 僕は高村さんに壁ドンみたいな形で追い詰められている状況になりつつ、問いかける。こうなった経緯を省けば、高嶺の花とも評される高村さんに迫られるのは嬉しい限りだが。でも、今はとにかく、場から去りたい気持ちでいっぱいだ。


「そうね」


 高村さんは我に返ったのか、距離を取り、何歩か下がると、考えるようなポーズを取る。


「そこまで柏木くんに信頼されてる長井くんは、協力者として、他にはいない人と評することができると思ってるわね」


「協力者?」


「わたしと柏木くんが、その、こ、恋人同士にしてもらうっていう話のね」


 高村さんは口にした後、頬をうっすらと赤く染めると、それを隠すかのように顔を逸らす。


「と、とにかく、協力してもらうのだから、長井くんは頼りにするから」


「そ、それは、その、どうも」


 僕は変に褒められた感じを受けて、どう反応をすれば、困ってしまった。なので、ぎこちない調子で曖昧な返事となってしまった。

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