第6話 高村さんの頼み事と耳を疑う僕
「ごめんねー。何だか邪魔したみたいで」
富永さんは言いつつ、申し訳なさそうな表情とともに両手を重ねてくる。
一方で僕はこくりと頭を下げつつ、「いや特には」と言葉を返す。
僕は今、富永さんに連れられて、教室を出て、廊下を歩いている。途中、階段を下りたりして。
「それで、今度は?」
「まあ、それ聞くよねー。とりあえず、ついてきてもらえれば嬉しいかなーって」
富永さんは愛想笑いを浮かべつつ、はっきりとした理由を教えてくれない。
もしかして、僕は何か騙されているのだろうか。
あるいは。
「まあ、相変わらず、長井くんは柏木くんと仲がよさそうだなーってことははっきりしたわけで」
「それが?」
「まあ、それくらい、長井くんの言うことは信用度が高まったってこと」
富永さんの答えに、僕は頭に?マークを浮かべてしまう。
先ほどから、いや、昼休みに話した時から、富永さんは何かを隠している。
でも、それが何か、僕には皆目見当がつかないわけで。
「さて、着いたよー」
「着いた?」
僕は鸚鵡返しに尋ねるなり、足を止める。
今いる場所は校舎の二階。
僕の教室がある四階からは下にあたる。
で、目の前には引き戸があった。
「『生徒会室』?」
表札に記された名前を読み上げるなり、僕は富永さんに顔をやる。
が、彼女は僕の行動など特に気を留めないといった感じ。というより、生徒会室の引き戸をノックもせずに、開けたのだった。
「皐月―。連れてきたよー」
富永さんが呼ぶ名前と生徒会室という場所に、僕はある推測が成り立った。
僕が生徒会室に顔を覗かせてみれば。
「未亜。生徒会室に入る時は必ずノックするようにって言ったわよね?」
「あっ、ごめんごめんー。まあ、いいじゃない。今は皐月しかいないんだしー」
「まったく、未亜は……」
僕の視界には、呆れ顔を浮かべる一人の女子が映っていた。奥の窓際にある机の席から立ち上がり、額に手のひらを乗せ、かぶりを何回も振っている。
「高村、さん?」
僕が恐る恐る生徒会室に足を踏み入れつつ、相手の名字を呼ぶ。
高村皐月。
僕のクラスメイトであり、生徒会役員を務める女子だ。艶のある黒髪を背中まで伸ばし、大人びた顔つきとすらりとした体型は目を引く。成績も優秀で、学年トップだ。中の下にあたる僕と比べれば、月とすっぽんくらい、差がある。男子からは高嶺の花という存在で、告っても撃沈した噂は数知れずといった感じだ。
そんな彼女が僕の目の前に現れたのだ。正直、現実なのかと頭が困惑してしまう。
一方で高村さんは顔をやるなり、歩み寄ってくる。
「悪いわね、長井くん。遠回しにここに呼び出したりして」
「いや、その、僕に謝られても、その、ただ、富永さんについてきただけで」
「そうそう。長井くんはただ、ここに呼ばれただけだもんねー。まあ、さっきまで柏木くんと何か話をしていたみたいだけど」
「そう、なの?」
なぜか、高村さんは気になったのか、視線を向けてくる。対して僕は、「まあ、はい」と曖昧に返事をするのが精一杯だ。
ひとまず、生徒会室にて、僕は高村さんと富永さん、二人の女子と向かい合う。室内の真ん中にある、いくつかの机を寄せ合わせてできたテーブルを挟んで座りつつ。何だか、面接みたいだ。
どこか張り詰めた空気になる中、高村さんはこほんと咳払いをする。
「ひとまず、長井くん。その、こうしてここにやってきてくれたことに対して、感謝するわね」
「いや、そんな、僕はただ」
「そうそう。こんな面倒なことをするより、普通に皐月が長井くんに声をかければいいだけの話なのにねー」
「未亜。一言余計なんだけど?」
「だって、そうでしょ? まあ、親友の頼みだから、断れないから、しょうがないけどねー」
富永さんは高村さんの指摘を受け流しつつ、椅子の背もたれに寄りかかる。
どうやら、用件は高村さんにあるようだった。
「ということは、その、高村さんは僕に何か用事でも?」
「そうね」
高村さんは僕と正面を合わせると、姿勢を正した。
「折り入って、長井くんにお願いがあって」
「お願い?」
「ええ。おそらく、何となく察しはついてるかもしれないと思うけど」
高村さんは言うなり、なぜか、ほんのりと頬を赤く染め始めた。今のどこに、照れるような要素があるのだろうか。横にいる富永さんに至っては、どこかにやついた表情をしていた。
「すみません、その、僕には何が何だか」
「鈍いねー、長井くん。それだから、今まで彼女とかいなかったんだよー」
「未亜。頼み事をしようとする相手に失礼でしょ?」
「あはは、そうだねー。ごめんごめん」
「というより、未亜も今まで彼氏とかいたことないわよね?」
「そう言う皐月もだよねー」
「あのね……」
高村さんは口にするなり、ため息をつく。というより、今さらっと衝撃の事実を知ったような。
「あのう、高村さんって、その、彼氏とか、いなかったんですね。てっきり、普通にいるかと思って」
「長井くん。それは聞き捨てならないわね」
なぜか、強い語気で言い放つ高村さん。
「もしかしてだけれど、そういうことを柏木くんに話したりしてないわよね?」
「陽太に?」
「ええ」
「いや、そうはっきりとまでは」
「ということはいるかもね的な話は柏木くんとしたことあるということね?」
「それはまあ、高村さんに告って撃沈した男子が幾人もいるから、もう、彼氏とかいるのかなって」
「ほら、皐月。あまりにも曖昧に断りすぎるから、そういう誤解が生まれるんだってー」
富永さんは言いつつ、高村さんの腕を小突く。対して、何か文句でもぶつけるかと思いきや、「そうかもしれないわね」としおらしい様子。
「それで、柏木くんは?」
「陽太?」
「ええ。わたしに彼氏がいるかもしれないという話を聞いて、どういう反応をしたのか、興味があるわね」
「いや、まあ、それは、『そうかもしれないね』とか言ってただけで」
「そうなの」
高村さんは口にすると、どこか残念そうな様子になった。
「まあ、柏木くんも今はフリーみたいだし、チャンスはあるって」
「そうなの?」
「だよねー、長井くん」
富永さんに問いかけられ、僕はうなずく。
「一応、その、さっき教室で陽太に聞いてみたけど、やっぱり彼女はいないみたいだったけど」
「ほら! だから、皐月は考えすぎだってー。ネガティブになりすぎだよー」
富永さんは声を上げつつ、高村さんに目をやり続ける。どうやら、励ましているみたいだけど、その理由が僕には未だにわからない。
対して、高村さんは「そうかもしれないわね」と自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「長井くん」
「は、はい」
急に高村さんが目を合わせてきたので、僕はとっさに姿勢を正してしまった。おそらく、お願い事の話だろう。
「協力してほしいのだけれど」
「協力って、その、何を?」
「わたしと、その、柏木くんがこ、恋人同士になれるように……」
「えっ?」
僕は一瞬、耳を疑ってしまった。
「あ、あのう、それはどういう……」
「言葉通りの意味よ」
「いや、それはつまり」
「ああ、もう! 長井くんは鈍いよねー」
富永さんが居てもたってもいられなくなったのか、言葉を挟む。
「つまりは、長井くんに皐月と柏木くんが付き合えるように協力してほしいってことだよ!」
富永さんのはっきりとした声が生徒会室内に響き渡る。
いや、おそらくというより、間違いなくそうだろうと思っていたけど。
まさか、高村さんが陽太のことが好きだとは予想だにしていなかった。
「未亜。声が大きいから……」
一方で、高村さんは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で富永さんを窘めていた。
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