第5話 昼休みの遅れを追及する陽太と変に誤魔化そうとする僕
「へえー、昼休みに富永さんに声をかけられたんだ。珍しいね」
放課後、担任のHRが終わるなり、僕は陽太と話をしていた。クラスメイトといっても、席は僕が窓際奥で、陽太は黒板前の引き戸近くだ。なので、対角線上に距離があり、そばで過ごすのは登校や昼休み、後は体育の時くらい。だから、陽太がわざわざ僕の席まで寄ってきたのは、昼休みのことが気になったのかもしれない。僕は適当にはぐらかしていたのだけれど。
「まあ、だから、その、昼休みは遅れたというか」
「まあ、今の口振りからして、ウソをついてるようには見えないね」
陽太は両腕を組みつつ、納得をしたのか、何回もうなずいている。
「まあ、自分としてはそこまで突っ込むほどでもないかなと思うけど。でも、和希が変に隠すような様子をするから、何か気になるよね」
「まあ、それは長い付き合いだし、そこらへんは察しが早いようで」
「もしかして、富永さんに告られた、とか?」
「えっ?」
僕は陽太の質問に驚き、間の抜けた声を漏らしてしまった。
「それはさすがにないよ」
「そっか……。もしそうだったとしたら、応援してあげようと思ったけど、残念だね」
「それはご期待に沿えず、申し訳ないです」
「それで、実際は?」
「まあ、それは……」
僕は周りを見渡しつつ、富永さんが教室内にいないことを確かめる。残っているクラスメイトは数えるくらいで、後数十分もすれば、誰もいなくなるかもしれない。
僕は一応、辺りを気にしつつ、陽太に耳打ちする。
「何か、陽太に彼女がいるかどうか、聞かれたんだよね」
「へえー。それは興味深いね」
陽太は自分のことだというのに、まるで他人事のような反応を示す。
「それで、和希はどう答えたんだい?」
「多分いない的な回答を」
「そこは、『多分』なんだね」
「それはまあ、百パーセントいないっていうのは言い切れないし」
「それは自分がはっきりと今、彼女がいないということを聞いたことがないから?」
「まあ、そうだね」
「なるほどね」
陽太は相槌を打つと、おもむろに、僕の前にある空席に腰を降ろした。
「なら、その『多分』という曖昧さをなくすためにひとつ教えておくよ」
陽太は口にするなり、僕と目を合わせてきた。近くのガラス窓から差し込む陽光が背後を照らし、眩しさを感じてしまう。
「僕は今現在、彼女なんていないよ。これですっきりしたかい?」
「それはまあ……」
「その反応だとまだみたいだね」
陽太は笑みをこぼすと、席の机で頬杖を突く。
「まあ、自分としてはほら、瑞奈といるだけで十分だからね」
「それは恋愛感情として?」
「まさか」
陽太は即座に否定をする。瑞奈が聞いたら、卒倒しそうだ。
「兄妹としてね。まあ、いわゆるシスコンなんだろうね」
「そういうのって、自ら認めるものなんだ」
「それはどっちでもいいんじゃないかなって、自分は思うけどね」
陽太は口にしつつ、おもむろに立ち上がる。
「じゃあ、自分は部活があるから」
「そうだね。何か変に足止めしたみたいで」
「いやいや、元々は自分が話しかけたからね」
陽太は表情を綻ばすと、とある方へ顔を動かす。
「それに、和希には待ち人がいるみたいだからね」
「待ち人?」
僕が視線を動かせば。
出入口前にて顔をチラッと覗かせ、すぐに引っ込むポニーテールの女子。
「富永さん?」
「明日、詳しい話を楽しみにしてるよ」
「いや、そういうのはMINEとかでも」
「メッセージよりも、直接本人の口から聞いた方が色々とね」
「なら、後で電話とか」
「家には瑞奈がいるからね」
陽太の答えに、僕はどうも、明日の話題として提供するしかないようだった。
「わかった。でも、今日の話とかって、瑞奈に聞かれて何か問題とかある?」
「いや、そもそも、自分が和希と電話をすること自体、瑞奈が不満に思ってしまうかもしれないからね」
「ああ、そういうこと」
瑞奈からしてみれば、兄の時間を奪うこと自体、嫉妬を抱かれるのだろう。となれば、もしかしたら、瑞奈が陽太のことを恋愛感情として好きというのも知っているんじゃ。
「瑞奈は寂しがり屋だからね」
「ああ、そういうことね」
僕はすぐさま、陽太の鈍感さを察しつつ、適当な言葉をこぼした。
「じゃあ、自分はこれで」
「うん」
僕は立ち去っていく陽太へ手を振って送りつつ、同時にため息をついた。
一方で陽太は廊下を出ると、誰かに二、三言話した後、視界からいなくなっていった。おそらく、僕を待っているであろう富永さんにだろう。
と、僕のスマホが震え、見れば、MINEの通知で、瑞奈からだった。
― 昼休み、お兄さんを待たせて、いったい何をしていたのですか ―
陽太からMINEとかで知ったのだろう。だから、僕としては特に驚きがなかった。日頃から頻繁に瑞奈とやり取りをしているのは本人から聞いていたからだ。
僕は改めてため息をつくと、スマホを打ち始める。
― いや特に何も ―
― ウソですね ―
― 変に誤魔化すということは何か隠している証拠です ―
あっさりと疑惑を抱かれてしまう僕。
どうやら、適当にやり過ごすことは難しそうだ。
かといって、富永さんと話した内容は、陽太が好きな瑞奈にとっては刺激的すぎる。
「さて、どうしようか」
僕は言いつつ、改めて出入口前へ視線を移す。
気づけば、僕は富永さんと目が合ってしまい、にこやかな表情で手招きされるのだった。
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