第20話 食えない親父だ
ある日、いつものようにコーヒーを楽しんでいると、電話が鳴った。
1人しか鳴らしてこない電話だ。
「はい」黒澤は感情のこもらない声で受話器をあげた。聞こえてきたのは、しわがれた低い声だった。
『なんだ、おまえ、しけたツラしやがって』
「ツラは見えてないと思うんだが」
『声でわかんだよ、声でよ』
相手はそう言って、やかましくゲラゲラ笑って見せた。黒澤がわざと聞こえるように舌打ちすると、相手は、黒澤藤吾は声色を変えて続けた。
『保安官さんと仲良くなったみてぇじゃねぇか』
「へぇ、どこから見てたんだ」
『どこからでもだ』
「で? なんの用だ。こっちは休日のコーヒータイムなんだ。手短に頼むよ」
『冷たい息子だな。まぁ、あんまり首を突っ込んでくるなってことだよ。町の保安官どものほとんどは牙の抜かれた犬っころだ。俺のこと嗅ぎまわってる”優秀ちゃん”もいるみてぇだが…。なにもでてこんよ。どこ突いても構わねぇが。なに、足でチンピラどものケツを突くくらいはしたかもしんねえがな』
「今日は良く喋るな。何が言いたいんだ」
黒澤がそう言うと、相手は鼻で笑った。
『一人息子をトラブルに巻き込まねぇための忠告だよ』
「ご忠告どうも。それなら心配いらないよ。俺は町を出るから。メトロシティに行く」
『は…、やるじゃねぇか。町に見切りをつけるなんて薄情だが賢い奴のすることだ。さすがは俺の息子だな』
「光栄だよ。せいぜい野垂れ死ぬなよ」
『てめぇもな』
そう言って、電話は切れた。
黒澤は窓の外から森を眺めた。森に居るのか町にいるのか知らないが、あの日の自分の行動は父親に筒抜けだったのだろう。
食えない親父だと思いつつ、自分の荷物のほとんどなくなった家の中を見まわした。自分がメトロシティに言った後、父親がここに戻って暮らすかもと、修繕箇所を増やしたのだから自分もろくでもないな、と彼はため息をついた。
「ここともおさらばか」
そう呟いて、いつの時代のものかわからない電波を拾ったラジオから流れる音に耳を傾け、コーヒーを啜った。
普段と同じ味なのに、苦味が少しだけ残った。
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