第9話 親父の嘘みたいな話

 すると彼女は端末をはじいて数字を表示して見せた。黒澤は眉毛をつりあげた後、「迷惑料も追加願う」といい、彼女はニヤリと笑みを浮かべ端末を再提示した。


「どう? これならガラス修理をしてもお釣りが帰ってくるわね?」

「悪くない」

 黒澤はそう言って、梓を見上げた。


「決まりね。あなた、仕事は?」

「…、そこの森で作業してるよ」黒澤はそう言って蛇行した道の先にある森を指さした。  

 緑の葉を蓄え風に枝を揺らしているのが遠目からでもわかる。何度も通ってる道だ。


「じゃあ、詳しいわよね。この区画に案内してもらうわ。ここまでどれくらいかかりそう?」

 梓はそう言ってマップを開いた。しるしを見つめ、黒澤は顎をさすった。仕事でよく足を踏み入れる区画ではないが周辺は頭に浮かぶ。


「(俺の足で)片道1時間半くらいかな」

「そう、じゃあ今からいけば日没までには戻れるわね」

「向かった先に何も無ければな。あんたらなぁ、仮にも町の保安官だろ。森をそのへんの道と同等に考えてたら痛い目みるぞ」

「痛い目みないために、あなたに案内をお願いするの。準備して」

 彼女はこちらを急かす様に両手をはたいた。


 梓の話によると、保安協会が追っているカルテルの秘密の作業場が、黒澤の父がねぐらにしている小屋周辺らしい。


 可笑しなことに、当麻の父親である黒澤藤吾がそのボスなのだという。そんなことは黒澤当麻にとっては寝耳に水だった。父が数年、小屋で生活していることは知っていたが、カルテルのボスなどあの体たらくに勤まるはずがない。


 黒澤藤吾が常連だった町の小さな飲み屋と、疑いのある小屋付近キャンプの2拠点に別れて捜査するらしく、黒澤は山小屋への案内を任された。


 仕事に向かうわけではないが普段着だと心もとないため、一度着替えに家に戻った。動きやすく汚れても良い服に、厚手のウインドブレーカー、グローブ、ブーツ姿で納屋に向かい、棚から小型ボウガンを持って戻ると、車の数が減っていた。もう1チームはとっくに町へ向かったらしい。黒澤が戻ってきたことに気づいた梓は目を丸くさせていた。


「あんた、狩りにでも行くつもり?」

「何が出てくるのかわからんし、これでも控えめな方だ。あんたらこそ、そのいかにもな恰好で乗り込んでっていいのか?」

「潜入しに行くわけじゃないからいいのよ。さ、行くわよ。乗って」

 面倒ごとが起きるのを回避できる気がせず、黒澤はため息交じりで車に乗り込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る