第3話 変化のない町で
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湧かせた湯を少しだけ冷ましている間に、フィルタに挽きたての豆を入れた。粉を蒸らしてからゆっくりと湯を回し入れる。
湯気と立ち込めるコーヒーの香りを深呼吸で取り入れ、黒澤は満足そうな笑みを浮かべた。この時間が好きだ。欠かせない朝のルーティンである。香りが充満するだけで気分が良くなる。
適当なラジオ番組を流しっぱなしにして、マグカップを片手にくたびれたソファに腰掛ける。映像モニタは処分してしまった。ラジオはいつの時代のものかわからない電波を受信して、町と同じくらい古めかしい音楽を送信している。
くすんだ町だ。
色褪せていて娯楽という娯楽もない。それでも町から若者がいなくならない理由は、みな変化を求めないからだと黒澤は思っていた。
エリア外のさらに奥地に位置するこの町は典型的な田舎だ。隣の家はどこも十分なほど離れているし、背の高い建物もない。それにきっと、森や林に生息している動物の方が人間よりも多いだろう。
一方で娯楽は少ない。若者がたむろするのは町にある数少ない飲み屋か、自販機のある売店の前くらいだ。
とはいうものの、通信は生きてるのでそれを利用してエリア内の情報を知ることはできる。
特にエリアの中心地であるメトロシティは誰もが憧れる機械産業都市だが、地域格差が激しいことは町の住人は皆認識していた。この町のどんな商会も企業も、メトロシティの会社には及ばないが、優れている点があるとすれば俗に言う老舗が多く立ち並ぶことで、町の人間はそれを誇りにしているようだった。地産地消のこなせる自立した町だ、という広告だって、役所に貼ってある始末だ。
若者が町を離れないのも、”継ぐ仕事”があるからで、わざわざリスクを負ってまで大都市に移動する必要もない。それでこの町は育ってきたのだ。
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