第2話 灰色、青色、雑多布

「オイ。ここは他所モンのくるとこじゃねぇぞ、帰んな。お? そんだけチビじゃフェンスも登れねぇか? 手伝ってやろうかぁ?」

 こちらを挑発する口調に、黒澤は思わず笑みを浮かべた。それが癪だったのか男が捲し立てる。酒の匂いがした。


「何笑ってやがる。おめぇも痛い目みたいか?」

「いや、遠慮しておく」

 黒澤はそう言って、奥の2人の様子を伺った。1人は男。もう1人は壁を背にして腕を掴まれている女。あまり良い状況には見えない。黒澤は顔を傾け女の方へ声を掛ける。

「助けが必要?」

「そう見えるなら助けなさいよ」


 意外にも返答の声は力強かった。声も震えていない。こういった状況には慣れているのか、頼りなさそうな男がノコノコやってきたことに対する落胆で投げやりになっているのかはわからないが、黒澤は了承した。


 正面の男は自分が無視されたことに憤ったのか、拳を振り上げてくる。その拳の軌道をすんなりといなし、壁を殴らせて悶絶させたあとは簡単だった。拳を抱えて悲鳴を上げた男が信じられないような顔で見下ろしてくる。


 男が雑多に襲い掛かってくる様は無様で、誰が見ても力の差は歴然だった。それでなくても相手は酔っているのだ。相手の攻撃は、身体を少しだけ斜めに捻るだけで簡単に防御できるし、自分が軽く腕を振れば、相手は勝手に倒れていった。男たちはの表情には「なんでこんなチビ相手に負けるんだ?」という驚愕が貼り付いており、いつものパターンに黒澤は鼻で笑った。


 昔からどんなケンカ相手も、自分の見た目を小バカにしてきた奴はぶちのめしてきたのだ。こんな風に。

「覚えてろよ」と捨て台詞を吐きながら逃げていく男2人をしばし眺めた後、彼は独り言ちた。

「トレーニング後のクールダウンってところかな」


 すると、壁にもたれて座り込んでいた女が立ち上がったのがわかった。薄明かりの中、しっかりとした瞳をこちらに向けるのがわかった。

 

 鎖骨まで伸びた髪はグレーと群青の混ざった色で、梳かれた髪の隙間から派手なピアスが覗いている。布を幾多も貼り合わせてから、わざわざ引き裂いたような服を着ており、足元は凶器のようなヒールが生えていた。彼女は立ち上がり、見下ろしてくる。

「なに見てんのよ」


「いや、その服、もともとそうなの?こいつらに切られたわけじゃないよな?」

「自分で切ったと思う?」

「どうかな」

「どいつもこいつもバカじゃないの」

 女はそう吐き捨てて、威勢のいいヒールの音と共にさっそうと去っていった。雨が降ったら泥濘にヒールが嵌って大変そうだな、など思いつつ姿が見えなくなるまで彼女を見ていた。


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