フクロウは迫りくる黄昏に飛び立つ -黒澤当麻の話-

久納 一湖

第1話 路地裏エンカウント

 黒澤当麻はジムから出たところで、手に持っていたネルシャツをバックパックに詰め込んだ。日が暮れれば涼しくはなるが、やはり体を動かしたあとに羽織ると暑い。心地よいだるさに包まれながら閑散とした道を歩く。


 乾燥した砂が足元に舞っていた。細かい粒子の砂は、長い年月をかけて町全体を侵食していった。町には白色はなく、どんなものも砂のせいで古ぼけて見せた。町中の建物も道路も信号も、自分の靴ですらそうだ。砂が入り込み、うっすら土気色に変色している。


 利用しているジムも、ジムといえば聞こえはいいが、実際は古びたビルの一室にトレーニング機器を置いているだけの質素な空間である。彼はバックパックを背負いバス停留所へ向かった。


 この日、黒澤は横着して道をショートカットしようとした。それがトラブルのはじまりだった。若い頃の遊び場だった裏道を思い出したのだ。それなら当然、彼より年下の世代が縄張りにしている可能性もあることを、彼はすっかり忘れていた。


 トラッシュケースに乗りあがり、フェンスを飛び越えるまでは少し楽しかった。着地し立ち上がって見ると、飲食店の壊れかけた換気扇が喧しく回転しているその真下に、3人いた。


 薄暗い裏道には明かりがほとんど差し込まず、黒澤が訝し気な顔をすると、「何見てるんだよ」とふてくされた様な声を向けられる。よく見えないが、話し方や声色から察するに3人は黒澤より年下に感じられた。20代前半か、10代の可能性もある。


 しかし黒澤もこの容姿だ。身長は平均よりは低いだろうし(若い時は当然コンプレックスだった)、どちらかといえば小柄である。そしてフクロウを連想させる丸くて大きな瞳が、より彼に若い印象を与えた。実際は30代に差し迫る年齢であり、彼らのような遊び方とはとっくに卒業している。


 背の高い男が、こちらへ一歩。自分の背後はフェンスのみ。男は大げさに体を揺らしながら口を開いた。

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