第198話:コアラを捕まえろ
春の陽気が心地よいある日の出来事です。
その日、ワタクシ達は兄のアレクサンドルが買ってきたお菓子を食べながらとりとめもない話をしていました。
「これさぁ、最初に発売したときは楽器持ってるやつだけだったんだよな。並べて楽器隊を作るの好きだったなぁ」
アレクはそう言って、コアラのイラストが表面にプリントされた焼き菓子をつまみます。
「今はいろんな楽器以外にもいろんな絵が付いてるんですね」
「おっ、盲腸コアラだ。これ一時期流行ったよな。見つけたら幸せになれるって」
アレクのゆびに摘ままれた菓子にはお腹に傷があって泣いているコアラの姿がありました。傷の痛みに泣いているのでしょうか。
あまり菓子向きとはいえないデザインに、アレクの隣に座っていたテディベアのキリトが首をかしげます。
「なぜ盲腸なのに幸せになれるでありますか?」
「うーん、レアだからじゃねぇかな。これってもともとは単に怪我しただけのコアラだったのが、誰かが盲腸の傷って言いだして、それが定着したってパターンだった気がする」
「そういえば、コアラの盲腸って二メートル以上あるんですよ。もし手術するとなったら大変でしょうねぇ」
「なんか想像したら食いにくいな」
「ジェル氏、マジレス乙であります」
なにやら空気が微妙になってしまったのでワタクシは話題を変えてみました。
「そういえばワタクシ、コアラを見たことないんですよ」
もちろん図鑑では見たことがありますが、実際に見たことはないのです。
「こないだ俺が動物園で撮ってきた写真見せただろ?」
「あれは見た内に入らないですよ。そもそも全部背中向けてて灰色の毛玉が写ってるだけだったじゃないですか」
「まぁな。でもさぁ、あのコアラ、何回か行ったけどいつもこっちに尻向けててさぁ。今まで一度も顔は見たことねぇんだよなぁ」
「アレク氏はコアラに嫌われてるでありますか?」
「そんなことねぇし。……そうだ、よかったら皆で一緒に行こうぜ。コアラが俺だけに塩対応じゃないってことを証明してやるよ」
まさか外に出かける流れになるとは思いませんでしたが、ちょうど外は桜が綺麗で日射しも暖かいので、花見がてら出かけてもいいかもしれません。
「コアラがアレクに塩対応かどうかなんて正直どうでもいいですけど、たまには一緒に行ってあげてもいいですかねぇ」
こうしてワタクシ達はアレクの案内でコアラの居る動物園へと足を運んだのでした。
今日はキリトも中が透明になっている鞄の中に納まって一緒に出掛けています。
よくわからないのですがアレクの「オタ活用の鞄」だそうです。
じっとしていればただのぬいぐるみにしか見えませんから、まぁ大丈夫でしょう。
動物園は平日ということもあり閑散としていて、ワタクシ達の他には数名の子ども連れや、散歩目的のお年寄りに、写生をする為に来た学生さんが少し居る程度でした。
これならゆっくり見学できそうです。
園内を見て回っていると、一部のエリアが鉄格子の引き戸で閉じられていることに気づきました。
「ここは前に猿が脱走したんだ。それ以来、入口が二重になっててな」
「そんなことがあるんですねぇ」
「脱走はたまにあることなんだよ。前もリスが脱走したし」
これだけたくさんの動物が展示されているのです。
檻の中で過ごすことに満足せず、外の世界に興味をもつ個体もいるのでしょう。
「しかし、アレクはそんなに動物園に通っているわけでもないのに詳しいですね」
「俺の知り合いがここで働いててさ。いろいろ聞いたんだよな……あ、噂をすればだ。おーい!」
「おう、アレクじゃないか」
アレクに声をかけられた飼育員さんは網を持っています。
そういえば他にも飼育員さんを何人か見かけましたが、皆、何かを探しながら走り回っているように見えます。
「忙しそうだけど何かあったのか?」
「それがなぁ……コアラが脱走したんだ。アレク達も、もし見かけたら知らせてくれ」
彼はそれだけ言うと再び捜索するべく走っていきました。
「ずいぶん慌ててたな。コアラなんてのんびり木の上で尻向けて寝てるような生き物だし、すぐ捕まえられるんじゃねぇのかな?」
「いえいえ、コアラの時速は時速30キロですよ」
「原付レベルか。やべえな」
ワタクシの言葉にアレクが驚いていると、キリトが叫びました。
「アレク氏、ジェル氏! コアラ発見であります! そこの木の陰にいるでありますよ!」
「あっ、本当だ」
木の根本で灰色の毛玉が動いているのが見えます。そしてその毛玉は全速力で逃げていくではありませんか。
ワタクシ達は追いかけようと走り始めました。
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