第196話:アレクの手作りチョコ

 今年もバレンタインデーの時期がやってきました。

 またワタクシがチョコレートを作って兄のアレクサンドルにプレゼントすれば良いかと思っていたんですが。

 彼が「今年は俺が作る!」と言い出したのです。

 まぁ、アレクはあれでなかなかに料理が上手い人ですから、問題無いかもしれませんが。


「そういえば彼がお菓子を作っているのを今まで見たことが無いんですよねぇ……」


 お菓子作りというのは錬金術と似ています。材料をレシピ通りにきっちり計量して調合しないといけません。

 量だけでなく温度管理も大切です。決まった温度で調理する必要があります。

 はたしてアレクにそれができるのか。それがちょっと心配です。


 気になったので、キッチンに上機嫌で立つ彼の姿をこっそりのぞき見することにしました。

 しかし、普通にのぞき見するのでは気配で悟られてしまいます。


 そこでワタクシは、魔術を使って自分の部屋から遠隔でのぞき見することにしました。

 鏡に魔力を注ぎ込むと短時間だけなら近くの風景を映すことができるのです。


 一見便利そうなこの魔術は、残念ながら遠くを映せるわけではないのであまり実用的ではありません。


 外側からは見られないような建物の内部構造を見たり、危険な場所をチェックするのには使えるかもしれませんが、そうでないなら直接自分が見に行った方が早いですからね。


 しかもこの魔術は鏡に負荷がかかりすぎて、使用した後に鏡が割れてしまうのです。


「鏡が勿体ないのであまり使いたくないですが、まぁこれなら気付かれずに済みますね」


 ワタクシは鏡のふちに呪文を書き込み、呪文を唱えて魔力を注ぎました。

 すると鏡に映っている光景が、ワタクシの部屋からアレクの居るキッチンへと変わっていきます。成功です。

 鏡はちょうどうまい具合にアレクの手元を映しています。


「ふむ。古い魔術のくせに、なかなかカメラアングルがわかってるじゃないですか」


 アレクはワタクシに覗かれていることも知らずに、板チョコをまな板の上に乗せてカットし始めました。


「なんだか料理番組を観ているような気分ですねぇ」


 彼は包丁を使うのが得意なので、スムーズに板チョコがカットされていきます。

 しかし大まかに切った後、さらに細かくするのだろうと思ったら適当に砕いてボウルに入れてしまいました。


「あぁぁぁぁ……チョコは細かくしないと綺麗に溶けないし、風味も飛ぶんですけど……」


 雑にカットされたチョコレートがアップになり、ワタクシがもどかしい気持ちで続きを見守っていると、アレクの声がしました。

 この魔術、音声も入るんですねぇ。


『よし、お湯が沸いたから溶かすぞ』


『アレク氏、熱湯だから気を付けるであります』


 テディベアのキリトの声が聞こえました。どうやら二人で作っているようです。


「えっ、キリトも居るんですか……いや、それよりも熱湯⁉ だめでしょ⁉」


 チョコレートを湯せんで溶かすのに最適な温度は50~55℃です。

 熱湯なんか使ったら熱が入りすぎてきっと風味が飛んでしまうでしょう。


 温度を測るという概念が無い彼らは、容赦なく熱湯の入った鍋にチョコ入りのボウルを浮かせました。


「あぁ~!!!! もう! なんて雑なことを……!」


『よし、じゃあスプーンで混ぜながら溶かすぞ』


 そこはゴムべらを使いましょうよ……と思いつつ見ていると、さらにとんでもないことをし始めました。


『じゃあ、キリト。混ぜといてくれるか?』


「は? キリトにやらせるんですか⁉」


 キリトの中身はオタク幽霊とはいえ、そのボディは限定品の高級テディベアです。

 もしふわふわのボディにチョコレートがついたりしたら……そう思うとゾッとします。


『小生に任せるでありますよ!』


 しかしワタクシの心配をよそに、キリトは危なっかしい手つきでチョコレートを溶かしていきます。

 スプーンを動かす度にボウルが揺れて傾くので、気が気ではありません。

 そしてついに大きくボウルが傾きました。


「あぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」


『おっと、大丈夫か?』


 アレクがとっさにボウルに手を伸ばして、なんとかひっくり返るのは防げたようです。

 しかし、チョコレートの中にかなりの量のお湯が入ってしまいました。

 チョコレートに水分は厳禁。油分が分離してしまい、ボソボソになってしまうからです。


『混ぜたらなんか粒粒が発生したであります。大失敗であります』


『うーん……まぁ型に入れて冷やしたらなんとかなるんじゃね?』


「なりませんよ!!!!」


 ワタクシは思わず大声を出してしまいますが、ここは自室。鏡の映像越しではこちらからの声は届きません。


『じゃあ、アレンジで何とかするでありますよ!』


『そうだなぁ。何か足せばツヤツヤに戻るかもしれない』


『鶏肉を加えるのはどうでありますか?』


 出た、レシピにないアレンジ。

 しかも鶏肉って。

 キリトは自分が食べないからそんな残酷なことが言えるに違いありません。


『うーん、照りを加えるなら俺はミリンだと思うけどなぁ』


 いや、あなた方が作っていた物が何だったのか今一度思い出しなさい!

 バレンタインチョコです! 決して照り焼きチキンではありません!


 ワタクシは鏡を放り出して、慌ててキッチンへと向かいました。


「アレク、キリト! 今すぐワタクシに交代してください!」


「あ、ジェル。なんだよ、そんなにお兄ちゃんたちの作るチョコが待ちきれなかったのか?」


「いえ、危険を察知して来ただけです」


 ボウルの中を見るとまだ鶏肉やミリンは投入されていないようです。よかった。


「ジェル氏、このボソボソのチョコを錬金術でなんとかできないでありますか?」


「錬金術を使うまでもないですよ」


 ワタクシはボソボソになったチョコレートに溶かしたバターを入れました。


「バターで元に戻るのか?」


「いえ、チョコには戻りませんけども、これを活かしてみようかと思いまして」


 さらに卵と牛乳を追加して、混ぜていきます。

 そして戸だなに置いてあったホットケーキミックスを加えて電子レンジで加熱しました。


 すると――。


「おぉ~、チョコ蒸しパンみたいになった!」


「ケーキでありますか!」


 生地がモコモコと膨れ上がり、ふんわりした蒸しパンのようなケーキになったのです。


「いや~なんとかなってよかったな!」


「ジェル氏のおかげであります!」


「まったくしょうがないですねぇ……次はちゃんとレシピを確認して作ってくださいよ?」


「わかってるって」


 蒸しケーキは早速、おやつでいただくことにしました。

 出来たてのケーキをうれしそうに頬張るアレクを見て、ワタクシはやれやれ……と思いながら紅茶を口にしたのでした。

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