第195話:マーガレットを探せ!
「――あいつはなぁ、前の牧場ですごく仲良くしてた仲間がいたらしいんだ。しつこく脱走する理由は、たぶんそいつを探してるからじゃないかって思うんだよ」
「その仲間と一緒に飼わなかったんですか?」
ワタクシの問いに、ジョージさんはポテトにフォークを刺しながら答えます。
「そのことを知ったのは最近なんだよ。それで元々ベンジャミンを飼っていた牧場に問い合わせたんだけど、オーナーが変わってて結局わからなくてなぁ」
「前のオーナーさんは?」
「引退して別のところにいて、連絡つかねぇからそれっきりだ。後はもうベンジャミン本人に聞くしかねぇなぁ、ハハハ」
その言葉に、ずっと隣で肉をがっつきながら食べていたアレクが顔を上げて反応しました。
「それだよそれ! ベンジャミンに聞こうぜ!」
「は? なに言ってるんですかアレク?」
理解が追いつかないジョージさんとワタクシに、彼は口元をナプキンで軽く拭って説明しました。
「いやさぁ、ベンジャミンを元の牧場に連れて行けば、わかるんじゃないかなって。なんなら俺達が車にアイツ乗せて牧場に連れて行ってもいいし」
「確かに、もしそれほどに会いたい仲間なら連れて行けば何か反応があるでしょうし、いいかもしれませんね」
「なるほどなぁ。じゃあ、二人ともアイツのこと頼んでもいいかい?」
こうして翌日、ワタクシとアレクはベンジャミンを車に乗せることになったのです。
「いいか、ベンジャミン。俺は今からオマエを前に住んでた牧場へ連れて行ってやる。――だからちゃんと俺の言うこと聞くんだぞ?」
「メェ~!」
不思議なことに、まるでアレクの言葉を理解したかのようにベンジャミンが返事をしました。
そしてオープンカーのドアを開けてやると、自ら助手席に乗り込んだではありませんか。
「メェ!」
助手席を取られたので仕方なくワタクシが後ろに乗り込み、車は発進しました。
ベンジャミンは連日脱走していた問題児ですから、もし車の中で暴れるようなら縛るなり何なりしないといけないと思っていましたが、そんな必要はまったくありません。
おとなしく座席に伏せるような姿勢でアレクの方に顔を向けて座っています。
「ヒツジは頭が良いと聞きましたが、もしかして本当に状況を理解しているのかもしれませんねぇ……」
「メェェェェェ~」
しばらくゆるやかなカーブが続き、特に問題もなくのんびりドライブといった感じで進んでいきました。
オープンカーなので心地よい風がワタクシの頬を撫で、髪をサラサラと揺らしていきます。
ヒツジの世話は大変だけど来てよかったかも……なんて思っていた時、不意にアレクの携帯が鳴りました。
「あ、ジョージだ。大事な用かもしれねぇから、ちょっと代わりにハンドル頼むわ。――はい、もしもし」
「ワタクシが運転⁉ そんなの出来ませんよ!」
それにワタクシは後部座席です――と言いかけたところで、なんとベンジャミンが立ち上がりアレクの座席の方に身を乗り出してハンドルに前足をかけたではありませんか!
「あぁぁぁぁぁぁぁ! アレク! 早く電話切って! 運転! 運転‼」
「え、あ。――うぉ、すげぇ。ベンジャミン。オマエ運転できるのか!」
「メェェェェェェ!」
「おい、対向車が来たぞ!」
「メェッ‼」
ベンジャミンの前足が大きくハンドルを切ったせいで、タイヤが横滑りして大きく車体が揺れました。
「すげぇ、ドリフトしてる!」
「アレク! 早く運転代わってください!」
「お、おう」
アレクがハンドルを取り戻すと、車は何事も無かったかのように元の道に復帰しました。
「あー、怖かった……。もう! 運転中に電話なんて取っちゃダメじゃないですか!」
「ごめんごめん、ジェルなら適当に何とかしてくれると思ったからつい――隣じゃなかったのすっかり忘れてた」
ちなみに電話はたいした用件ではなく、目当ての仲間の名前がマーガレットであることがわかっただけでした。
「マーガレット? 雌のヒツジなんですかねぇ?」
「女の子の名前だもんなぁ、もしかしたら恋人だったのかもな。それなら必死になるのもわかるわ」
アレクはうんうんとうなずきます。
それから一時間ほど車を走らせたところで、目的の牧場に到着しました。ベンジャミンがやけにそわそわと落ち着き無い様子に見えますから、きっとここで間違いないのでしょう。
「さて、マーガレットはどこにいるんでしょうね……?」
ワタクシ達はベンジャミンを連れて、柵の向こうで草を食べているヒツジの群れに近づきました。
しかし、ヒツジの群れはまったく彼に興味を示しません。
「あれ……?」
「ベンジャミンも特に変わった様子はありませんよ。変ですねぇ」
建物の中に居た牧場主にマーガレットについてたずねると「そんなヒツジはうちには居ない」と言われてしまいました。
「ここが元の牧場であることは間違いないんですよね?」
「あぁ、それは合ってるはずだ」
「おかしいですね。――しょうがないから、周辺の牧場も訪ねてみましょうか」
ワタクシ達は、引き続きベンジャミンを連れて周辺の牧場を回りました。しかしどの牧場にもマーガレットという名のヒツジは居なかったのです。
「どういうことでしょうか。もしかしてもう亡く……」
ワタクシは言いかけた言葉を飲み込みました。ベンジャミンが酷く落胆しているように見えたからです。
「とりあえず、帰ろうか……」
「そうですね」
そして車に戻ろうとしたその時、向こうの方に柵と小さな農家らしき家が目に入りました。
「ねぇ、アレク。あの家はまだ行ってないですよね?」
「でもこの辺でヒツジ飼ってるとこはもう全部行ったぜ? そこの家はヤギしか飼ってないって聞いたしなぁ」
――ヤギ?
その時、ワタクシは過去にヒツジの生態について本で読んだことがあったのを思い出しました。
確か羊の群れに山羊を入れて、その山羊を先導させることで羊の群れを統率するという話がありましたっけ。
「もしかしたらワタクシ達は思い違いをしていたかもしれませんよ?」
「え、思い違い?」
ワタクシ達はベンジャミンを連れて、農家へと向かいました。
そして庭に白いヤギが繋がれているのが目に入った途端、ベンジャミンが鳴き声をあげながら駆け出したのです。
「メェェェェェェ!」
「メェェェェ~!」
ベンジャミンの声に、ヤギも応えるように甲高い声で鳴きました。
「もしかして……このヤギがマーガレットか?」
「えぇ、おそらく。今までヒツジと思って探してたから見つからなかったんですよ!」
その後、ヤギの飼い主とジョージさんが話し合った結果、ベンジャミンはマーガレットの暮らす農家に引き取られることになりました。
「よかったですねぇ。どうか末永くお幸せに……」
「ベンジャミン、マーガレット。元気でな!」
「メェェェェ~!」
うれしそうに鳴く二頭に手を振って、ワタクシとアレクは車に乗り込んだのでした。
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