第120話:アレク、錬金術師になる

 それは道端で酔っぱらっている爺さんを見つけたことが始まりだったんだ。


「おい、爺さん。大丈夫か? ……うわ、酒臭ぇなぁおい」


 真っ白なヒゲをサンタみたいに伸ばした小柄な爺さんの顔は真っ赤で、完全に酔いが回っているらしく足元はおぼつかない様子でフラフラだ。


「どぅあぃじょぅぶぅじゃぁ~……」


「まったく大丈夫そうに見えないんだが」


 俺はふらつく爺さんに肩を貸してやり、近くの公園のベンチに座らせた。


 急いで自販機で水のペットボトルを買ってきて蓋を開けて手渡すと、爺さんは水を気持ち良さそうに飲む。


「おうおう、ありがたいのう……」


「家は近いのか? よかったら送って行こうか?」


「おやおや、親切な若者じゃのう……だが、迎えが来たので大丈夫じゃよ。ありがとうなぁ」


 爺さんはそう言って立ち上がると、ペットボトルを片手にフラフラと公園の外に向かって歩いて行く。

 その先には片手を上げて出迎える、若い男性の姿があった。

 男性は俺に会釈えしゃくをすると、爺さんと一緒に帰って行った。


 この寒空の中を酔っ払ったままうろうろしてたら、大変なことになっていたかもしれない。

 すぐに迎えが来てくれてよかったなぁ、爺さん。

 俺は、安心して家路に着いた。


 その日の夜、リビングでいつものように大好きなアニメを観ていると突然、新商品のCMが流れた。


『最強のニューロボット! ゴールデンパン男ロボ! この黄金の輝きを今すぐキミも手に入れよう!』


「うぉぉぉぉ~! パン男ロボが金色だ! 欲しい! 欲しいぞ~!!!!」


 思わず興奮して叫ぶと、すぐ隣で一緒にアニメを観ていた弟のジェルマンが冷ややかな目でこっちを見てくる。


「アレク、買っちゃダメですからね?」


「えー、なんで?」


「もう家にはロボットの玩具がいっぱいあるでしょう。これ以上増やしちゃいけません」


「家にあるのは普通のやつだろ。ジェルも一緒に見てたからわかると思うけど、あれはゴールデンで最強で特別なやつなんだよ」


「あんなの金色に塗装しただけのロボットの玩具じゃないですか。ワタクシには何が良いんだかさっぱりわかりませんよ」


 俺は頑張って説明したけど、ジェルには理解されなかったみたいだ。


「いいなぁ、ゴールデンパン男ロボ……」


 自分の部屋に戻って寝る時間になってからも、俺はずっとさっきのCMのことを思い出していた。


 気になりすぎて、棚の上に飾られているパン男ロボの玩具をそっと手に取って見つめる。


「これが金色になったらいいのになぁ……」


 そう思いながら俺は眠りについた。


 …………。


 ――遠くの方で、誰かが俺を呼んでいる。


「なんだぁ……?」


 気が付くと、目の前に古代ローマ風の衣装を着てブドウがいっぱい乗ったさかづきを片手に持った、若い男性が立っていた。

 その隣には、見覚えのある真っ白なヒゲの爺さんが椅子に座っている。


「今日、キミが助けた老人は私の養父だ。親切な若者よ、お礼に願いを叶えてあげよう」


 ……願いを叶えてくれる? どういうことだ?


 ――そこで、俺の意識は途切れた。


 目が覚めると、いつもと変わりない自分の部屋だった。


「変な夢だったなぁ。願いを叶えてくれるって言ってたけど……」


 俺は毛布を掴んで起き上がった。

 するとさっきまで掴んでいたふわふわの毛布が金色に変化していく。


「え、なんだ? なんで金色に?」


 びっくりして再び触ってみると手触りまでカチコチに変わっている。毛布とは思えないすげぇ硬さだ。

 驚いた俺が無意識にベッドに手をつくと、俺が手をつけた部分からどんどん金色に変わっていく。


「もしかして、俺が触れたせいなのか……?」


 ふと、棚の上のパン男ロボと目が合った。


 手に取ると、ロボはどんどん金色に変わっていき、手のひらにかかる重さも、プラスチック製とは思えない金属みたいな重さになってしまった。


「ゴールデンパン男ロボ……」


 ――もしかして俺が、寝る前にパン男ロボの玩具が金色になったらいいのになぁって願ったから? 願いが叶うってそういうことなのか?


 俺は慌ててドアを開けて、大声でジェルを呼んだ。


「お~い! ジェル、大変だ~!」


 その間にも、俺が触れた銀色のドアノブは金色に変わっていく。


「アレク……朝から何事ですか、騒々しい」


「大変なんだ! 俺の触った物が全部、金色になっちまうんだよ!」


「これは……⁉」


 ジェルは、俺の部屋で金色に輝くベッドやパン男ロボに気付いたらしい。

 彼はポケットから、いつも使っている特殊なルーペを取り出して鑑定しはじめた。

 こういう時のジェルは錬金術師らしくてとても頼もしい。


「――ふむ。これは色だけじゃなく素材まで黄金に変わっていますね。何があったのか詳しく話してもらえますか?」


 俺は酔っ払った爺さんを介抱した事と、その爺さんを連れた男が夢に出てきた事を話した。


「なるほど……古代ローマ風の服を着てブドウの乗った杯を持った男性。これは興味深いですね」


「感心している場合かよ! 今のお兄ちゃんは一人で着替えもできねぇんだぞ!」


 今、俺が着ているのは、お気に入りのラメが入ったビキニパンツと薄いガウンだ。

 下手に服に触るとガウンとパンツまで黄金に変わってしまうに違いない。


「それは困りますねぇ。……いや、実は昔ワタクシが読んだギリシャ神話の中に、今回の事件と非常によく似た話があるんですよ」


「ギリシャ神話?」


「えぇ、ギリシャ神話のミダスという名前の王様の話にそっくりなんです」


 ジェルはあごに手をあてて、少し考え込むような仕草をした。

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