第119話:演説するパンツ

「こんにちは、アレクのパンツさん」


「……オマエは、いつも俺を冷たい目で見るヤツじゃないか! 俺知ってるぞ! いつも嫌そうな顔をして俺を放置するんだ!」


「あっ……確かに否定はしませんが……」


 どうやらワタクシは彼にとってかなり印象が悪い相手のようです。

 パンツはアレクそっくりの声で、大声をあげて訴えました。


「いつも俺だけ洗濯機に入れてもらえない! 差別だ!」


「そういや、いつも俺が手洗いしてるよな。ジェルがそうしろって言うから洗濯機に入れてなかったけど、差別だったのか?」


「それは誤解です!」


 アレクのギラギラパンツはラメやスパンコールなど繊細な装飾の物が多いので、洗濯機では洗えないのです。

 そのことを説明しようとしましたが、パンツは聞く耳を持ちません。


「うるさい、オマエは俺の敵だ!」


 パンツは空中を滑るように飛んで、リビングから出て行きました。

 どうやらアレクの部屋へと向かったようです。


「あぁ、待ってください!」


 パンツを追いかけてみると、クローゼットの前で演説するパンツがありました。


「パンツよ立て! 輝きを怒りに変えて、立てよ! パンツよ! 我らギラギラビキニパンツこそ選ばれたパンツであることを忘れないでほしいのだ。優良種である我らこそ股間を救い得るのである。ジーク・パンツ!」


 その力強い演説が終わったと同時に、クローゼットの中から次々と色とりどりのギラギラのパンツが現れて宙に浮いたのです。


 こんなにカラーバリエーションがあったなんて知りませんでした。パンツ達は光をその身に受けてギラギラとウザいレベルで輝いています。


「――さぁ、あの憎い弟の全身を我々で覆い尽くすのだ!」


 パンツはとんでもないことを言い出しました。なんて恐ろしい。

 宙を舞うギラギラの集団が襲ってきたので、ワタクシは慌ててアレクを連れて部屋から逃げ出して、自分の部屋に入り、ドアの鍵を閉めました。


「おい、ジェル……どーすんだ、これ」


「まさか魔術が他のパンツにまで作用して動き始めるとは、完全に予想外でしたねぇ」


 部屋の外からはパシンパシンとドアを叩く音が聞こえます。

 このままパンツ達の魔力が切れるまで待てばいいと思ったのですが、彼らの中にも頭の良い個体がいたようで「ハンマーを持ってこい」という声がします。


「おい、ドア破壊されるかもしれねぇぞ」


「ドアが破壊されてもいざとなれば障壁しょうへきの魔術で防げますが、部屋の中で暴れられると困りますね……」


 この部屋には錬金術の研究で使う貴重な薬品なども置かれているので、下手に何かされるのは避けたいところなのです。


「……そうだ、パンツにはパンツで対抗です!」


 ワタクシは急いで記憶を頼りに机の上に魔法陣を書いて、クローゼットの中から自分のトランクスをありったけ取り出して魔法陣の上に置きました。


「おい、まさかジェルのパンツにも命を宿らせるのか?」


「そうです、ワタクシのパンツに命を与えて彼らと戦わせます!」


 ワタクシが呪文を唱えると魔法陣が輝き始めて、トランクスは光に包まれました。


「さぁ、ワタクシのパンツ達よ……アレクのギラギラパンツを駆逐くちくするのですっ!」


 ――しかし、それはふわりと一瞬、空中に浮かんだかと思うとサラサラと崩れていき、あっさり灰になってしまいました。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!! ワタクシのパンツ部隊がぁぁぁぁ!!!!」


「えーっと、こういう時はだな。ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ! だ!」


「何言ってるんですか、もう既にロストですよ!」


 その間にもドアを叩く音はどんどん激しくなり、とうとうドアに穴が開いてその穴からギラギラと輝くパンツがなだれ込んできました。


「いやぁぁぁぁぁ!!!! ギラギラパンツに犯されるぅぅぅ!!!!」


「そうはいくか! ジェルは……俺が守るっ!」


 アレクがワタクシを庇うように前に立ち、懐からナイフを取り出すとパンツ達の動きがピタリと止まります。


「くっ……お前らとだけは戦いたくなかったぜ」


「アレク、格好良いこと言ってるみたいですが、相手は空飛ぶ顔付きパンツですよ」


 アレクとパンツ達はしばらく睨み合っていました。

 すると、手前にいたパンツが、殺虫剤をかけられたハエのようにポトリと床に落ちたのを皮切りに、他のパンツも次々と床に落下していくではありませんか。


「俺のパンツ⁉ おい、どうした! しっかりしろ!」


 アレクが床に落ちたパンツを拾って声をかけましたが、もうその股間には顔はついておらず、ギラギラと光っているだけでした。


「――どうやら魔術の効力が切れて、ただのパンツになったみたいですね」


「そうか……こいつらと戦わずに済んで良かった」


 アレクは大切そうにパンツを拾い集めながら、ホッとした表情をしています。


「まぁ、とりあえず騒動は落ち着いたのでよかったですね」


「よかったけどさぁ。ジェルは、明日からノーパンで過ごすのか?」


「あ。ワタクシのパンツ……」


 視界の端に、灰になったトランクス達が目に入りました。


「――よかったらこれ、はくか?」


 アレクがギラギラパンツを差し出しましたが丁重にお断りして、ワタクシは急いでトランクスを買いに出かけたのでした。

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