第101話:あつまれアニマル村

 それは新緑が美しいある日の出来事です。

アンティークの店「蜃気楼しんきろう」の店内では兄のアレクサンドルが大あくびをしながら、店の棚にはたきをかけていました。


「あ~、もう。暇だな~。なぁジェル、なんかおもしれぇことねぇかな?」


「そんなことがあるなら、とっくに言ってますよ」


 ワタクシがカウンターで読書をしながら返事をすると、アレクは窓の外を見ながらため息をつきます。


「はぁ……なんか遠くに行きてぇなぁ」


「遠くってどこですか?」


「うーん。わかんねぇけど、自然と触れ合いたい感じ。草花とか動物とか。ほら、今流行りのスローライフってやつ?」


「今のワタクシたちも大概たいがいスローライフなんですけどねぇ」


 しかし、このアンティークに囲まれた部屋の中で自然と触れ合いたいと言っても、なかなか難しいものです。


「魔物と触れ合って毒草を育てるとかじゃダメですか?」


「また俺を魔界に連れて行く気かよ。今回はそういうのじゃなくて、もっと心が明るくなるような青空の下で童心に返って遊びたいんだよな~」


「そうですねぇ……」


 何かいいアイデアは無いかと思案していると、店のドアが開く音がしました。いつの間にか誰か入ってきたようです。


「いらっしゃいませ。――おや、なんだ。シロじゃないですか」


 ドアの前に立っていたのは、ワタクシ達の友人である氏神のシロでした。手には何やら茶色い紙袋を提げています。


「話は全部聞かせてもらったよ、僕に任せて!」


 そう言って彼は紙袋から小さな機械を取り出して、カウンターに置きました。

 機械には「あつまれアニマル村」と書かれたシールが貼ってあります。


「なんですか、これは?」


 ワタクシの問いにシロは得意気に答えました。


「今、神様の間でバーチャルゲームが流行ってて、いろいろ開発中でね」


「へぇ、神様もゲームで遊ぶんですねぇ」


 彼は見た目こそ着物を着た普通の子どもなのですが、実はこの地域を守る氏神なのです。


「うん。それで今回は新作ゲームのモニターに僕が選ばれちゃってさ。せっかくだからジェルやアレク兄ちゃんと一緒に遊ぼうと思って持ってきたんだ」


「お、ゲームか! やるやる!」


 ゲームと聞いて、早速アレクが目をキラキラさせて飛びつきます。

 ワタクシはあまりそういう物には詳しくないのですが、これで退屈がまぎれるならありがたい話かもしれません。


「いったい何のゲームなんですか?」


「やればわかるよ。少なくとも今の二人にはぴったりじゃないかな」


 そう言ってシロは、ワタクシ達にコントローラーを握らせると、ゲームの開始ボタンを押しました。


「じゃあいくよ――」


 シロの声がした後、スッと一瞬気が遠くなる感覚がして思わず目を閉じ、再びまぶたを開くと、不思議なことにそこはもう店の中ではありません。


 青い空、白い雲。そよ風が吹いていて、どこからか花の香りがしています。目の前には森があって、木にはたくさんの赤い実がついていました。


「ここは、ゲームの中なのですか……?」


 周囲の変わりように唖然あぜんとしているワタクシの耳に、ピチチチ……と小鳥のさえずりやザワザワと木々が揺れる音と、川のせせらぎが聴こえてきます。


「びっくりした? これ全部触れるんだよ」


 シロが目の前で草むらに触れると、サラッと音がして本物同様に草が揺れました。

 ワタクシも手近の草に指先で触ってみると、ちゃんと葉っぱの感触がしてさらには草の匂いまでします。


「まるで本物みたいですね……」


「おーい、二人ともこっちに来いよ、川の水が冷たくて気持ちいいぞ!」


 振り向くと、いつの間にかアレクがズボンを脱いで川に入っていました。


 趣味の悪い彼のビキニパンツのスパンコールが、太陽の光に反射してキラキラ輝いています。そんなところまでリアルとは驚きです。


 なるべくそれを視界に入れないように、ワタクシ達も川に近づくと、アレクが笑いながら器用に手を組んで水でっぽうを作って水をかけてきました。


「うわっ、ちょっとアレクやめてください!」


「ハハハ、すげぇなぁこれ!」


 ワタクシも素足になって足先をちゃぷんと川に浸してみると、ちゃんと冷たい水が流れている感触がしました。

 本当にこれがゲームの中だとしたらすごい技術です。


「あっ、二人ともタオル持ってくるから待っててね。僕の家、すぐ近くだから」


 そう言ってシロは川にかかった木製の橋を渡り、その先の小さな小屋へ入って行きます。


「ゲームの中に家があるなんて面白いですねぇ」


「機械に『アニマル村』って書いてあったし、村に住むゲームなんじゃねぇかな」


「へぇ、つまりここがアニマル村ってことですね。他に住民はいるんでしょうかね……」


 そんな話をしていると、シロがタオルと一緒に虫取りあみと空っぽの虫カゴを持って戻ってきました。


「お待たせ、タオル持ってきたよ!」


「ありがとうございます。――あの、その網とカゴは?」


「昆虫採集もできるからついでに持ってきたんだ! やってみる?」


「おー! お兄ちゃんに任せとけ!」


 シロが網を差し出すとアレクは飛びつきましたが、ワタクシはあまり興味が無いので遠慮しました。

 川から出て三人で森に向かうと、蝶や赤トンボにカブトムシ、そしてセミまで木に止まっています。


「いやっほーい! お兄ちゃんガンガン捕まえるぞ~!」


 アレクは網を振り回しながら駆け出して行きました。


「季節感めちゃくちゃですね……」


「うん、テストプレイだから時間や季節に関係なく全種類、虫が出るモードにしてるんだ」


 へぇ、すごいなぁと思いながら周囲を見回すと、牛や馬にゴリラ、犬や猫など服を着た動物たちが、アレクと同じように虫取り網を持ってうろうろしているではありませんか。

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