第63話:エクストリームショッピング

 エスカレーターの段差でカートはバウンドして、その度にガコンガコン衝撃がきて俺の頭は激しく揺さぶられた。


 平日の午前中だったので客はほとんどいないらしく、幸いぶつからずにすぐ下のフロアに来ることができたが、勢いはまったく止まらない。


「やべぇ、柱にぶつかる……!」


 俺が必死で身をよじると、カートが傾いて回避することに成功した。

 

「危なかった~。なるほど、こうすりゃ曲がるのか……お、あれは!」


 視界に俺が普段食っているお菓子が並んでいたので、通りすがりに片手で引っつかんでカートの隙間に入れる。


 ――よし、なんとか買い物ができそうだぞ。


 勢いよく走るカートに身を任せ、俺は目に付いた物を適当に手に取っていく。

 本当はコーディネートしないといけないんだが、選んでいる余裕は無い。


「すまん、ジェル。この状況でコーデはさすがのお兄ちゃんも無理だ……」


 通りすがりの人がギャーと叫ぶ中、器用に人を避けながらカートは俺を乗せたままガラガラガラと音を立てて走っていく。 


「おーい! びっくりさせてごめんな~! ……うぉっと!」


 カートはそのままガタンガタンガタンと下りエスカレーターを滑り降りて、まったく止まる気配が無い。 


 次のフロアは玩具売り場だった。

 前方に俺の大好きなアニメのコーナーがあるじゃないか。


「あっ、あれは……!」


 ゆっくり手に取る暇もなくカートは無慈悲に通り過ぎていく。しかし俺の目は確実にある物を捉えていた。


「あぁぁぁぁぁぁぁ! パン男ロボDXじゃねぇかぁぁぁぁ~!」


 ずっと欲しかったけど、売り切れで買えなかったやつだ。これは何が何でも買って帰りたい。


「くそ、止まれ! 止まれー! ダメか……」

 

 カートはまったく止まってくれそうにないし、俺の尻も引っかかったままで脱出できそうに無い。だったらこのまま買うしかない。

 さすがに逆走はできないが、周回は可能だ。

 このフロアを一周すれば、再び同じ売り場にたどりつけるだろう。


「どぅおりゃぁぁぁぁぁぁ~!」


 俺は叫び声をあげながら思いっきり体を傾けて、角を曲がった。


 数分後、俺の手にはパン男ロボDXがあった。俺は勝ったぞ……!

 ロボを掲げた俺の目の前に、レジカウンターが飛び込んできた。

 ちょうどいい、お会計をしよう。


「――あ、でもこれ止まらねぇんじゃ。あぁぁぁぁぁぁ! ……おっ?」


 あと少しでレジにぶつかる……というギリギリのところでカートが止まった。

 

「い、いらっしゃいませ……」


 店員さんはかなり動揺している感じだったが、カートに乗ったパンツ一丁の俺にちゃんと接客してくれた。


「――あ、すまん。お菓子以外は今すぐ使うんで値札外してくれるか?」


「ブフォッ! ……は、はい。かしこまりました。お、お会計は一万九千九百九十円になります」


「お、ちょうど足りた。これで頼む」


 俺はパンツに挟んでいた二万円を差し出した。


「ブッ……ゲホゲホッ! あ、ありが……とうございましたっ」


 買い物を終えた俺は、レジカウンターの端を掴んでカートから何とか抜け出した。

 店員さんはうつむいて、口元をひくひくさせながら手を前で握り締めている。


「おう、サンキューな!」


 俺はとりあえずカートを返却場所に返して、買った物を鏡の前で身に着けることにした。


「えーっと、サングラスに……これはハワイで首にかけてもらうお花のネックレス、あぁ。レイってやつだな。パン男ロボにも付けてやろう。後はワンチャンのパペットにサンダルにお菓子……まるでビーチからワープしてきたみたいに見えるな」


 適当に引っ掴んできたわりにはちゃんとコーデしてるじゃねぇか。さすが俺。


「――キミ。ちょっといいかな?」


 鏡の前でポーズを取っていると、警察によく似た制服姿のオッサンが声をかけてきた。やべぇ、警備員呼ばれたのか。

 捕まって家族を呼び出されたら、ジェルが来てしまう。

 店内をカートで爆走したのがバレたら、きっとこっぴどく叱られるだろう。それはマズい。

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い!」


 俺は全力で走って店を飛び出した。

 とりあえず警備員は追ってこなかったが……


「そういや俺、どうやって家に帰ったらいいんだ? もしかして徒歩か?」


 残金はさっきのお釣りの十円玉のみ。これじゃ電車やバスには乗れない。

 タクシーもこの格好じゃ止まってくれそうにねぇな……


 俺は浮かれた姿のまま、歩いて家に帰る破目になった。


「……まぁ、いいか! パン男ロボDXが買えたしな!」


 ――家に帰ったら服を着てロボで遊ぼう。


 行き交う人たちから冷たい視線が飛んできたが、俺の足取りは軽かった。

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