第62話:アレク、ダイナミック入店する
その日、俺は弟のジェルマンと一緒に朝食を食べた後、リビングで情報番組を観ていた。
テレビ画面の向こうでは『二万円で全身コーデ! オシャレになっちゃおう!』とテロップが出ていて、お笑い出身のタレントがお店に入って服選びをしている。
「ねぇねぇ、アレク。たった二万円で全身の服をオシャレにそろえるって厳しいと思いませんか……?」
ジェルはソファーにもたれて、画面を観ながら不満げな顔をしていた。
「二万円が厳しいってそんなことねぇだろ。じゃあ、いくらならいいんだよ?」
「そうですねぇ……最低でも二十万はいただかないと、まともな格好にならないかと」
俺の問いに、ジェルはブランド物で固めた自身の服を見ながらそう答えた。
――こいつはいつまでたっても庶民感覚が身につかないなぁ。もっと時代の変化に合わせて価値観を変えていくべきだとお兄ちゃんは思うんだが。
「やれやれ、ジェルは金がかかるなぁ。俺なら二万円で全身オシャレコーデできちゃうぞ!」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だ。なんなら今からやってみせようか?」
「ふふ。面白そうですね。じゃあワタクシがこの番組のように、アレクが二万円で買ってきたコーディネートをチェックして差し上げましょう」
珍しくジェルは乗り気だ。――これはもう一押しすれば金を出してもらえる気がする。
俺は笑顔で手を差し出した。
「おう、じゃあ買ってくるから二万円くれ!」
「――は? どうしてワタクシが、アレクの服にお金を出さないといけないんですか?」
「だって、ジェルに見せる為の必要経費だからな。俺が二万円で本当に買ってこれたらジェルは楽しいだろ? だからお金くれよ!」
「……ふむ」
俺のパーフェクトなプレゼンを聞いて、ジェルはあごに手を当て考え込んでいる。
数秒後に、斜め下を見ていた海のように青い瞳が急に俺を捕らえた。考えがまとまったらしい。
「しょうがないですね。ワタクシが二万円出しましょう。しかし、条件がひとつあります」
そう言って、ジェルは俺を家の裏に連れ出した。
「おい……なんでこんなもんがうちにあるんだよ!」
なんと家の裏の空きスペースには、巨大な大砲が野ざらしで置かれていた。いつの間に設置されてたんだ。
「こないだアレクが旅行で居なかった間に、ジンから格安で買ったんですよ」
「なるほど、ジンちゃんか……」
ジンちゃんは俺たちの友人でもありお得意様だ。気のいいでっけぇオネェなんだが、正体は不思議な魔人で、いつも変な物をうちの店に持って来るんだよなぁ。
俺は大砲に近づいて触れてみた。金属の冷たい感触がしたので軽く叩いてみるとコンコンと鈍い音がする。でけぇしかなり頑丈そうだ。
「すげぇな。まるで人間でも飛ばせそうだな」
「えぇ、人間を飛ばす用なんですよ」
「はぁ……⁉」
俺は冗談のつもりだったのにジェルは真顔だ。
「これは元々、サーカスの見世物の『人間大砲用』でしてね。ワタクシが密かに、それを魔術でもっと遠くまで飛ぶように改造していたのです」
「何でそんなことを……」
「やはり最先端の魔術を扱う者としては、魔法陣以外の転送手段の研究をですね……」
「――本音は?」
「人間を飛ばしたらどうなるのか見てみたくないですか?」
「まぁな……」
「ですよね、好奇心には逆らえませんよね!」
ジェルはわが意を得たりとばかりに金髪を揺らして笑顔で頷く。なんだか嫌な予感がした。
「アレク。二万円差し上げるので、この大砲で空を飛んでお店まで行ってください!」
「あぁぁぁぁぁぁぁ~! やっぱりかぁぁぁぁぁっ~!!!!」
――数分後、俺は金属の筒の中にいた。
「……なぁ、これ本当に大丈夫なんだろうな⁉」
「大丈夫です、射出するのも火薬ではなく魔力を使いますし、中の人間は魔術でコーティングされるように改造しましたから」
ジェルは大砲の側面を軽く撫でながら答える。
「目的地は――すみません、まだ細かく制御できないのでランダムになります。『服を置いている店』という大雑把な指定しかできませんが……」
「――おい、それってもしかして、女の子向けの下着屋とかも範囲に入るんじゃねぇだろうな?」
「運が悪ければそうなるかもですね、その場合は通報される前に逃げてください」
「おいジェル、ちょっと待て! お兄ちゃんは降りるぞ!」
「――もう遅いです……三、二、一、ゼロ! 発射!」
ドォォォォォーーーーーーーン!!!!
俺の身体はすごい勢いで射出された。
ゴォォォォォ――
すげぇ……空飛んでるぞ。もう家が見えなくなっちまった。
風が顔に当たって気持ちいいな。すげぇ開放感だ。ジェットコースターとかバイクで飛ばした時みてぇなそんな感じだな。
――おい、ちょっと待て。なんか身体がスースーするんだが。
「うぉ、俺パンイチじゃねぇか! 服どうしたんだよ!」
気が付けばなぜかパンツ一丁になっていた。青空の下、俺のゴールデンビキニパンツが太陽の光を浴びて輝いている。「派手で悪趣味」とジェルには大不評の下着だが俺はお気に入りだ。
もしかしてあの人間大砲、俺とパンツだけ射出されて服は砲身に残ってるんじゃないだろうか。
幸い、二万円はしっかり手に握っていたせいか大丈夫だった。
「くそ、ジェルの奴め。全然大丈夫じゃねぇじゃねーか。こうなったら、服はこの金で現地調達するしかねぇな」
そうこうするうちに前方に商業施設のビルが見えた。たぶんこの中の店のどこかに着弾するわけだが。
「もし女の子向けのブティックとかだったら最悪だな……」
そう思った瞬間、俺の体は目の前のビルの屋上に吸い寄せられたかのように近づいていく。コンクリートで舗装された駐車場が目に入った。
「おい、このままだとコンクリートに頭から激突するじゃねぇか! やべぇ、さすがに頭からはマズい!」
必死でジタバタすると俺の体は空中でくるりと回転して、なんとか足から着地できそうな姿勢にはなった。だがまったく止まる気配は無い。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ジェルのばかやろぉぉぉぉぉ!!!!」
俺の体は、屋上に放置されていたデカいカートに尻から勢いよく突っ込んだ。
「いてて……おぉっ⁉ なんだこりゃ⁉」
着地時に反射的に足を上げたせいで、カートに俺の尻がずっぽりハマっている。そのままカートはM字開脚の俺を乗せて勢いよく走り出した。
「おいこら勝手に走るんじゃねぇ! くそ、尻が抜けねぇ……!」
カートは店内入口を経由して、下りエスカレーターに突入した。
店内のスピーカーからドンドンドン♪ という歌詞の賑やかなテーマソングが聞こえる中、カートはジェットコースターのように段差を滑り降りていく。
「ドンドンドンじゃねぇよ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」
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