第61話:呪いの寄贈品

「これはあの有名なホープダイヤと同じ原石からカットされたという逸話のある『ホーペダイヤ』ですからね、きっと喜んでいただけるでしょう」


 ジェルは良い物を見つけたと言わんばかりにニコニコしている。


「でもこれからオープンする美術館に、呪いの宝石贈るってなんだかなぁ……速攻潰れちまうんじゃねぇか?」


「大丈夫じゃないですかね。それを言うならホープダイヤを収蔵しているスミソニアン博物館は無事なわけですし」


「それもそうか。でもまさか本当に呪いがあるとはなぁ……」


 目の前でホーペダイヤは神秘的な輝きを放っている。本当こいつには苦労したっけ。

 なにせ俺が店に持ち帰ろうとしただけで犬の糞を踏むこと三回、ビルの上から鉄骨が降ってくること五回、坂の上から巨大な岩が転がってくること十回……


「美術館まで持って行くのがちょっと怖ぇな」


 またアクションゲームみたいなことをやる破目になるかもと思うと、少し気が重い。

 俺はため息をついた。


「――ねぇ、アレク。寄贈するにあたって『ホーペダイヤ』という名称は変えた方がいいかもしれませんね。なんだかニセモノ臭いですし」


 そういやその名前は、俺が冗談で付けたんだっけか。

 確かにせっかく美術館で展示されるんだからそんなネタみたいな名前は可哀想だな。


「どうせなら、いかにも至宝という雰囲気の大げさな感じの名前にしたいですね」


「そうだなぁ……俺の名を冠して、カリブの至宝! アレクサンドルの青い瞳! ――とかどうだ?」


「アレクサンドルの青い睾丸こうがんでいいんじゃないですか?」


「青くねーし! キンタマ青いっておかしいだろ」


「……名前は後で考えるとして、倉庫整理の続きをしましょうか。あ、そこ拭いてもらえますか?」


「あいよ。ん、この桐の箱なんか見覚えが……あ、これ火鼠ひねずみの――」


 俺が箱を手にとって蓋を開けようとすると、ジェルが慌てた声でそれを制した。


「それは奥にしまっておきましょう!」


「え、なんでだ? これ店でディスプレイするって言ってたような……」


「気のせいです! あなたは何も見なかった……いいですね⁉」


「……あ、あぁ」


 ジェルは有無を言わせぬ声で、俺が手にしていた箱を奪って棚の奥へ追いやってしまった。


 確かあの中には俺が中国で買ってきた「火鼠ひねずみ皮衣かわごろも」が入ってたはずなんだが。

 何か思い出したくないような出来事でもあったんだろうか。


 ジェルがあんまり聞いて欲しくなさそうにしていたので、何も聞かないことにした。


「――あ、これはどうでしょう? ほら、市松人形ですよ」


 ジェルが抱えているガラスケースの中には、真っ黒のおかっぱヘアーで赤い着物を着た人形が入っていた。


「これ、あれじゃねぇの? 俺、テレビで見たことあるぞ。知らない間に髪の毛が伸びてるとか……」


「別に伸びませんよ? ほら、短いじゃないですか」


 ジェルはガラスケースをひっくり返して裏側を見せた。人形の髪はあごくらいの位置で綺麗に切りそろえられている。

 なーんだ。勝手に髪の毛が伸びる呪いの人形ってオカルトブームの時にちょっと流行ったんだけど、そういうんじゃねぇのか。

 

「うちの店にあるってことはそういうことかと思ったんだが、違うなら問題無いしその人形も寄贈するか」


「そうですね、この倉庫でずっと眠っているよりも、展示されていろんな人に見てもらえる方が人形も喜ぶでしょうし」


「ハハッ、そうだな」


 俺はガラスケースを受け取って、ついていた埃を丁寧に拭き取った。


 その後も倉庫の掃除をしながらいろいろ見繕ってみたんだが、これという品が見つからず、最終的にダイヤと市松人形と適当に数点の絵画を寄贈することにした。


 ――それから一週間後。


「あー、やっぱり呪いのダイヤだったなぁ、アレ」


 俺がダイヤを美術館に持ち運ぼうとしただけで犬の糞を踏むこと六回、ビルの上から鉄骨が降ってくること十回、坂の上から巨大な岩が転がってくること二十回……


「覚悟はしてたが、やっぱキツいよなぁ。無事運べたの奇跡だわ……」


 坂の上から不自然にゴロゴロ転がってくる岩を思い出して、げんなりしながらリビングに行くと、ジェルがソファに座って手紙を読んでいるのが目に入った。

 親しい相手からなのだろうか、微笑ましいものを見ているような優しい表情をしている。


「なんだ、ジェル宛に手紙とは珍しいな。誰からだ?」


「人形です」


 ――え? ニンギョウ?


「こないだ美術館に寄贈した市松人形からですよ」


「え、でもあれ別に呪いの人形じゃ……」


 うろたえる俺に対して、ジェルはなんでもないような顔をして言った。


「えぇ。髪が伸びるか聞かれたんで伸びないと答えましたけど、別に夜中に動くとか手紙が書けるとか意外とコミュ力が高いとか、そういうことは聞かれませんでしたし」


「たしかに聞かなかったけどさぁ……やっぱ呪いの人形じゃねぇか!」


「まぁまぁ、いいじゃないですか」


 そう言って、ジェルは手紙を読み上げた。


『――急に美術館に住むことになってとても人が多くてびっくりしたけど、たくさんの人が私を見てくれるのがうれしいです。フランス人形のお友達もできました。ジェルちゃん、アレクお兄ちゃん、ありがとう』


「そ、そりゃあよかったなぁ……」


「えぇ、たまには倉庫整理しないといけませんねぇ。また何か良い物があれば寄贈しましょう」


 ジェルはそう言って、手紙をテーブルに置いてニッコリ微笑んだ。

 

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