第64話:残念護符ビフォーアフター

 あなたはスペインでキリストの壁画がとんでもなく残念な姿に修復されて苦情が殺到した、というニュースをご存知でしょうか。

 精密に描かれたキリストが、まるで子どもが描いたおサルさんのように修復されてしまったのです。


 修復があまりにも酷いビフォーアフターだったので、そのニュースを見た時、ワタクシは笑ってしまったのですが。


 残念な物に苦情がくるというのは、どうやらどこにでもあるお話のようで……



「――ワタクシに護符を作ってほしい?」


「そうなのよぉ~、魔女のおばあちゃん達から相談を受けてね……」


 その日、アンティークの店「蜃気楼」のカウンターで、店主であるワタクシは常連客である魔人のジンの依頼を聞いていました。


「元々おばあちゃん達が儀式で使う護符を作ってたんだけど、最近は老眼が進んで細かい作業が面倒なんですって。それで若い魔女が代わりに護符を作ってたんだけど、生産が追いつかなくなっちゃって……」


「それで、外注を検討したいというわけですか?」


「そうなの。いろんな魔術を勉強してるジェル子ちゃんならできるでしょ?」


「でも今回みたいな絵付きのタイプは作った経験が――」


「だいじょうぶよぉ~!」


「うーん。でも――」


「ちなみにねぇ、報酬はこれくらい……」


 ジンは含みのある笑顔であごヒゲを撫でながら電卓を取り出し、ワタクシに高級ブランドバッグが買えるような数字を見せてきました。


「本当にジンは商売上手ですねぇ。わかりました、やってみましょう」


「助かるわぁ、ありがと~!」


 ニコニコと愛想の良い笑顔を振りまくこの魔人、元はアラビアンナイトにも登場するランプの魔人なのです。


 ランプから解放され自由の身となってからは、あちこちに顔がきくのを利用して珍しい物を売買したり今回のように魔女との取引を仲介したりなど、何でも屋みたいなことをしています。

 何かと不思議なものを取り扱うワタクシの店にとって、彼は大事な取引先なのです。


「うふふ、引き受けてもらえてよかった~! それじゃ、また明日来るからよろしくね~!」


 ジンを見送って、早速ワタクシは依頼された護符を作るべく羊皮紙を店の棚から取り出しました。幸い、材料はうちの店にそろっていたので難しいことはありません。


「ただ、問題はここからなんですよねぇ……できる限り善処いたしましょう」


 そして一時間後。

 カウンターで護符に呪文を書いていますと、兄のアレクサンドルがお菓子の袋を片手に持って、店の奥のドアからひょっこり現れました。


「なぁなぁ、今からおやつ食べるけどジェルも一緒にどうだ?」


「ありがとうございます、いただきます」


「ん、何やってるんだ?」


「魔女が儀式で使う護符作りですよ。ジンに頼まれたんです」


「へぇ、絵が付いてる護符って珍しいなぁ」


 彼は興味津々で近づいてきて羊皮紙を覗き込みました。


「……なぁ、これ何だ? 犬人間?」


「違いますよ! 守護を司る神です、ちなみに犬ではなくライオンの頭です」


「これは……鍋の蓋か?」


「――せ、聖なる盾です」


「なんでこいつひょろひょろのミミズ持ってんの?」


「聖剣です……」


「ジェル。この護符、大丈夫なのか?」


「えぇ、たぶん……」


 そう、今回の依頼を引き受けるのを渋ったのは、これが理由でした。


 ――ワタクシは絶望的に絵が下手なんですっ……!!!!


 護符の中央に頭がライオンの守護を司る勇猛な神を描いたのですが。

 胴長短足の犬が立ち上がって、ひょろひょろのミミズと鍋の蓋を持っているようにしか見えません。


「こんな護符で本当に商品になるんでしょうかねぇ……」


 クレームが来ないか不安に思いつつ納品しましたが、ジンは絵が下手なことはまったく気にしていない様子で、普通に買い取って代金を払ってくれたのです。

 それから一週間が何事もなく過ぎ、ワタクシはすっかり護符のことなど忘れていました。

 しかし、クレームは思ってもみない方向からやってきたのです。

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