第16話:幸せを呼ぶ羽子板
元日の朝、ワタクシが兄のアレクサンドルと二人で経営している店「
日本好きの彼がジャポニスム溢れるお正月にしたいと張り切って準備したからです。
門松も正月飾りも市販の物ではなく彼のお手製なので、サンタさんの人形が刺さっていたりなぜかキラキラのモールが使われていたりと謎のアレンジが加わっていますが、とにかく頑張ったみたいなので良しとしましょう。
そんなわけで日本のお正月らしくワタクシとアレクが店の奥のリビングでお雑煮を食べておりますと、氏神のシロが遊びにきました。
「ジェル! アレク兄ちゃん! あけましておめでとう~!」
「あけましておめでとうございます、シロ」
「おー、シロ! ハッピーニューイヤー!」
「ねぇ、玄関のあの飾り見たんだけど。サンタいるし、あれってクリスマスの余り物じゃないの?」
やはりそう見えますよね……神様としては、やはり不敬に思うでしょうか。
「おう、俺の手作りだぞ。サンタはクリスマスしか働いてないから正月も働かせてみた」
「ハハハ! おもしろいけどお正月くらい休ませてあげなよ!」
――よかった。セーフだった。
そもそもサンタさんはクリスマス以外の日もプレゼントを作ったり手紙の返信をしたりちゃんと仕事していて、本来お正月は休暇らしいんですけどね。
それなのに延長で働かされるとは気の毒なことです。
そんなことぼんやり思っていますと、ふと、アレクが急に思い出したように提案しました。
「あ、そうだ! 門松の材料探してる時にさ、日本らしいお正月アイテムを物置で見つけちゃったんだよ! 持ってくるから一緒に遊ぼうぜ!」
そう言ってビスクドールでも入ってそうなサイズの桐の箱を持ってきました。
箱から察するに高価な物かと思ったのですが、いざ見てみるとデカデカと「半額!」と書かれたシールが貼られていて箱の高級感が台無しです。
表面には大きな筆文字で「幸せを呼ぶ羽子板」と書いてあります。
蓋を開けてみると、絵や装飾が何も付いていない木の羽子板のペアと玉の付いた羽根が入っていました。
「幸せを呼ぶ羽子板とは、正月らしくて縁起がいいですね」
「そうだろ~、これってバドミントンみたいなやつだよな。俺やってみたい!」
「それならもっと広い場所がいるよね。うちの神社に来るといいよ」
「それはいいですね。シロの神社、行ってみたいです」
こうしてシロの案内で、ワタクシとアレクは彼が祭られている神社へ行くことになったのです。
シロの神社はうちの店から十分ほど歩いたところにありました。大きな赤い鳥居に
境内は爽やかな空気に満ちた明るい雰囲気で、初詣の人達が絶えず訪れ、そこそこ賑わっているようでした。
「これはすごい。立派なところじゃないですか」
「ありがとう、よかったら気軽にこっちにも遊びにきてよ」
ワタクシが感心しながらそう言うと、シロは照れたように軽く微笑みました。
「シラノモリ様、お帰りなさいませ」
「シラノモリしゃま~! おかえりなしゃい!」
鳥居をくぐると、神主のような格好をしたお爺さんと黒柴の子犬が本殿の方からやって来てワタクシ達を出迎えました。
「あぁ、ただいま。あ、僕のお世話をしてくれてる宮司の白井さんだよ。そして、こっちの黒い犬がうちのお使い番のクロだよ。よろしくね」
「アレクサンドル様、ジェルマン様、ようこそおいでくださいました。シラノモリ様から常々お話は聞いておりますぞ」
白井さんが丁寧にお辞儀したので慌ててこちらも挨拶をしますと、隣に居た子犬も舌足らずな子どもの可愛い声で元気いっぱいに挨拶しました。
「あたちは、クロでしゅ! よろちくおねがいいたちましゅ!」
「すごい。あなた、犬なのに人の言葉をしゃべるんですね」
「あい! あたち、おしゃべりできましゅ!」
「わ、ワンちゃんだ……!」
可愛い子犬の登場に犬好きのアレクの目がキラリと輝いて、今にも触りに行きたそうにそわそわと指を落ち着き無く動かしました。
「シロ。アレクをその子に近づけると危険ですよ。抱き上げてチューされますよ」
「そうなの?」
「えぇ、前科持ちですから。前に犬に変身したスサノオにキスしましたからね」
ワタクシの告発にシロはうぇぇぇぇと声をあげて、慌ててお使い番の子犬に言いました。
「ほら、出迎えは済んだだろ、キス魔に抱っこされる前に早く本殿に戻りなさい」
「はぁ~い」
「ではアレクサンドル様、ジェルマン様、どうぞごゆっくり」
「またねぇ~」
子犬は小さな尻尾をぴこぴこと揺らしながら、白井さんと一緒に本殿へ戻っていきます。
アレクは心底がっかりした様子で、未練がましく本殿を見つめていました。
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