第12話:ワンちゃんじゃなかった

 数分もしないうちにアレクは戻ってきました。手には赤いチョーカーに通された勾玉が握られています。


「よし、ちゃんと待てたな、偉いぞ。首輪じゃねぇけど、とりあえずこれでいけるかな」


 彼は子犬の首に優しく赤い皮ひものチョーカーを結びつけました。


「ちょっともう、商品なのに勝手なことをして……」


「いいじゃん、何だったのか忘れちまうくらいずっと置いてたもんだしさ」


 子犬は尻尾をちぎれんばかりに振って、彼に飛びつき喜びを伝えています。


「おー、よしよし! それが欲しかったのか。それはお兄ちゃんからのプレゼントだ。大事にしろよ?」


 そう言ってアレクは子犬を抱き上げてその口元にキスすると、子犬もキスに応えるように、彼の唇をペロっと軽く舐めました。


「アレク、そんな素性のわからない犬に……! 病原菌でもいたら大変です、すぐに洗ってらっしゃい!」


「そんな大げさな、大丈夫だって。しかしこいつ、迷い犬か何かかね? もしそうなら、うちでしばらく預かるとかさぁ――」


 その時、急に店のドアが開く音がしました。


「あぁ、スサノオ様、こちらにいらっしゃったのですか! 探しましたよ!」


 入って来たのは白い着物に薄紫の袴の少年。以前にうちの店にやってきた神様、シロことシラノモリノミコトではありませんか。


「おや、誰かと思えばシロじゃないですか、遊びに来た、というわけではなさそうですね」


「うん。今日はこの地に僕の上司である『スサノオノミコト』っていう偉い神様が視察に来られたからご案内していたんだけど、急にお姿が見えなくなったんだよ。それで神気を辿ってここへ来たんだ」


 シロはそう言うと、アレクが抱いている子犬を見てサッと顔色を変えました。


「アレク兄ちゃん! スサノオ様を早く降ろしてさしあげて!」


「あ? スサノオ様ぁ……?」


「いいから、早く!」


 怪訝な表情でアレクが足元に子犬を降ろすと、急に辺りがまばゆく輝き、気が付けばそこに子犬の姿はなく大柄で着物を着た威厳のある雰囲気の男性が立っていました。

 その手には、先ほどアレクが結んだ勾玉付きのチョーカーがぶら下がっています。


 男性は勾玉を掲げて、厳かな声で語りかけました。


此度こたびは実に大儀であった。この勾玉は元は我の宝剣を飾っていたものであったが、数多の地を巡るうちにいつの間にか失われていたのだ。再び手にすることができてまことに喜ばしい。アレク、礼を言うぞ」


「へ……? あ――うん、よかったな」


 アレクはあまりにも突拍子も無い出来事に、そう返すのが精一杯でした。そんな彼の姿を見てスサノオは軽く目を細めると、姿勢をただし、シロの方へ向きます。


「シラノモリノミコトよ、出迎えご苦労であった」


「はい、スサノオ様。しかし何で犬の姿になんて。おかげで探すのに苦労いたしましたよ」


「ほんのたわむれだが、そのおかげですんなりと勾玉を手にすることができたのだから良いではないか」


「はぁ。スサノオ様は悪戯好きですからねぇ……では参りましょうか。それじゃあアレク兄ちゃん、ジェル。またね!」


「世話になった。さらばだ」


 こうして神様たちは帰って行き、その場には呆然と立ちつくすワタクシとアレクが取り残されました。


「俺のワンちゃんが……ワンちゃんが…………」


「えぇ、ワンちゃんではありませんでしたね」


「どうしよう。俺……か、神様とチューしちゃった!」


 彼は頭を抱えていますが、知ったこっちゃありません。自業自得です。


「――俺バチあたっちゃう?」


「まぁ、あの様子だとバチはあたらないでしょう」


 良い経験ができたと思ったらいいんじゃないでしょうか、とワタクシはクスクス笑いました。


 その後、アレクは相当ショックだったのか部屋に戻って不貞寝してしまいました。

 彼が店番を代わってくれるはずだった事もうやむやになってしまったので、仕方なくワタクシは何事もなかったように独りで店番をするのでした。

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