第13話:異世界に行ける本

 それは弟のジェルマンが差し出した一冊の本から始まった。


「ねぇ、アレク。これ見てください。異世界に行ける本らしいんですよ」


 そう言って店で商品を整理している途中で俺に見せてきた古びた本。

 表紙に金色の装飾が施されていて、俺には理解できない文字が並んでいる。


「異世界? ホントかよ~」


 俺が疑いの目で見るとジェルは首を軽くひねり、金髪をさらりとゆらして答えた。


「もちろん本当かどうかはわかりませんけどね。なにせ発動には莫大ばくだいな魔力が必要だそうで。ワタクシ達ではどうにもならないでしょう」


 それじゃ話にならないなと笑っていると、店のドアが開いてシロが顔を出した。

 シロは見た目は子どもだが、この土地の氏神様だ。

 ジェルと友達になった結果、時々遊びに来るようになって今では俺ともすっかり友達になっている。

 彼は俺よりずっと年上だけど、俺のことを「アレク兄ちゃん」と呼んで慕ってくれるのがうれしい。


「ジェル~! お、今日はアレク兄ちゃんもいるんだね! 遊びにきたよ」


「よう、シロ」


「いらっしゃい。今ちょっと珍しい本を見ていたところなんですよ、ほら」


 ジェルがシロに本を手渡し、シロが本をめくったその時。


「あっ、本が……!」


 急に本が輝き始め、辺りを大きな光が覆ったかと思うと、急に強い風が吹いて俺はとっさに目を閉じた。


 次に目を開けた瞬間、店の中にいたはずの俺はなぜか森の中にいた。


「え……なんで?」


 驚いて周囲を見渡すが特に変わったものは無く、いたって普通の森の風景だ。

 

「店で本が光ったと思ったらここに居るってことは……もしかしてここは異世界なのか?」


 だとしたらジェルとシロはどこに行っちまったんだ?


「おーい! ジェル~! シロ~!」


「……兄ちゃん? アレク兄ちゃん?」


 俺の叫びが届いたのか、遠くでシロの声が聞こえた。


 急いで声のした方に行くと、急に森が開けて大きな湖が見え、そのほとりに見慣れた姿を見つけて俺は安心した。


「よかった、シロ。無事か」


「アレク兄ちゃんも大丈夫? いったい何が……」


 そういやシロは何も知らないんだっけ。


「さっきジェルが渡した本があったろ? あれ異世界に行ける本らしいんだ」


「あの本が――ということは、ここは異世界なのかな?」


「たぶんな。発動に莫大な魔力が必要ってジェルが言ってたから何も起きないと思ってたんだが……」


「神である僕が触ったから誤作動でも起こしたのかもしれない」


「理屈はよくわかんねぇけど、異世界に来ちまったのは間違いなさそうだ。ところでジェルは一緒じゃねぇのか?」


 俺の問いかけにシロは困った顔をした。


「それが……たぶん別の場所に飛ばされたんだと思う。本から出た光に包まれて最初に消えたのがジェルだったから」


「マジかよ。――なぁ、シロは神様だからジェルの居場所を探知とかできないのか?」


「ここは僕の管轄区域外だからわからないんだよね。……ねぇねぇ、スマホはどう?」


 シロに聞かれてポケットからスマホを取り出した。

 すげぇ、普通に電波通じるじゃねぇか。これでジェルに連絡を……と思ったが、電話しても繋がらなかった。


「ダメだ、電話してもでねぇわ。アイツ普段家にずっと居るせいでスマホ持ち歩かないからなぁ」


「やっぱりダメかぁ。元の世界に帰るのは僕の力でどうとでもできるけど、その前にジェルを探さないとね」


「あぁ、たぶんアイツも俺達を探してるだろうしな」


 俺達はジェルを探しにひとまず湖周辺を歩いた。

 しばらく歩いてみたが弟の姿はもちろん、人っ子ひとりいない。


 でも、変だ。どうもさっきから誰かに見られているような気配がする。


「なぁ、何か視線感じないか?」


「視線?」


「うん、なんか感じるんだが……」


「う~ん……どれどれ。おや、すぐ近くに何か――」


 そうシロが言いかけた矢先、急に水面が揺らぎ、ブクブクと大量に泡が浮いてきた。


「な、なんだ⁉」


「あ、アレク兄ちゃん、あれ……うわぁぁぁぁぁ!」


 シロの悲鳴と同時に水面からでかいトカゲみたいな化け物が姿を現した。何かよくわからんがその時の俺の目には、そいつはワニに見えた。


「やべぇ、人食いワニだ! シロ、逃げろ!」


 ワニは俺達を食べるつもりなのか、大きく口を開けてこちらに向かってくる。


 俺はとっさに、ベストの内ポケットに忍ばせているナイフを引き抜いて、その巨大な姿に飛びかかった。

 幸い旅先で魚を捌いたり果物をむいたりで日頃から使う為に、ナイフは常に持ち歩いている。


 ワニは俺に噛み付こうと大きく口を開けて炎を吐いたが、俺はそれを飛び越え、後頭部に乗って後ろから眉間を何度も突き刺した。


「くそ、皮かてぇなぁ……」


 ワニの皮膚はやたら硬くて突き刺すのも一苦労だ。

 だがこのナイフはサイズこそ小さいがジェルの錬金術による特製のナイフだ。

 特殊な金属を使用しているらしく、そこら辺で売っている刃物とは切れ味も耐久性も違う。

 ワニは予想外の攻撃に激しく暴れたが、何度か突き刺すと静かになった。


「あー、びっくりした。こんなデカいの初めて見たぞ。異世界マジやべぇわ」


「アレク兄ちゃん、すごいね!」


 シロは俺の活躍に目を丸くした。


「へへ、ワニは前に倒したことあったからな」


「……兄ちゃん、それワニじゃないよ」


「えっ」


 そういえばワニにしては牙がでかいし角もあるし背中に蝙蝠みたいな翼も。炎まで吐いてたし、もしかして――


「俺、ドラゴン殺っちゃった?」


「うん」

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