第10話:こいつしゃべった!

「おい、ジェル! 大変だ!」


「なんですかアレク……朝から騒々しい」


 ワタクシがリビングで紅茶を飲んでいると、アレクが昨日の仮面を持って慌ててやってきました。


「こいつしゃべった!」


「えっ⁉」


 彼いわく、仮面が突然「飛ばすな!」と大声で喋ったらしいのです。


「まさか、そんなわけないでしょう。夢でも見て寝ぼけてたんじゃないですか?」


「いや、ホントだってば!」


 アレクは真剣な顔で訴えます。

 ワタクシは仮面を受け取り、軽く表面を撫でながら優しく話しかけてみました。


「兄はそう言っておりますが、あなたは言葉が話せるのでしょうか……?」


『せやな』


 ――せやな⁉ これはいったい……?


『話せるようになった』


「えぇっ⁉」


「やっぱり話せるんじゃねぇか!」


 先日見た時は何の変哲もない仮面で、一言も話したりしなかったのに。

 なんとも不思議なこともあるものです。


「話せるようになったというのはどういうことでしょうか?」


 ワタクシの問いに、仮面は自分の経歴を語り始めるのでした。


『ワイは元々、部族の勇敢な戦士に与えられる物なんや。そっちの黒髪の兄ちゃんの手で遠い異国の地へやってきた。最初は新しい場所での暮らしも悪くない、そう思ってたんやけど――』


「けど……?」


『その兄ちゃんのデタラメな歌が気になって気になって……』


「アレクの歌が?」


『せや。毎日違う歌やねんけど、全部なんやねんそれって言いたくなるような歌ばっかりで、ツッコミたくてイライラしとってん』


「もしかしてカタカタ揺れていたのはアレクの歌にイライラしてたから?」


「マジかよ……」


 思ってもみない方向からのダメ出しに、アレクはショックを受けているようでした。

 たしかに彼の歌は思いつくまま歌っているようでしたから意味なんてないでしょうけど、そんなにツッコミたくなるようなものだったとは。


『せやけど、ワイは仮面やから声を出すなんてできひんやろ』


「まぁそうですねぇ」


『でもなぁ、奇跡ってあるんやなぁ。今朝その兄ちゃんが最高にクソな歌を歌いよったから、思わずツッコミ入れたら声がでたんや!』


「なるほど。それが『飛ばすな!』と大声で喋ったというアレクの話に繋がるわけですか」


 これで納得がいきました。


「しかし何が“飛ばすな!” なんでしょうねぇ。それに『最高にクソな歌』とはいったい……」


 そう言いながらアレクの方を見ると、彼は急にそわそわし始めました。


「それは……別に知らなくてもいいじゃねぇか」


「いえ、気になります。教えてください、アレクは何と歌っていたのですか?」


 ワタクシの問いに仮面はうーん、と少し考えた後に、軽い調子でアレクの歌を再現してみせました。


『ちーんちん♪ ぶーらぶらそーせーじ~♪ ジェルのちんちん飛んでった♪』


「飛ばすな!!!! ……あ、たしかにこれは『飛ばすな!』とツッコミたくなります!」


『せやろ! 毎日こんなん聞かされるんもうイヤや! ワイ、国に帰りたい!』


 ――なんともしょうもない理由で奇跡がおきたものです。

 ひとまず仮面は、パプアニューギニアの元の部族のところへアレクが責任を持って返しに行くことになりました。


「まったく。アレクのせいで、いわく付きのお品がこの世に増えてしまったじゃないですか!」


「えー! 俺のせい⁉ でもまさかそんなことになるなんて普通思わねぇだろ!」


「確かにそうですけど……」


「しかしなんで仮面は関西弁でしゃべってたんだろうな」


「さぁ……ツッコミたいという気持ちに呼応した結果じゃないですかね。ツッコミって関西弁なイメージですし」


 その後、仮面は謎の言葉を話す宝物として部族の中で大切に保管され、イライラすることもなく穏やかに暮らしているそうです。

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