赤い竜と白い竜

翌日、レグはまた掲示板とにらめっこしていた。


昨日は計画通りに終わらせ、ポイントを得ることができた。おかげで寝不足ではあるのだが。


「今日はこれとか……あ、ロイドだ」


掲示板から離れたところで、ロイドが受付の順番待ちをしていた。きょろきょろして、ベンチを探しているようだ。


その時、


「わっ!」


走って来た人間の女の子が、後ろからロイドにぶつかった。ロイドが振り返ると、女の子は目に涙をためた。


「ご、ごめんなさい」

「大丈夫か?怪我……」


と、犬の獣人の男の子が走ってきて、女の子の前に立った。ロイドを見て、ペコリと頭を下げる。


「ごめんなさい、おいかけっこしてて……」


ロイドはしゃがんで、男の子の頭に手を乗せた。毛をくしゃくしゃと撫でる。


「友達か?」

「うん、友達」

「そうか。守って偉いな。おいかけっこはもっと広いとこでやるんだぞ」


少年は恥ずかしそうに頷くと、女の子の手を引いて去っていった。ロイドはその後ろ姿を眺めていた。


レグはロイドに近寄った。呼びかけると、ロイドがレグを見て目を見張った。


「レグ! 心配してたんだぞ、あの後……」

「ああ、鞄届けてくれてありがとう。あれから、結局個人でランクアップ試験受けることにしたんだ」

「そうなのか?!」

「ああ。今頑張ってポイント貯めてるところだ」

「そんな……無理して受けなくても、別に来年でも構わないだろ? なあ」

「いや、駄目だ。今年受かって、あいつらを見返してやるって決めたんだ」


レグはそう言って、苦笑した。


「ロイド受けるんだろ? お互い頑張ろうぜ」

「……俺、辞退しようと思ってる」

「えっ、なんでだよ?!」

「俺だけ、あのパーティに推薦されて受けるなんてできねえよ……今までマロウはそりゃ嫌な奴だったよ。でも全部、寝たら忘れられるようなことだったんだ。

今回は無理だ。お前は友達だから……」


ロイドが眉間にしわを寄せて言った。レグは、律義な彼の背をポンと叩いた。


「俺に遠慮するなよ! 一緒に受けて合格しようぜ。パーティが嫌なら、合格してから抜ければいいだろ」

「でも……」

「絶対参加しろよ! 全部終わったら、飯食いに行こう。約束だ!」


レグが明るく言うと、ロイドは眉根を下げて笑った。


■■


「あなた、ヒーラー?」


やっと依頼を決めて受付に行こうとした時、後ろから声をかけられた。

レグが振り返ると、そこには赤毛の女の子が立っていた。


「依頼を探してるの? なら、頼みたいんだけど」


レグはこっそり、少女を上から下まで眺めた。立ち振る舞いに隙が無いのに、纏う雰囲気はひどく普通だった。年のころは16歳ほどで、赤毛の、どこにでもいそうな外見をしている。


「フラワー町に行きたいの。往復の道案内を頼みたいわ」

「ヒーラーは、お供には向きませんよ」

「構わないわ。戦うのは慣れてるから。回復してくれればいいのよ」

「回復するだけ……?」


明らかに怪しい。それに、時間のかかる依頼を受けるのは、ポイント集めが間に合わなくなる可能性があった。


なかなか頷かないレグにじれたのか、少女はずっしりした革袋を投げてよこした。袋の口から、金色の輝きが見えた。


「報酬はこれぐらいでいい?」

「行きます」


■■


フラワー町に行くには、片道4時間ほどかかる。

馬屋で借りた2匹の赤毛の馬に乗って、順調に道を進んでいった。

少女はとても重い大きなカバンを持っていたので、馬は少し嫌そうな顔をしていた。


「レグ、この川を越えて、森を抜けるの。そしたらすぐ着くわ」

「何しに行くんですか?」

「友達に会いに行くの。止めなきゃいけないから」

「止める……?」


コウと名乗った少女は、それ以外何も説明しなかった。


橋を渡り終えて森に入ると、焦げ臭い嫌なにおいが漂ってきた。コウが見に行きたいというので、匂いの先へ向かった。


「焼けてる……」


森の一部が、焼け野原になっていた。木々は真っ黒に焦げて折れ曲がり、地面は灰にまみれている。やけに見通しがいい空には、煤が舞っていた。


コウが馬から降りた。物思いにふけるように、焼け跡を歩き回る。赤い瞳が仄かに揺れた。


「ねえ、見て」


コウがしゃがんで、地面の灰をかき分けた。真っ黒になった手の下に、緑色が覗く。


「またすぐに再生するわ」


コウが立ち上がった時、後ろから咆哮が聞こえた。

二人が振り返ると、そこには三つの頭を持った犬、ケルベロスが立っていた。


ケルベロスがうなり声をあげ、身を低くした。コウは、守ろうとするレグを下がらせて、怪物と対峙した。

二人が動いたのは同時だった。一瞬の空気の揺らぎの後に、ケルベロスの首から血飛沫が飛んだ。


ケルベロスが尻尾を丸めて逃げ出した。


「レグ、回復してあげて」

「いいんですか?」

「きっとびっくりしただけなのよ」


コウが手を握ったり開いたりしている。レグはその手をまじまじと見た。何の変哲もない、普通の人間の手である。


だが、さっき獲物を切り裂いた、その手には――確かに鍵爪と真っ赤な鱗が生えていた。


■■


二人は森を抜けて、町の前にたどり着いた。手続きをしてから門をくぐる。


「一休みしましょう。友達はクルの森に住んでるから、少し用意しないと」


馬屋に馬を預けると、「買いたいものがあるから」と言ってコウがどこかへ行ってしまった。


待っている間、レグは町を探索することにした。この町に来るのは初めてだったからだ。

町には、赤と白の模様が描かれた旗がいろいろな所に掲げられていた。どうやら、赤と白が町のシンボルのようだ。


「あ、このお酒有名な奴だ! えっ安い!」


酒屋の屋台で、レグがつい声に出して呟くと、気安い店員が話しかけてきた。


「お、兄ちゃん知ってるのかい?! 嬉しいなあ」

「ここが製造地だったんですね」


レグは酒のラベルを指さした。


「そうだよ! 試飲してみるか? 風味が全然違うぞ!」

「ありがとうございます。でも仕事中なので……」

「仕事? ああ、冒険者なのか。何処に行くんだい?」

「クルの森に……」

「えっ、やめときなよ!」


店員は深刻そうな顔をして言った。


「どうしてですか?」

「クルの森にはさ、昔から竜が住んでるんだよ」

「竜?」


店員の話はこうだった。


昔々、この地域では、赤と白の二匹の竜を守り神として敬っていた。だが、新しく就任した領主はそれを良く思わず、竜退治を計画した。彼は、毒を混ぜた大量の酒を桶に入れ、竜の住処に置いた。

二匹の竜はそれを飲み、苦しんだ。白い竜は地面深くで眠りにつき、赤い竜は遠くの国へ姿を消した。


「昔話でしょう?」

「でも、占い師がね、白い竜が目覚めたって言うんだ。もうすぐ赤い竜が帰ってくるだろう、二匹が再び会う時、人間への復讐が始まる、ってお告げをして……」


店員は体を震わせた。


「この前、森が焼けたんだよ。竜の仕業だって占い師が言うから、みんな怯えてるんだ」

「あの火事が竜の仕業……?」


脳裏に、赤毛が浮かんだ。焼け跡を歩いている時の、あの愁いを帯びた顔も。


『友達に会いに行くの。止めなきゃいけないから』


友達とは、白い竜のことなのだろうか?と、レグは思案した。占い師に話を聞くため、レグは、店員を落ち着かせてから店を離れた。


町で占い師を探していると、買い物を終わらせたコウと会った。


占い師を探していることを伝えたが、知らないと即答された。コウはもう、森に行く気満々のようだった。


コウはレグに荷物を持たせると、町中を歩いていった。荷物がカチャカチャ鳴るのを気にしながら、レグは彼女を盗み見た。


コウは上機嫌で歩いている。町に対して悪意を持ってはいないように見えた。

森に通じる門が見えてきた。レグは頭を回転させた。


(彼女が竜ならお供なんていらないだろうし、なんでヒーラーを連れてきたんだろう? 何か、重大な事情があるんじゃないのか……?)


レグは、黙って付いていくことに決めた。


クルの森までの道を歩いていると、どんどん霧が深くなった。辺りは真っ白で、ずっと同じところを歩いているような気さえした。


「着いたわ、レグ」


レグは荷物を置いて、何も見えない、とコウに言った。しまったという顔をして、コウが手を叩く。


すると、一瞬で霧が消えた。目の前に天まで届くような高い木が現れた。足元では、気根が地面を盛り上げている。まるで、急に違う場所に来たようだった。


「昔からある侵入者避けなんだよ」

(やっぱり、竜なのか……?)


レグが警戒心を高めていると、コウは木の上を見上げ、声を上げた。


「待ちくたびれた?」


木が揺れて、白いなにかが落ちてきた。地面にふわりと着地する。

それは人間の女の姿をしていた。服も長髪も瞳も白色に覆われている。彼女の周りを包む魔力が空気を震わせており、ひどく恐ろしかった。


(白い竜か…?!)


その魔力の強大さに、レグは唾を飲みこんだ。

コウが、口の端を釣り上げた。


「ついに、このときが来たわ……」

「待ちわびたぞ……今こそ、我らの悲願が叶う時……」


二人の声に共鳴し、魔力が増幅した。地面が揺れ、風で砂が舞い上がる。風で花がもげ、枝が折れた。

レグは魔力の圧に押され、地面に伏せた。それでも目は逸らさなかった。二人を止めなければいけない、と必死に這い、そちらに行こうとする。


二人は口を開き、同時に言った。


「今年も飲むぞ~!」


コウが、鞄から大量の酒を取り出した


■■


二人は、巨大なキノコの傘の上に案内された。平たいそこはテラスのように改良されていて、机や椅子やベッドがあった。今年作った酒飲み場らしい。


「ハクは相変わらず高い所が好きねえ」

「高い所から見下ろすのは気持ちがいいぞ」

「人間のことわざに、バカと煙は高い所が好きって言葉があるわよ」

「またくだらんことを覚えてきたな」


コウと白い女――ハクは軽口をたたきながら席に座った。コウが鞄に詰められたすべての酒を机に並べ、自慢げにハクを見る。


「どうよ、今年の収穫は」

「初めて見る銘柄ばかりだな」

「そうなのよ!」


レグは場違い感を抱えながら、勧められるままコウの隣に座っていた。どうやら二人とも本当に竜で、今は人間の姿をしているだけらしい。


「あの、まさか、今から宴会でもするんですか……」

「他にないでしょ!」


コウが一本目の酒瓶を開けながら言った。


「そのために来たのよ! この酒たちはね、私が世界を飛び回って集めてきた一品なんだから! 今日は毎年恒例の成果発表ってわけ!」

「毎年……?」


コウが酒を煽った。げらげら笑いながら、ばたりと倒れる。


「どうしたんですか?!」

「いつもだ。私ら酒弱いんだ」


レグは慌ててコウにヒールをかけた。元気になったコウがしゃきっと立ち上がって、また笑いだした。


「弱いけど酒は好きなの! なら、倒れても飲めるようにすればいいじゃない?」


彼女は胸を張って言うと、新しい酒を開けて、豪快にあおった。


「まさか、倒れるたびにヒールをかけさせるつもりですか?!」

「うん。毎年決まった奴に頼んでるんだけど、今年は忙しいって断られたのよ。竜の頼みを断るなんて失礼しちゃうわ」


レグは準備された酒の本数と、彼女が飲んでいた酒のラベルを見た。弱い酒一本で倒れるとして、あと何度ヒールをかければいいのか計算する。


「いやなんて事させてるんですか?! このペースだとすぐに魔力が空になりますよ!」

「そう? いつもは3日3晩ぶっ通しだけど、そいつはピンピンしてたわよ」

「な、なんて魔力量……」


“いつもの奴”のただ物ではない魔力量と、大変無意味なことを繰り返せる精神力に、レグは心の中で脱帽した。そして、自分は果たしてできるのだろうか、と絶望を感じた。


しかし、前金をもらっているため、投げ出すわけにはいかなかった。


「あの……そんなに酒が好きなんですか?」

「ああ。昔人間からの貢ぎ物に酒があってな。あのピリリとした刺激に病みつきになったんだ」

「あれ飲んでから、ハクは酔い覚ましに一年ぐらい寝ちゃうし、暇で暇で。世界の酒を探す旅に出たの。ここには毎年帰ってくるのよ」

「酒を飲むためにですか」

「今日だけは飲まないと手が震えるんだ」

「……コウは震えを止めに来たんですね」

「そうよ」


アル中だ……と、レグは思った。


あの昔話は、『二匹の竜はそれを飲み、アルコールに苦しんだ。白い竜は、酔いを醒ますために地面深くで眠りにつき、赤い竜は、うまい酒を求めて遠くの国へ姿を消した』というのが真実だったわけだ。


レグは、呆れと安心が入り混じった息を吐いた。次はハクが倒れたので回復してやっていたら、コウがまた倒れた。

疑いが晴れた今、二人による人間への害はなさそうだった。ただの酔っ払い竜である。レグは急いで回復してやった。


二人はご機嫌で飲んでいる。時々、そこらの木に生えた果物やキノコを魔力で採り、つまみにしていた。


「この酒があるなら千年柿取ってくるんだった。よく合うんだよなあ」

「残念だったわね、今回の千年柿は滅茶苦茶甘くて合わないわよ」

「なんだと……そうか、血を吸えなかったんだなあ」


コウがレグに酒を進めてきた。レグが断ると、ハクが果物らしき物体を押し付けてきた。腹の無事を祈りながら、仕方なく口に運ぶ。


「血って、なんのことですか?」

「あの柿はね、血を吸えば吸うほど苦くなるのよ」

「千年前は、種族間の争いが頻発してたんだ。今回はだいぶ平和だったから、残念だが甘くなったらしい」


白竜は飄々と言った。


「残念って言い方はないじゃない」

「もう5千年も生きてるんだ。短命種族の栄衰などいちいち気にしてられないさ」

「そうねえ……」


ふと、コウが酒を飲む手を止めた。指をさしながら、空になった瓶を数える。


「……さっきから全然倒れないわ」

「そういえばそうだな」


ハクも手を止めた。


「どうしてかしら」

「まさかアルコール飛んでたか?」


ハクが新しい酒を開けて、匂いを嗅いだ。豪快に飲み干し、首をひねった。


「ちゃんと酒だ。体も――なんともないな」

「急に、酒に強くなったんですか?」

「そうなのかしら。どうして急に……」

「……もしかして、君か?」


ハクがレグを見た。


「え、俺?!」

「やけに心地いいヒールだと思ったんだ」

「どういうことなの? ハク」


ハクはしたり顔で言った。


「君のヒールは、相手の望むように治す力なんじゃないか」

「相手の、望むように……どういう意味ですか?」

「傷を治したり、体力を回復したりするのがヒーラーだ。だが、受ける側の望みは、傷を治すこと自体ではない時があるだろう? 例えば、傷を治して”冒険者として活躍したい”。足を治して”走り回りたい”。二日酔いを治して”酒をもっと飲みたい”。

 君の能力は、そこまで叶えてくれるのさ」

「そ、そんな力あり得ます?」

「現に今、私たちは酒に強くなってる。

 ……千年ほど前かな、同じヒールを持った奴に会ったことがある」


レグは自分の手を見つめた。そんな力があるとは、にわかに信じがたかった。

コウが口を挟んだ。

「でも、私の一回目はそんなに効かなかったわ」

「その時は、まだ私たちを警戒してただろう? 魔力ってのは繊細なものだ。不信感を持った相手には攻撃力や殺傷力が上がる。ヒーラーで言うと、効きにくくなる」


(今まで特に何も起きなかったのは、あのパーティにいたからか?)

レグは思考を巡らせた。


コウが目を丸くしてのんきに言った。


「えっ、私たち何か疑われてた?」

「その、町の人が、赤い竜と白い竜が出会ったら復讐が始まるなんて言ってたので……」

「なあに、それ」

「占い師が……」


レグは町で聞いた話を二人に聞かせた。

コウが呆れたように肩をすくめた。


「ふうん。それで、森を焼いたのがハクだと思ってたの?」

「ええ。町の人もそう思ってます」

「あれはゴブリンのしわざよ。焼け跡に魔力が残ってたわ」

「え、ゴブリン…。でもどうして?」

「ゴブリンが、ストレス発散のためにトラブルを起こすのはよくあることだ。……しかし、それなら森じゃなくて街を狙うはずだな。奴らにすれば、人が死んだほうが面白い」

「その占い師が指示したんじゃない? インチキ占い師が火事を当てられるわけないから」


レグは目を見開いた。


「た、確かに……じゃあ、街の人たちは騙されてるってことですか?!」

「そうみたいだな」

「どうにかしないと!」

レグが立ち上がって言うと、二人は肩をすくめた。


「ちょっと、待ってよ……ああ酒足りないわ。もう死ぬまで飲み続けられるんだし買いに行くわ」

「いいな。どっちが買った酒が美味いか、勝負しよう」


ふたりは揃って立ち上がり、ふらふら歩き出した。そのままキノコから落ち、地面に落下して笑っていた。


酔っ払いたちは乗り気ではないらしい。ううん、とレグは考えて、下に向かって叫んだ。


「そういえば、占い師には上等の酒がお礼に渡されてるらしいですよ!」


■■


ゴブリンたちは次の任務のため、集団で歩いていた。

前回の任務で、彼らは森を焼いた。今回は、豪快に畑を燃やしていいらしい。ウキウキとスキップしながら道を進む。


すると、なんだかひどく暑くなってきた。緑の肌にピンクの汗がにじんだ。

ゴブリンのリーダーは、道の先に人を見つけた。赤毛の女で、道の真ん中に突っ立っている。手に持っているのは、何かの瓶だろうか?とリーダーはちょっと疑問に思った。しかし、そんなことはどうでもいい。今日の晩御飯だ、とリーダーは武器を構えた。


「森を汚すものよ――裁きを受けるがよい」


頭に響くような声がした。女が、焦点の定まらない目でゴブリンたちを見ていた。

急に、女の足元が炎に包まれた。赤い炎は地を駆け、どんどんと燃え広がる。


ゴブリンたちは、慌てふためきながら逃げだした。反対に向かって一直線に走る。しかし、火は勢いのまま追ってきた。バチバチという音が不安を煽り、熱が肌を燃やした。


一匹が、もう燃えているところなら燃えない!と叫んだ。ゴブリンたちは押し合いへし合いながら焼け跡に走った。


ゴブリンたちが黒と灰色の地面に入り込んだ時――急速に伸びた足元の草木が、彼らの体を貫いた。


■■


レグはそっと岩陰から出た。先ほど自分が、ヒールをかけて伸ばした木々を見る。


三人の作戦はこうだった。まず、コウが幻覚で炎を出してゴブリンたちを誘導し、焼け跡に向かわせる。レグは先に焼け跡近くに隠れておき、ちょうどいいタイミングでヒールをかける。あとは木たちがゴブリンを閉じ込めてくれるというわけだ。


レグも参加するはめになったのは、ハクとコウが彼の能力を試したがったからである。酔っ払いの押しの強さに負けてしまった。


「何ですか裁きって」


レグは合流したコウに言った。


「ここで採れるきのこは香りが良くて、酒にすると美味いんだよ」

「やっぱり酒ですか。それにしても、こんなに、伸びるなんて……い、痛そうだし……」


木の枝に貫かれたゴブリンの体から、血がだらだらと流れていた。即死は免れているが、致命傷だ。


「少し、ヒールの使い方を考えた方がいいかもね」

「どういう意味ですか?」

「燃えた木たちは、犯人を殺したかったのよ。レグがそれを望まないなら、使わない方がいい」


コウは軽く言うと、ゴブリンたちに向かって話しかけた。


「取引をしない? リーダーの首がほしいの。それだけ差し出してくれるなら、他の奴等は回復してあげる」


手下たちが顔を見合わせた。全員が、了承するようにうなずいた。


「情とか、ないんでしょうか」

「彼らにとっては当たり前なことなのよ」

「当たり前……」


コウはゴブリンのリーダーの傍に寄った。


「私がこうするのも、当たり前」


血しぶきが飛んだ。


■■


二人は町に戻った。占い師に企みを白状させるためである。少し探して、占いの屋敷を見つけた。

悪魔と天使の装飾がされた左右対称の扉を開き、中に入る。


中には、お香のにおいが充満していた。明かりは壁に付いたろうそくだけで、ひどく薄暗い。


男が一人、部屋の真ん中に置かれた机の奥に座っていた。例の占い師である。

机の上には、絵柄の書かれたカードが並べられていた。どうやら、タロットカードを得意としているらしい。


コウは占い師の向かい側の椅子に座った。持っていたズタ袋を床に置く。レグはその後ろに立った。


「いらっしゃいませ」

「あなたに話があって来たわ」

「はは、何を占いましょうか?」

「あなたがこの首をご存じかどうか」


どさり、と首が机に放られた。袋に入っていたゴブリンの頭である。机上のカードがばらばらに乱れ、戦車のカードが血に染まった。


占い師の笑顔がひきつった。しかし、何もないように口を開いた。


「そんなものを持ち込まれるなんて、困りますよ」

「とんでもないお告げをしてるそうね。竜が人間に復讐するなんて」

「竜の信奉者ですかな? 貴方たちの志は立派です。でも、私は確かに竜が村を焼くイメージを見たのですよ」


コウが笑った。香の緑色の煙が揺れる。部屋中のろうそくが掻き消え、闇が降りた。


「へえ、そうなの。その竜って……」


闇を侵食するように、女の体がどんどんと広がり、首が恐ろしいほど伸びた。天井を突き破りそうなほど巨大化した体は赤い鱗で覆われ、手には分厚い鍵爪が生えた。


「こんな、顔だったかしら――」


口が裂け、無数の角とよだれまみれの牙が生えた。人間の頭5個分はありそうな、巨大な竜の顔だった。竜は真っ赤な舌を出しながら、占い師を見下ろした。


「あ、あああ……」


占い師は、コウを見上げたまま絶句していた。コウは首をゆらゆらさせながら占い師に顔を寄せると、思いっきり息を吸って、吼えた。


「ぎゃああああ! 助けて!」


占い師はもんどりうって椅子から落ちた。机と椅子が倒れ、盛大な音を立てる。彼は四つん這いで逃げ、絨毯の下に頭を突っ込んだ。


コウは、はみ出ている尻に向かって言った。


「今なら見逃してやる。その代わり、酒を全て置いていきなさい。町から酒を奪ってたんでしょう?!」


(いやそこまでは言ってない!)

レグは内心冷や汗をかいた。


占い師は、絨毯越しに震える声で言った。


「さ、酒……? わ、私は酒飲めないから断ってた! もらってたのは金だけだ!」


占い師が『もうしませんー!!』と泣きながら外に飛び出していった。


部屋に、黒い魔力が充満する。竜の体が、ふらり、ふらりと振り返る。ギ、ギ、ギ、と恐ろしい顔が回り、ゆっくりとレグを見た。


■■


「レグゥゥゥ!!!嘘ついたなあああ!!」

「いだだだだ」


レグは森で、コウのスカートから出た太い尻尾にぐるぐる巻きにされて、逆さまにぶら下げられていた。

横では、ゴブリンのリーダーが自分の頭をずっとさすっている。

首は実際には切っておらず、全部ハクの幻術で見せていたものだった。彼女が術を解くまで、リーダーも自分の首が無くなったと思っていたらしい。


コウは怒り心頭のようで、口からごうごうと火を出している。


「酒飲みを誑かすなんて重罪だわ!頭破裂しろ!」

「あつっ! お酒俺が買いますから!許して!」

「コウ、落ち着け」

「なによ」


ハクが腕組みをした。彼女の体がぐにゃんとゆがんで、占い師と同じ姿形になった。


「この姿なら、酒を要求できるぞ」

「天才!」

「え、占い師になり変わるつもりですか?! 人を騙すなんてやめてください!」

「大事なのはお告げだろ? 人間の得になるようなことを当てればいいんだ 5千年生きた竜を舐めるな。未来なんぞいくらでも当ててやるさ」


ハクが水晶を取り出した。透き通った水晶の上で手をくるくる動かす。


「どこから出したんですか」

「レグ、君の未来は暗い」

「いややめてくださいよ。もうすぐランクアップ試験があるっていうのに……もう下ろして……」

「ランクアップ試験受けるの?」

「ランクアップ試験か。たしかその日は、あの日だったな」

「あの日?」

「331年に一度、冥界の扉が開き、霊力が高まる日さ」


水晶に、白い靄がかかった。ハクはそれを凝視しながら言った。


「気をつけたまえ。亡霊が出るかもしれない」

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