ファミリーズファーム

朝、レグは掲示板とにらめっこしていた。


ギルドに来た依頼は、ランク分けされてそれぞれの掲示板に貼りだされる。内容や報酬が書かれているので、冒険者たちがそれを見て、受付で申請する仕組みだ。


依頼人から支払われる報酬と、ギルドから支払われる依頼完了ポイントは別である。依頼完了ポイントは、ギルドが展開する便利な道具やチケットと交換できる。ちなみに、依頼完了ポイントはお金と交換して得ることも可能である。


「どれがいいんだろう? やけに報酬が高いのも怪しいしな……」


今までチームが取ってきた依頼だけをこなしていたため、レグには依頼の良し悪しが分からなかった。


(俺、言われたことを言われた通りこなしてただけだった。……ソロって、こんなに不安なんだな)


迷っている時間はない。何もわからないが、やるしかなかった。レグは、1枚目の依頼書を手に取った。


■■


レグの選んだ依頼の内容は、魔法での羊の毛刈りだった。魔術師限定の募集で、ポイントも報酬も高めのものだ。昼頃までに終わらせよう、とレグは意気込んだ。


広い森の中、開けたところに、目的の牧場はあった。

入口のアーチの隣に、看板が立っている。塗装の剥げかけた字で、ファミリーズファームと書かれていた。


牧場は柵で分けられ、羊や牛が放牧されていた。草を食みながらのんびり過ごしており、レグが敷地に足を踏み入れても、特に警戒する様子はなかった。


レグは、敷地奥のレンガ小屋に向かった。黒い扉をノックすると、ゆっくりと扉が開いた。


中から、大男がのそりと出てきた。レグの倍はありそうな背丈と肩幅に、もじゃもじゃの髪の毛。そして片手には――クレバーナイフを持っていた。

レグは心の中で身震いした。男は顎鬚をなで、低い声で言った。


「あんたがアルマンディンから来た奴か」

「そ、そうです」

「依頼主のジェームズだ。待ってたんだ」


ジェームズが黙って歩き出したので、レグは後ろを着いていった。ナイフを持ったままなので、気になって仕方がなかった。


着いたのは大きめの倉庫だった。扉を開けると、立て付けが悪いせいか、ギイイと不気味な音がした。じめっとした空気が頬をかすめた。


倉庫には、天井全面に、蜘蛛のような機械が取り付けられていた。


「これは魔力が動力源だ。あんたにはこれを動かしてほしい」


レグは機械に近寄って、下からまじまじと眺めた。


蜘蛛の装甲は油で汚れ、黒光りしていた。天井に取り付けられた本体から、100を越えそうなほどの多関節アームが下に伸びている。アームの先には、ひどく長いものから、小指ほどのサイズまで様々なが取り付けられていた。全体がひんまがった鉈のようなものもある。

機械の下の床は黄色と黒の柵で囲まれており、隣にコンベアが設置されている。倉庫の床には、大きな黒いしみが沢山あった。


ジェームズが一匹の羊を連れてきて、柵の中に入れた。羊はか細い声で鳴き、ガクガク震えている。柵に取り付けられた看板をひっくり返して『立入禁止』にすると、ジェームズがレグを見た。


「そこにある魔法石に魔力を流し込むんだ」


レグは羊を見ながら、柵の端っこに取り付けられた操作盤に向かった。操作盤の真ん中、青白く光る石に手をかざし、ちょっと躊躇して、口を引き結び――やっぱり顔を上げて、ジェームズに言った。


「あの、毛刈りって聞いたんですが! 屠畜しに来たんじゃないですよ!」

「何言ってんだお前」


ジェームズが笑いだした。


「これは動物の毛を刈る機械だよ。最近出た新作だぜ」

「で、でも!」

「動かしてみればわかる。魔力供給を辞めればいつでも止められるぞ」


レグは半信半疑で、魔力を流し込んだ。


黒い本体に光の筋が入った。うぃ~んと音がして、ばらばらにアームが動き出す。まず手の形をしたアームがそっと羊を固定し、それから体中を四方八方ナイフが滑っていく。10分もたたずに毛が刈り取られ、一枚につながった羊毛が出来上がった。


手のアームがうぃ~んといいながら、羊毛をジェームズの所まで持っていった。

ジェームズがそれをじっくりと見つめ、触りながら言う。


「よし、なかなかいい出来だ」


アームが羊毛を隣のベルトコンベアに乗せる。コンベアが動いて、羊毛は倉庫の奥に流れていった。


機械の下に残された羊が哀れっぽく鳴いた。倉庫から出してやると、走って逃げていった。


「ほんとに毛刈り機なんですね……」レグは呟いた。

「短時間で刈れるからすごく便利なんだが、やっぱり人間の手には劣るみたいでな。痛いからか、嫌がるんだよ。これを買ってすぐに俺の髪を刈ってみたら、ちょっとピリピリしたんだ」

「そうなんですか……」


レグは何も聞かないことにした。


「とりあえず、俺が羊を連れてくるから、あんたはこいつを動かしててくれ。今日は20匹ぐらいで終わるつもりだ」

「わかりました」


ジェームズが羊たちを並ばせ、順番に柵の中に入れていく。レグはそのたびに機械を動かした。

羊たちはやっぱり嫌そうだ。あちこちから鳴き声がして、列から抜け出して逃げていく個体もいる。


「痛い、のか……そうだ! 魔術でどうにかならないかな」


20匹に魔術をかけ続けるため、1匹当たりどのくらいの魔力量に調整すればいいのか計算して、レグは頷いた。


「問題なさそうだ。よし、やるぞ!」


次の羊が、柵の中をうろうろしている。レグは羊に痛覚麻痺の魔術を飛ばし、機械を動かした。

ナイフが毛を刈り始めると、羊はきょとんとした顔をした。痛覚麻痺の魔術は、一時的に痛みを軽減するものだ。どうやらしっかり効いているらしい。

毛刈りが終わり、アームが離れた時を見計らって、ヒールをかける。羊は目をキラキラさせながら、倉庫から出ていった。


その次の羊にも同じように作業をした。羊はスキップしながら退出した。

羊の列が大人しくなった。皆が柵の中を見ようと、興味津々といった様子で首を伸ばしている。


羊の交代がスムーズになったので、サクサクと進むようになった。魔術をかけ続けながら、レグはふと気づいた。


(な、なんか多くないか……?! もう30匹はやってるだろ……)


レグの位置から列の全体は見えないが、相当並んでいるように思われた。

作業量が増えた分は報酬が増えるのでいいのだが、魔力量の計算が狂ってしまった。こうなるともう、気合で乗り切るしかない。魔力というのは、使用者の精神状態によるところが大きいからである。


顔を上げると、ちょうどジェームズが倉庫に入ってくるところだった。

彼は目を真ん丸にしながら言った。


「おい、羊たちが勝手に並んでるんだが……」

「えっ?!」


ジェームズの後に、ひときわ大きな羊が入ってきた。体は普通の羊の2倍はあり、毛におおわれて目が埋まっている。あまりにも伸び切った毛をゆっさゆっさ揺らしながら、その個体は律義に列の後ろに並んだ。


「ジョイ……おまえ、ついに刈る気になったのか……!」


ジェームズが泣きそうになりながら言った。いやすでに泣いていた。

既に刈った羊たちがジョイの周りに集まっている。何やら元気づけようとしているように見えた。


「ジョイってその羊の名前ですか?」

「そうだ。この群れのボスだ。毛刈りが大嫌いでさ、5年前にこいつが暴れて大けがをしてから、刈らないようにしてた。いつもこの時期になると、洞窟に逃げ込むんだ」


ジェームズのひげがびしょびしょになっている。レグは一旦作業を中断して、ハンカチを渡しに行った。


ジョイの毛刈りは大変だった。ジョイは巨体をぷるぷる震わせているし、羊たちが柵の周りを囲って応援しているし、どこから刈り始めるのか迷ってアームが右往左往しているし、ジェームズは座りこんで泣いているのである。


レグは魔力がやばいとも言い出せず、必死に魔力を流し込んだのだった。


■■


昼ごろ、仕事は全て終わった。どうやら牧場の羊を全て刈れたらしい。

魔力が枯れ果てててへろへろになっているレグを見て、ジェームズが昼ご飯を用意してくれた。


ジェームズが住んでいる小屋はこじんまりとしていた。至る所に様々な機械装置が置いており、動いているものもあれば埃をかぶっているものもある。

座るようにすすめられた椅子には羊の毛が使われていて、座り心地が良かった。


出てきたのは、ごろごろ肉の入ったシチューと新鮮な野菜サラダである。材料は全部、牧場で採れたものらしい。


「いただきます……」


お金の報酬もポイントに変えようと思っていたため、昼飯は無しの予定だったのだ。レグは感激しながら手を合わせた。


「いや、本当に助かった」


シチューを食べながら、ジェームズが意気揚々と言った。


「ジョイがさっぱり姿になった時、嬉しかったよ。毛を刈らないままだといずれ死ぬからな……ありがとうな。また来てほしいぐらいだ」

「あ……こちらこそ……」


本当に嬉しそうにお礼を言われ、レグは言葉に詰まった。こうやって依頼人と直接接することも、お礼を言われることも、パーティにいた頃には無かったからだ。


上手く返せずに、レグは話題を変えた。


「この機械、ジェームズさんが作ったんですか?」

「いや、知り合いの整備工だ。俺が一人でここをやってるからって、自称『便利な機械』を開発しては押し付けてくるんだ。まああの毛刈り機みたいに役に立つ奴もあるが」

「えっ、ここ、ひとりでやってるんですか? 動物沢山いますけど……」

「今はな。ここは親父がやってた牧場でさ。家族でやってたんだが、親父が死んで、子供は町に出て行って、女房が死んでからは……」


ジェームズは部屋の隅っこで丸くなっている小型犬を見た。犬は、床に置かれたクッションの上に寝かせられていた。


「あいつとやってた。でも、あいつも歳で走れなくなって、俺がここの最後の砦ってわけだ」

「病気とかではないんですか?」

「もう20歳だぜ。なああいつ、たまに、寝ながら足が動いてるんだ。走ってる夢でも見てるのかもしれない」


ジェームズは力なく笑った。レグは何も言えずにうつむいた。


ふいに、入り口のアーチのベルが鳴った。客の対応をするため、ジェームズは立ち上がって外に出ていった。


レグはこっそり犬の傍に近寄った。


「せめて痛みだけでも……」


魔力を振り絞って、手早くヒールをかける。

苦悶を浮かべていた犬の顔が、心なしか穏やかになった。レグがほっとしたとき、言い争う声が聞こえてきた。


「何だ?」


レグはいぶかしげにしながら外に出た。ちょっと離れたところで様子をうかがう。


やってきたのは、背の高い男と、小さい太っちょ男の二人だった。両方とも、黒いだぼっとした上着とズボンをはいている。ガラの悪いチンピラのような雰囲気だ。

腰に下げた刀に真っ赤な模様が入っているのを見て、レグははっとした。


あれは、ノースギルドの紋章だ。酷く評判の悪い大型ギルドである。


男二人はジェームズを睨みつけている。


「てめえのクッセエ羊のせいで、ケサランパサランが育たねえって何回も言ってるだろ!しかも勝手に食いやがって!」


背の高い方が、特徴的なガラガラ声で言った。

ジェームズは落ち着いて言い返した。


「ケサランパサランが勝手にうちの敷地内に入ってきてるんだ。お前らが放し飼いを辞めろ」

「ケサランパサランを室内で飼うと死ぬんだよ! 迷惑だ、さっさと出ていけ!」

「後からやって来たくせに無茶を言うな」

「おいおい、俺らはあのノースギルドだぞ?! こんなとこすぐ潰せるんだからな!」

「潰せないから嫌がらせしてるんだろ?」

「なんだと?!」


口論はヒートアップしていた。レグは止めるべきか思案した。

しかし、自分が出てどうなるというのだ。彼らを止められるほどの腕力もないし、魔力もからっぽなのだ。


「もう我慢できねえ!」


叫んで、二人が剣を抜いた。レグは走って間に入った。


「やめろ!」

「ああ?! なんだてめえ! 痛い目見てえのか?!」

「やるならやれよ! 違うギルドの冒険者同士で争えばどうなるか知ってるだろ?!」


レグが男たちを睨みつけると、二人は苦虫を噛み潰したような顔をした。

異なるギルドの冒険者を攻撃することは、ギルド協定で禁止されている。それを破るとギルド同士の宣戦布告扱いになり、全面戦争になりかねない。


「おいアニキ、こいつアルマンディンだぜ。まずいかも……」

「あの目障りな……はん、ちょうどいい機会だ。ノースギルドを舐めるなよ。余裕で潰せるさ」


背の高い男はひるむこともなく、腕を振り上げた。


「お前の所のS級には世話になってるからな! 借りを帰してやるぜ!」

「メエエエエエエエ!!!」


後ろからものすごい声がして、ドドドドと地面が揺れた。振り返ると――羊たちが、柵をぶち破って砂ぼこりを立てながら突進してきている!

先頭にいる大きな個体は、ジョイだった。


男二人が、ぎゃあっと叫んで逃げ出した。羊たちはレグとジェームズをすり抜け、二手に分かれて男たちを追いかけていく。

背の高い男は尻に頭突きをされ、地面に転がった。服を噛まれてびりびりに破られ、羊にのしかかられている。

太っちょの男は逃げ回り、木に登って枝にしがみついた。羊たちがそれを取り囲み、木を豪快に揺らしたり、下から唾を命中させたりしている。


羊たちにもみくちゃにされた彼らは、最終的に肥溜めまで引っ張っていかれ、その中にぶち込まれた。


「おぼっ、うえっ! 覚えてろよー!」


肥溜めの中から、そんな声が響いていた。


レグとジェームズはぽかんとしていたが、ぎこちなく顔を見合わせた。


「何が起こったんですか……?」

「羊たち、あんたを気に入ったんだな。それに、体が軽くなってはしゃいだんだろ」

「……あの、あいつらを仕返しに来るかもしれません。ギルドには話しておくので、何かあったらまた連絡ください」

「ああ。ありがとう」


■■


アルマンディンの冒険者が帰ってから、ジェームズは小屋に入った。

ああ名前を聞き忘れた、と思いながら昼食の皿を片付けていると、犬がいないことに気付いた。


ジェームズは慌てて家中を探し回った。どこにも姿はなかった。


途方に暮れたとき、外で犬の鳴き声がした。

訳が分からぬままに外に出ると、なんと――犬が走り回りながら、羊を小屋に戻しているではないか!

ジェームズはぽかんと口をあけた


「どうなってるんだ……」

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