第2話 序観~帰り道、懐古主義の誤ち~
夏の終わりを迎えた頃の夜は、月が煌々として高く、闇に寒然とした侘しさを湛えて一層気持ちが良い。
駅前で瑠璃川と別れ、俺愛用のママチャリを駐輪場から引っ張り出してきた頃には、既に時刻は二十一時を過ぎていた。
駅回りだけが小綺麗なばっかりに、オシャレなビル群を抜けると都市郊外然とした住宅が
人通りも街を下るにすれ薄れていき、車と電車の行きかう無機質な音ばかりが辺りを満たしていた。
「――通り魔様々だな。おかげで通行人が少ない。」
恐らくすれ違う人が少ないのは、巷で騒がれている連続通り魔事件の影響だろう。
通行人を気にせず、自転車のスピードを徐々に上げていく。
「だけど困ったな。このまま気持ちよく漕ぎ続けていたらいつもより早く家に着いてしまう……」
ギアの段階を引き上げつつ、重いペダルを踏ん張りながら、虚空に向かって独りごちた。俺は元々家にはあんまり居たくないタイプなのだ。
(オヤジも帰って来てる日だしな……)
あのクソオヤジとは顔も合わせたくない。今日はどこかで寄り道しようか?
ふと住宅街の横道に、見覚えのある交差点が見えた。家とは方向が違うが、この交差点を曲がった先には、昔幼馴染のアイツとよく遊んでいた大きな公園があったはずだ。
中学に上がってからは滅多に行かなくなった道だが、背丈が伸びた影響かいつもより違った風景に見える。ああそうだ、あの頃は自転車も無くてわざわざ手にボールやおもちゃを持って走って行ってたんだっけ。
「懐かしいな……ちょっと行ってみるか。」
―――思うに郷愁とは錯覚である。
あり
目に眩むような赤光を前にして、影に深緑色の眩暈を引き起こすあの錯覚と同様、
ありもしない色を心象風景に映し出してしまうのが、郷愁なのである。
サドルから伝わってくる歩道の崩れた石畳の凹凸。
道端に生えたペンペン草の無邪気な背伸び。
色褪せた住宅街は今もなおその暖を温め合うようにして密集している。
俺にはその寂れた姿が親しく感じられた。
記憶の中の風景を、自転車に乗って追い越していく。
再生された、いつかの家路。
街灯に照らされた公園への道は、いつしか幼き頃のボールを持った少年の足取りと重なっていた……
―――だが忘れてはならない。郷愁とは錯覚であったことを。
再生された記憶。甦った風景。
しかし私たちは、再生が持つイメージがそれ自体としてある限り、必然的に死の過程を経ていることに気付かない。
生と死の狭間に、郷愁は見られるのだ。
鮮やかな思い出は、幼子を誘う祭り火のように輝く。
寂情に塗られた風景は、漁火に惹かれた獲物のように魅力的に映ってしまう。
この瞬間、月見里蓮夜は存在しないものに魅入られていた。
だから彼は疑うべきだったのだ。この道を通った際、一切の通行人に出会わなかったことを………
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