三.大壇口の戦い



 翌朝、隊士たちは激しい銃撃の音で飛び起きた。

 陣地で仮眠を取っていたが、気の高ぶりのせいでよく寝付けぬまま、辺りが白んできた頃のことだ。

 その朝は霧が濃く、数寸先も見通す事の出来ないほどだが、銃声は霧さえ貫いて耳に届いた。

「敵襲かっ!?」

「いや、音は遠い。恐らくは供中口か、或いは高田口の方向だろう」

「ですが、きっとすぐに、ここへも敵がやってきます!」

 一旦始まった銃声は止むことなく、動揺は瞬く間に陣中に伝播した。

 いよいよ西軍を迎え撃つ時が迫り、銃太郎の声が配置に着くよう指示を出すと、皆が一斉に装備を確かめ胸壁に身を隠す。

 篤次郎も遅れじと砲門に身を寄せた。

 腹の底が鉛を呑んだように重く、心の蔵が駆け上がるように脈打つ。重く撓んだ霧を深く吸い込んだが、濡れた草木の匂いが胸に広がるばかりで一向に落ち着かない。

「なあ、篤次郎。向かってくるのが薩摩でも長州でも、この大砲で返り討ちにしてやろうな!」

 砲門を挟んで篤次郎の傍らに立つ、同門の成田虎治が気丈に笑った。その言葉に励まされて、篤次郎は大きく頷いた。

 やがて遠い銃声は、ぱたりと止んだ。不意に気味の悪い静けさが戻り、大壇口に構える面々は互いに顔を見合わせる。敵が供中を突破したか、或いは味方が敗れたか。そのどちらかだ。

「きっと供中口の味方が勝ったんだ!」

 静まり返る中、誰かの声が響いた。

 味方の勝利を信じる声に、固唾を呑んでいた仲間たちも次第に表情を明るくし、次々歓声を上げ始める。

「よーし、俺たちも討ち払ってやろうぜ!」

「あったりまえよ! 大砲とこの腕があれば、負けやしねぇって! な、篤次郎」

「うん、そうだね!」

 東からの騒ぎが止んで間もなく、この大壇口の前方からも敵軍と味方の衝突と思われる銃撃戦の轟音が起こった。

 城下へ通じる砦となるこの大壇口の前方には、尼子台の陣がある。恐らくはそこを警護する味方本隊が迎え撃っているのだろう。ついに身近に迫った敵軍の気配に、一同の緊張は急速に高まった。

「大丈夫だ、いつも私が教えている通りにやればいい」

 肩に力の入った篤次郎に、銃太郎が声をかけた。険しい目つきとは裏腹に、悠然と構えた声音だ。そのせいか、篤次郎の肩からも不思議と力みは収まる。

 皆が息を潜めて奥州街道の先を見据えていた。

 遠くに近くに、銃と砲を撃ち合う音が引きも切らず鳴り渡る中、霧に霞む道の上をやってくる敵軍を待ち受ける。比較的近いと思われる銃声が、しゅうと尾を引いて耳を突いた時。

「若先生! 見えました、敵です!」

 同じく目を凝らしていた隊士が叫んだ。

 声につられて街道の霧に目を凝らすと、ちらほらと黒い蟻粒のような敵兵が見え出していた。

 その数は三つ、四つと増えて行き、敵軍の一隊が行軍してくる姿が徐々に現れる。

「まだだ! まだ撃つな、充分に敵を引き寄せてからだ」

 敵兵の黒い姿が数を増すにつれ、皆が代わる代わる銃太郎に指示を仰ぐ。

 そのたびに銃太郎は、まだ遠い、今暫し、と制止をかけた。

 砲門の傍らに立つ篤次郎と虎治も、いつ攻撃命令が出ても応じられるよう、固唾を呑んで身構える。

 西軍の行軍歌とともに軍鼓の音が聞こえてくると、黒い敵影は蟻の群れのように整然と隊列を成し、もう殆ど射程の距離内へと踏み込もうとしていた。

「皆、落ち着いてやれよ」

 若干抑えた銃太郎の声が言ったが、次には一気に轟くばかりの覇気に満ちた声音が命じた。

「今だ、撃てっ!」

 その声と同時に砲撃を開始。その轟音に杉の林が震えた。

 砲弾は先頭を進んできた敵軍へ着弾、黒の獅子頭の隊長らしき姿がもんどり打って馬上から転げ落ちる様子がはっきりと見て取れた。

「銃手は肘を張って身体を伏せろ!」

「砲手、休まず続けて撃て!」

 銃太郎が命じるまま、虎治が大筒に火薬と次の砲弾を詰め、篤次郎が照準を合わせて点火する。砲は再び地を震わせ、狙いの寸分狂わぬ速射攻撃に、敵軍の列は見る間に散開していった。

 恐らく、こちらに砲が一門しかないとは気付かれないだろう。二門も三門も据えているかのように思わせれば、しめたもの。

 見事に命中を決める篤次郎と虎治の腕は普段通り、否、それ以上かもしれない。

 砲撃の合間にも、銃手に徹する隊士たちが胸壁の前後から息つく間もなく銃撃を繰り広げている。

 いつの間にか霧も薄れ、大壇口は今や砲火の噴き上げる激戦の地へと様変わりしていた。天も地も、そのものが唸りを上げているかのようだ。

 爆風によって噴き上げられる煤は、俄かに視界を濁して体中に纏わり付く。

 初めこそ善戦していた銃太郎隊だが、敵は正規の新式調練を受けた精鋭の兵だ。一旦はこちらの攻撃に怯んで列を乱したものの、すぐにまた体制を立て直し反撃に移る。

 一刻も経つ頃には、銃太郎麾下の猛攻が覆され、敵の銃撃が優勢を極めるようになっていた。

「先生っ、午之助がぁっ! 午之助がやられましたっ!」

 砲門からやや遠くで、泣き叫ぶような声が上がった。その声に驚いて仲間たちの姿を振り返る。

 瞬間、篤次郎の背筋にざわりと寒気が走った。

 顔面をやられたのだろう。午之助は煤と泥に汚れた陣羽織を鮮血に染め、血潮を噴いて倒れ伏していた。

 既に事切れているのか、午之助の身体はぴくりとも動かなかった。

 戦地に立って初めて、肝が冷えるのを覚えた。

 煤と土埃で顔を真っ黒に染めた仲間たちの姿は、まるで異形のものに見える。そして、恐らくは自分自身もそんな様相になっているのだろう。

 午之助の被弾を側きりに、方々から一人、また一人と負傷した者の叫びが上がり、取り囲む者の悲鳴が続く。

 踏み締めた足が震え出すのを感じながら、篤次郎はその光景に慄いた。

 自分も、いずれ午之助のようになるのではないか。

 銃太郎と一緒なら戦死も怖くはないと、そう言った言葉は、本当にこの口から出たものだったのだろうか。

 敵の放つ弾は雨のように撃ち込まれ、高く反れた砲弾は付近の松を薙ぎ倒し、低く目前の畑に至れば山は轟音を立てて痺れた。

 爆風爆音も凄まじく、組んだ畳も胸壁の役に立たぬほどに崩れて吹き飛ばされる。遠くを流れる弾の音は甲高い笛のような音を立てるが、ごく身近を掠めると、不思議なことに全くの無音だった。

 土煙と硝煙とで濛々と煙る陣地は、既に何人の負傷者が出たかすらも判らない。

 総毛立つような叫びが上がれば、その声に新たな犠牲が出たことを知る。

 撃たねば、やられる。

 何かを考える余裕などはなかった。

 そうしてまた一筋、敵弾が近くを掠めたと思った、その時である。

「隊長が撃たれた……!」

 誰かが叫んだ途端に、皆が騒ぎ出した。間近に指揮を揮っていた銃太郎が上膊に弾を受けたらしい。

 夥しい血流がその腕を伝い、白い陣羽織は鮮やかな深紅へと染め抜かれていく。

「若先生っ、お怪我は!?」

「心配要らない、腕を掠めただけだ」

 駆け付けた篤次郎が銃太郎の羽織を引くと、銃太郎は些か眉を顰めながらも笑って答える。

 だが、掠った程度と言えるほど浅い傷でないことは、篤次郎の目にも明らかだった。

 大将の傷を目の前に、騒ぎ集まった皆も一様に顔色を蒼くし、恐ろしさのためか泣き出す者さえあった。

「若先生、はやく、はやく手当てを……!」

「案ずるな、こうしておけば大丈夫だ」

 銃太郎は白木綿の鉢巻を解き、包帯代わりにきつく腕に巻きつける。

 皆を不安にさせまいとしてか、銃太郎は笑った。一分の動揺も覗かせなかったが、白布はじわじわと滴るほどの血が染み出している。手当てとは名ばかり。傷が深ければ血止めの効果も薄かろう。その場凌ぎの応急処置に過ぎない。

「でも若先生、ここはもう……!」

 一刻も早く引き揚げたほうが良いのではないか。

 そう言いかけた声を、篤次郎は寸でのところで呑み込んだ。退却を望むことに、些か躊躇を覚えたのだ。

 戦で敵に背を向けて逃げるなど、武士のすることではない。自分の弟子が退却を望むとあれば、銃太郎はどう思うのだろうか。

 それを考えると、どうしても言い出すことが出来なかった。

 だが、そこへ銃太郎の負傷を案じた副隊長・衛守が駆け付けると、その口から篤次郎が言い渋った一言が出たのである。

「銃太郎、もうこれ以上は子どもたちが危ない。城へ引き揚げよう」

 銃太郎も戦況の悪化をひしひしと感じていたのか、苦渋の面持ちで一つ頷く。

 銃太郎は後方の勾配を登り、集合の合図に鼓を鳴らした。

「大砲には杭を打って要釘を抜け! 全員退却だ!」

 すぐさま銃太郎の命に従って大砲を使用不能の状態にすると、篤次郎は再び銃太郎のもとへ駆け戻る。

 だが、その足が二、三歩も地面を蹴った時、再び敵の攻撃が盛んになった。

「もたもたするな、急げ!」

 副隊長が声を荒げ、皆まろびながらも必死に駆ける。声にもならない悲鳴が喉に突き上げるのを堪え、震え落ちそうになる足を強引に走らせた。そうして、篤次郎の足があと数歩で銃太郎の傍へ辿り着こうかという時。

 斜面の麓から一撃、一際高い音を立てて放たれた。

「伏せろっ!」

 逼迫した声が響き、篤次郎は強い力で地面に突き倒される。

 思わず地べたから顔を上げた篤次郎の視界に、ぱっと鮮やかな赤が降った。

 一瞬、銃太郎の緋袴が風に靡いたのかと思い、すぐにそれではないことに気付く。

「……若先生?」

 見上げた緋袴がくず折れるように前へとのめる。

 一つ呼びかけたきり言葉を失った篤次郎の目の前で、どうと倒れた身体。咄嗟に身を起こした篤次郎の見た先には、朱に染まって伏した銃太郎の姿があった。

 隊士たちの悲痛な声が上がる中、銃太郎は衛守に支え起こされ、撃たれた腰を押し掴みながら篤次郎を見遣った。

「篤次郎、怪我はないか」

 咄嗟のことで、何がどうしたのかよく分からなかった。

 篤次郎が慌てて首を縦に振ると、銃太郎は安堵したかのように口の端を引き上げる。

 その額には、玉になった脂汗がびっしりと浮いていた。

「立てるか、銃太郎。とにかくこの場を離れよう」

「副隊長、私に構うな。子どもたちを連れて先に逃げよ」

 銃太郎は、腕を担ごうと掴んだ衛守の手を振り払った。

「何を馬鹿なことを! 隊長はおまえだ、最後までおまえがこの子らを率いるんだ!」

 衛守が銃太郎を叱咤すると、隊士たちも口々に銃太郎を励ます。

「隊長を置いて私たちだけ逃げるなんて出来ません!」

「若先生が残るなら、おれもここに残ります!」

 皆がぼろぼろに泣きながら、縋り付くように銃太郎を取り囲んだ。

「若先生っ! お願いです、一緒に城へ……!」

 頬の煤を洗い流すほど、ぐしゃぐしゃにべそをかいた篤次郎を見て、銃太郎は切れ切れの息の下で一層険しい顔を見せた。

「篤次郎、この程度でうろたえるな。おまえは私の一番弟子だろう。しっかりするんだ!」

 ぴしゃりと突き放すように叱咤し、銃太郎は傍らで支える衛守に目を移す。

「副隊長。叶うならば私がここに残り、敵の足止めになれればとも思ったのだが……」

「そんな身体で何が出来る!? 肩を貸すから共に退こう!」

「駄目だ、それではすぐに追い付かれる。だが、私がいる限りはきっと、この子たちは私から離れぬだろう。押し問答をしている猶予はない。一思いに、私の首を落とせ」

 銃太郎の放った一言が、その場にいた全員を戦慄させた。

 誰もが何も言い返せないほど、銃太郎の口調は厳しく重いものだった。

 緊迫した沈黙の後、銃太郎の渾身の怒声が耳を劈く。

「何をしている、早くやれ!」

 脂汗の滲む銃太郎の双眸は、まっすぐに副隊長・衛守の目を見据えていた。

 銃太郎を励まし、共に城まで退却しようと言い続けていた衛守の顔が見る間に強張っていく。

 声にもならぬ呻吟の後に、衛守の手が腰に差した刀の柄を握り締めた。

「! 副隊長、まさか――」

 篤次郎は全身から血の気が抜け落ちた気がした。歯は噛み合わず、全身から冷たい汗が噴き出す。

 大刀を握る衛守の手が小刻みに震え、その鍔がかちかちと音を立てた。

「だめです! お願いです、若先生を死なせないで!!」

 悲痛に叫んだ篤次郎の声に、衛守が答えることはなかった。

「すまない、銃太郎」

「――頼む」

 銃太郎が頭を垂れると、それが合図とばかりに、衛守が刀を引き抜いた。

 そのまま抜き身を振り翳すと、銃太郎の首を目掛けて振り下ろす。

 だが、太刀は目標を誤って銃太郎の肩を斬りつけた。苦悶する声と共に鮮血が迸り、その飛沫が篤次郎の顔に跳ねた。

「落ち着け、副隊長。後を託せるのは、あなたしかいないのだから」

 介錯を受ける者に窘められ、衛守は二太刀目を振るって首を斬りつけたが、これを落とすには至らない。

 緊張と痛嘆が鬩ぎ合う中、声も無き号泣と共に、三度振るった衛守の太刀が漸く銃太郎の首を切り落としたのだった。

 胴を離れた首がどさりと地に落ち、切口からは一拍遅れてどっと血泡が噴き上げた。

「わ、かせんせ……? 若先生っ、若先生っ!」

「隊長が……若先生が、死んじゃった……」

 皆が一斉に泣き喚く声が響いた。

 出陣の朝には、こんなことになるとは想像もしていなかった。

 初陣だ晴れ舞台だと浮き足立っていた己の浅はかさを思い知る。 戦死するということがどういうことであるか、何も解ってなどいなかった。このような最期も当然あり得ることなのだと、どうして気付くことがなかったのだろう。

 銃太郎は、こんな最期を遂げることすら覚悟していたのだろうか。

 閉じたきり開かなくなったその双眸を暫し見詰め、篤次郎は血に塗れた首級を胸に掻き抱いた。

「若先生……。先生は絶対、敵になんか渡しません。一緒に……一緒に、帰りましょう――」

 強く抱き締めれば、血と汗と火薬の匂いと共に、銃太郎その人の仄かな温もりが篤次郎の胸に伝う。

「敵は近い。今は泣かず、亡骸を埋めよう」

 衛守の顔には、漸く介錯に成功した一抹の安堵と、敵軍の接近を懸念する焦りが漂っていた。刀の血痕を拭うと、緊張の名残なのか震える手元で刀身を鞘へ収める。

 銃太郎の亡骸は、大壇口の戦場に埋められた。

 辺りの木の枝や素手で穴を掘り、戦塵に薄く汚れた手の爪には赤黒い土が詰まった。

 篤次郎の腕に抱かれ残った首級は、今は何も語らず、何をも見ない。

 凛然と采配を篩う銃太郎の勇ましい姿は、もうどこにもなかった。


     ***


 首級は必ずこの手で丁重に葬る。

 陣を敗退した今、篤次郎の意気を支えるものは唯それにのみ見出す事が出来た。

 だが、元より大柄であった銃太郎の首級は、未だ幼年の篤次郎の腕には重過ぎるものでもある。敵軍に応戦し続けた足も既に疲労しており、弛む事のなかった緊張のせいもあるだろう。覚束ない足は、自然他の者たちよりも遅くなった。

「篤次郎、おまえ一人では大儀だ。私も手を貸そう」

 殿しんがりをふらつく篤次郎に、衛守が声をかけた。

 恐らく街中には、既に供中や高田の守備を破ってきた敵軍がいるだろう。前後左右、どこから敵が攻めてきてもおかしくはない。

 髻を解いて髪を分け、一方ずつを衛守と篤次郎とで持つ。

 銃太郎の髪を掌中にきつく握り締めながら、篤次郎はもう一方の腕で執拗に溢れる涙を拭った。

 城へと向かう一行は殆ど口も利かず、それぞれの面持ちに暗い影を落としていた。

「若先生の仇を討ちたい」

 涙を堪え、篤次郎は震える声を絞った。

 すると他の隊士たちにも僅かばかり覇気が戻ったらしく、篤次郎に賛成を唱える声が上がった。

 だが、それを良しとしない声も上がる。副隊長の衛守である。

「おまえたちは、もう充分にやった。無駄に命を散らすような真似はするな」

「でも、このまま何も出来ずに生き延びることなんか出来ません!」

「銃太郎が……、銃太郎が何のために私に首を斬らせたと思っているんだ!」

 衛守が突如声を荒げる。皆がその声に狼狽したが、衛守はまたすぐ無為に怒鳴ったことを小さく詫びた。

 疲弊と憤懣と悲嘆とは、残された皆に重く圧し掛かる。

 じっと心中に押し留めるには、それは大き過ぎるものだった。

 仇を討つよりも、銃太郎の首級を無事葬ることが先。

 衛守がもう一度皆を窘めた時、疎らに続く木立の向こうに何か動く影が見えた。

 些かの距離はある。だが、それは篤次郎の目にも確かに、黒い笠と筒袖の敵軍勢であることが見て取れる。

 隊長らしい、赤い獅子頭もちらりと視界を掠めた。

「副隊長っ! 敵です!」

 篤次郎の声に呼応して、皆の間から逼迫した声があがる。敵は既にこちらへ狙いを定め、射撃の体勢を整えていた。

「まずい! 皆伏せろっ!」

 衛守が皆を庇うように咄嗟に前へ踏み出したと同時に、激しい銃声が乱れ飛び、音のない数多の疾風が篤次郎の身体を突き抜ける。

 目を剥いた時には遅かった。

 被弾した衝撃で銃太郎の首級は手を放れ、どさりと地に放られる。

 どっと地に伏した自分が流す血と、土埃の匂いが鼻を衝いた。

 転げた首級に腕を伸ばしかけたが、遠く離れたそれには遠く及ばない。

「若、先生……」

 地に這い蹲る我が身を起こそうともがくが、銃弾に貫かれた身体は思うに任せず、視界は翳る。

 敵兵の足並みが近付く音だけが篤次郎の耳を衝き、それすらやがては遠退いていくのだった。


     ***


「子どもばかりか」

 倒れ伏した篤次郎と、副隊長衛守のそばにまで歩を進めた西軍の大将らしい男の声が、半ば驚愕したように言った。

 一隊の最前列に首級を運んできていた衛守と篤次郎の倒れ伏した姿は、ぴくりとも動く気配もない。まだ微かに息のある篤次郎の小さな身体とは別に、衛守は朱に染まって事切れていた。少年たちを率いる大人は、これで一人もいなくなったのだ。

 大将らしい赤い獅子頭の男が何事か指示すると、兵たちが徐に銃口を空へ向け、一斉に発砲する。

 それに驚き、残された少年たちは霞ヶ城へと戻る道に限らず、方々に散り散りになって逃れていくのだった。



【四.散華】へ続く

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