第32話 技術の産声・2
「
考えた末、僕はそんな風に切り出す。
「どう思うかだって? ありゃあ、相当突飛な仮説の類だ。面白れぇとは思ったが、理論を支える根拠の部分が、『原因不明のまま発動しない魔法の存在』ってだけじゃ、いくらなんでも弱すぎる」
こくんと僕は頷く。その点については、僕もエイノの意見に同意できる。
「つまり、内容は理解してもらえていると思っても? 加えて論理的には矛盾がないと」
するとしばらく思考を巡らせるためかエイノは動きを止め、数秒してから口を開いた。
「ああ、つまりはあれだろ? 俺たちが心象を描く時の表現方法と、世界が実際にその風景を顕現させる時の表現方法は異なっている。そして
見事に要点をまとめたエイノの説明を僕は肯定する。
「はい、その通りです」
「そうだとすると、一つの魔法を発動するために、俺たちは意識的なものと無意識的なものを含め、二種類の表現方法で心象を描く。だから、
僕はほっと胸を撫でおろした。その点を理解してもらわなければ、僕の話は前へ進まない。
「では、ここからは、その仮説が
「『個の言語』に『世界の言語』ね……。構わねぇぞ。続けろ」
やはり彼ほどの一流の研究者であれば、他人の思考に対する理解も早い。
「ここからが、重要なのですが……実は僕は最近、その『世界の言語』の解読を始める手立てを見つけました」
そこで一気に、エイノが怪訝な顔になる。
「ああ? お前の話だと、普段の俺たちは無意識に『世界の言語』を使ってるんだろ? 無意識の中に存在するつかみどころのない言語を、どうやって解析できるってんだ?」
ああ、と僕は唸り声を上げる。その部分を説明するのはただでさえ難しいし、また、それを説明してよいものかを僕は未だに決めかねていたからだ。
「それを今ここで、口頭で説明するのは少し難しいです。後できちんと
だから仕方なく逃げの一手を打った。ごくごく簡単に説明しようとすると、僕たちが無意識的に使用している『世界の言語』を意識的に使用できる魔法使いが見つかって、その人の協力を得ているということになる。その人物のためを思うと今ここで素直にそれを明かしてしまうのは気が引けた。僕たちはどうしようもなく、研究に傾倒している人種だから。あの人が、倫理のタガが外れた
「まぁ、言いてぇことがないわけじゃないが、それは認めよう」
エイノは渋々と言った具合に頷く。
「それで、最近ようやく『世界の言語』を粗方解析し終わり、なんとか『個の言語』との対応表が完成しそうな状況にあります」
「つまりお前は今、自由に『世界の言語』を『個の言語』に翻訳できるってワケか?」
「ええ。自由に、というと少々語弊がありますが。イメージとしては、『世界の言語』の使用者と、『個の言語』の使用者の通訳をできる状況に近いかと。最近はその研究に没頭していたので、対応表がなくてもある程度『世界の言語』を理解できます」
僕の言葉に、エイノはうんざりしたような表情を見せた。
「あぁ~。おめぇが地で持ってる記憶力や思考能力が図抜けてるのは知ってるがよぉ。久々に驚かされたぜ……。つまりは未知だった一つの体系的言語を一人で解析して、自分でも使えるようになっちまったってわけだ」
ふぅーとエイノが長く細い息を吐いてから続ける。
「そんで? その翻訳能力が、あの戦闘にどう関わってくる?」
ここまでくれば、僕の中で説明の九割は完了している。あとは一息に告げるのみだった。
「『世界の言語』を理解できるということは、初めからそれを用いて心象を構築できるということです。そうすることで、魔法発動のプロセスを省略できると考えました」
「そういうことか!!」
ようやく合点がいったように、エイノが指を鳴らす。
「確かに、『世界の言語』を理解していれば、わざわざ一時的に『個の言語』で心象を記述する必要はねぇ」
僕は頷いた。
「ええ。つまり、あの時の僕の魔法は『個の言語』で心象を記述するというプロセスが省略されていました。その分、発動速度の面で大幅にアドバンテージを得ていたと思われます」
今日は、研究室にレーナ様はいない。久々に僕自身が淹れた紅茶を口に含んで、エイノは深くソファに沈み込んだ。
「こりゃ、とんでもねぇ発見をしてくれたなぁ。まったく。しかもそれで魔法が発動するってこたぁ、間接的に
「ええ……」
まだ確定的ではないが、これはおそらく魔法研究の歴史に残る発見になる。そんな自負はあったし、実際僕は自らの立てた仮説がほぼ証明されたことに大きな充足感を得ていた。普通ならば大騒ぎしてもいいところである。しかし。
「まぁ、公表時期に関しては慎重に考える必要があるか。理論的に弱い部分を補強しておく必要もあるし……、下手すりゃ、この技術を知ってるか否かで、魔法軍の戦力が大幅に変わる。加えて、誰が国に報告するかってのも決めなきゃいけねぇ」
「そう、ですね……」
僕たちは、今新しい技術に伴う責任と重みをよく理解している。それが革新的であればあるほど、大きくなることも道理であった。
「っと、まぁそれはさておき、レイフよぉ」
再び、エイノがにやりと口角を上げている。
「な、なんでしょう」
「やりやがったなぁ。お前くらいの年齢ならひとまずは大喜びしとくもんだぜ? 可愛げのねぇこって」
エイノは、がしがしがしと何度も頭を乱暴に撫でまわす。つられて僕も緊張が解れて笑みが漏れた。
「ありがとう。エイノ」
「おう。これからもしっかり俺の下で成果を出し続けてくれよぉ、可愛い可愛い、レイフちゃん♪」
「だ、だから、ちゃん付で呼ぶなといつも言っているでしょう?」
「じゃあ、レイフカールフェルト君」
「君というのもいまいち気に入りませんが……」
「なら、レイフカールフェルト研究員」
「ど、どうしたんです? 急に改まって」
僕が尋ねると、エイノは珍しく、やや歯切れの悪い口調で言った。
「たった今その成果を褒めた直後に悪いんだけどね? アングラ研究ばっかに、傾倒して、本業の方はどうなのよ? 例の案件、ちゃぁ~んと進めてくれてんだろうね? 締め切り、近いんだよ?」
「ああ……そういえば……」
まさに今思い出したと言った様子で僕は口を開く。実際、今の今までいろんなことがありすぎてすっかり忘れてしまっていたのだ。
「ちょ~っとぉ!! その言い方。明らかに忘れてたぁ、って口調なんだけどぉ!?」
さすがに自分の受けてきた案件と、自らの評価に直接的に関わる部分には敏感なようだ。今その進捗を尋ねることにやや罪悪感はあるようだけど、そのあたりをうやむやにしないのが、彼が魔法研の重役たる一つの所以なのである。苦笑いを浮かべながら、僕は返事を口にする。
「あ、安心してください。覚えていますよ。セルベル博士の気象操作の件ですよね? 確かに、僕は普段、好奇心に走りがちですが……。今回この
本来の目的をちょっと、いや、完全に忘れかけていたというのは黙っておくことにしよう。うん。それがいい。
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