第31話 技術の産声・1

 ひどい目に合った。それが率直な感想だった。まさか起き抜けに研究室の襲撃者に出くわそうとは。なんとかあのグレースーツを追い払った後も、研究所や王宮の警備が大勢やってきて、根掘り葉掘り、頭がおかしくなりそうなくらい同じ質問を繰り返された。


「さっそく教えてもらおうか? っと、その前に、レーナ嬢のことは誰にもばれてないだろうな?」

 こくりと僕は頷く。エイノはあの時レーナ様に変装を促したが、その後、研究所や王宮内の混乱に乗じてひっそり自室に戻ってもらうことに成功した。エイノ自身もその時すぐに治癒専門の魔法技術師マギ・エンジニアのところへ搬送されたため、事情聴取に臨むことができたのは僕だけだったというわけである。


「エイノの方は、足の傷はもういいんですか?」

 するとソファから立ち上がったエイノがぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。


「この通り、もうばっちりよ。違和感も何もねぇ。さすがだな、うちの治療班は」

 執務にも翌日にはもう戻ったと聞いている。まあ、そのせいで一晩寝ずに事情聴取を受けた僕も、翌日普通に仕事をしなければならない気になってしまった。こんなことなら、あと二、三日は寝ていてくれればよかったのに……。というのはさておいて。


「それは安心しました。もう年なんですから、あまり無茶はしないよう」


「ったく、それはこっちの台詞だぜ? 魔法戦闘師マギ・ウォーリアでもねぇくせに、あんな真正面からやり合う必要はなかっただろうよ?」


「すみません。少し、興奮してしまって。レーナ様が襲われていたこともそうですが、その……エイノもひどい状態でしたから。結局相手の目的は、あの言葉どおり?」


「ああ。ご丁寧に俺の方に寄越した封筒にも同じ文言が書かれてた。目的は粗悪水晶純化の魔法ノウハウ。どこの国の遣いかってのは……、俺が話に乗って交渉の場につけば教えるとあったな」

 疑念が確定的となり、僕は視線を伏せる。


「そうでしたか……。その、すみません」


「なんで、おめぇが謝るんだよ?」

 こんな風に嫌な顔をされるのは分かっていた。しかし、頭を下げないわけにもいかなかったというのが僕の心境だ。なぜなら――。


「だって、あの魔法は、もともと僕の……」

 粗悪水晶純化のノウハウは、親戚の家をたらいまわしにされ始めた頃、僕が組み上げた技術をコアとしている。世話になる家に少しでもお金を還元するための石英クォーツ採掘の際に、効率を求めて魔法を工夫した結果だ。魔法研に来て間もないころ、それをエイノの名前で国に報告している。


「バカ言え。その技術が俺のもんだと思われているから俺が狙われたんだと、お前は思ってるのかもしれんがなぁ。俺がその技術を知る貴重な魔法技術師だと、奴さんが勘違いしてくれていたからこそ、命までは取られなかったんだぜ?」


「でも……」

 あぁー。とかすれた唸り声とともにエイノはがりがりと頭の後ろを掻いた。


「始めっから、そういう目的だったろうよぉ。俺の名前で技術を発表するのは。その功績から得られる恩恵も、開発者としての責任も、魔法をめぐる汚い政治的ないざこざも、こっちは端からリスクとして背負ってんだ。まだ幼なかったお前にはちぃと重かったろうからな」

 エイノの言葉に、僕はぎゅっと拳を握った。


「でも、今は……。今は僕はもう幼くはありません。未だに僕が成果の一部をエイノの名前を借りて発表しているのは、ただ僕の……」


「うっせぇ。前がなんと言おうと、今はまだ、あの技術は俺のもんだ。だから、その功績も責任も俺のもんだ。最も、お前が表舞台に立つって決めたなら、その時はまた別だがな」


「エイノ……」

 がしがしと、頭を撫でまわされる。そんなことをされたのはずいぶん久しぶりな気がした。この話はこれっきりだと言わんばかりに、エイノが話題を変える。


「それよか、約束通り聞かせてもらうぜ? お前があの戦闘中に何をしでかしたのか」

 にやりと、いつもの悪戯小僧のような目つきだった。やっぱり彼は研究者で、何か新しい技術に触れる時、幼い子供のような無邪気な表情を見せることが多い。


「し、しでかしたと言うと、ちょっと大げさだとは思いますが……」


「はっ。大げさなもんかよ。あの夜、非戦闘員であるはずのお前の魔法完成の速度が、明らかに根っからの戦闘魔法師であるアイツの魔法完成速度を上回っていたんだからよ。あれは異常事態だ」

 合わせて僕もいつもの調子を取り戻すと、エイノは早速乱暴に息を吐いた。


「い、異常事態ですか……」


「ああ、言っとくが実は魔法戦闘も得意だったなんて、下手な誤魔化しは効かんぜ。もしそうなら、今からうちの魔法軍の連中を十人ほど連れて来て、模擬戦で徹底的にお前の戦闘技術を検証してもらう」


「それは勘弁願いたいですね」


「だろ? アングラだかなんだか知らんが、何の研究を進めてたのかきっちり説明してもらう」

 あの大博士、エイノ・ハーゲンが魔法技術に興味を示した。その成果の一部を僕が担っているとは言え、それを差し引いても彼の魔法研究の成果は群を抜いている。あの技術について一番初めに話をする相手としては間違いなく不足ないだろう。ここ数年、一番近くで彼の背中を見てきた僕が、それを一番理解している。


 話が長期化することを覚悟した僕は、なんと説明したものかと、頭の中で言葉を整理し始めるのだった。

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