第22話 世界をつなげる・2

「レーナ様は一卵性双生児の間ではしばしば、心象の共有が可能だという話を聞いたことはありませんか? 手をつなぐだけで、双子の一方が構築した心象を用いてもう一方が魔法を発動できるというものです」


「そういえば、隣国にそんな方々がいらっしゃるという噂を聞いたことがあります」


「詳しい理屈は省きますが、あの現象は、心象を構築する際の魔力の質が一卵性双生児間ではほぼ一致しており、手を触れるだけで心象の共有が可能だからということが明らかになっています。実際に拝見して、確かにレーナ様の心象は普通とは言えないものでした。が、それを構成しているのは、アイブライトの王族に典型的に見られる魔力の性質でしたから……」

 言いながら僕は席を立ち、レーナ様が座るソファのすぐ隣に腰を下ろした。右手を差し出して続ける。


「目をつぶってこちらに手を置いて。ゆっくり深呼吸してみてください」


「えっ?」


「ですから、ここに手を置いて。僕がある程度レーナ様の魔力の質を感じることができれば、それに合わせて、わざと似た性質の魔力で心象を構築することで、レーナ様にも僕の心象を共有することができるはずです」


「ああ、そういうことですか」

 おずおずと、おっかなびっくりレーナ様が僕の右手に自らの左手を重ねる。瞬間、研ぎ澄ませていた僕の感覚器がレーナ様の魔力を検知した。やっぱり、王族に典型的な、まじりっけのない良質な魔力だ。


 僕は意識を集中して、魔力を濾紙にかけるようなイメージで少しずつ不純物を取り除き、自らの魔力が持つ性質の中から、王家のそれと最も近いものだけを慎重に束ね直した。自らの魔力の質の再編成は難しい技術ではあるが、訓練すれば不可能なことではない。


「では今から、少しずつ僕が心象を組み上げていきますから、何か見えたら教えてください」

 レーナ様の魔力の質と僕の魔力の質に一切の共通項がなければこんな芸当はできないが、この同じアイブライト王朝に生を受けた国民は、百数十世代ルーツを遡ればほとんどが祖先の一部を王家と共にしているから、遺伝的傾向の強く出る魔力の質が、全く異なるわけでもない。


 ざっと彼女の魔力を把握した感覚だと、僕との一致率は十パーセント程度か。


「はっ、はい」

 やや緊張したレーナ様の声音を聞きながら僕は再び集中する。数秒で、成果が見え始めた。


「あっ……えっと。何かイメージが見え始めました。……ぼんやりと薄紫色の景色が足元に広がって、空は青くて……でもそれ以上は……少し視界が不鮮明で、よくわかりません」


「なるほど。……少し純化が粗すぎたかな? うん。……ではレーナ様、右手もこちらへ乗せてください」


「ふえっ?」


「もう少し深く、レーナ様の魔力を調べる必要がありそうです。もう少し鮮明なイメージを共有できないと、検証が成り立ちませんから」


「…………ハイ」

 おずおずと差し出された右手をできる限り優しく握る。ソファの上で互いに膝立ちになって、両手を握り合う格好になった。瞬間、先ほどの約倍量の彼女の魔力を僕の感覚器が検知する。触れている部分が多く、通う魔力が多いほど解析は容易化し精度が増すことを利用して、僕は再び自らの内側に意識を向けた。そのままの姿勢で、十秒の沈黙。


「……あの、レイフ様? これはいつまで……」


「すみません。もう少しだけ我慢を」


「…………その、少し照れますね」

 レーナ様の声は聞こえていたけれど、意識はそこには向けていない。彼女の魔力の質に集中し、先ほどよりさらに厳しい基準で自らの魔力を束ね直す。

使えるのは五パーセントくらいかな……?


「では、一度心象を組みなおします。先ほどと同じように何か見えたら……」


「わぁ!! すごい! すごいです!」

 今度は僕の言葉が終わらないうちに、成果が表れた。


「この紫の絨毯は、……一面のお花畑、ですか!?」


「今度はうまくいったようですね」

 自らの魔力の内の五パーセントしか使用できないとなると、長くはもたないだろうが、なんとか検証を進められそうだ。


「本当に、綺麗……。これは全て同じ種類ですよね? なんというお花なんですか?」

 そんな僕の冷静な思考とは裏腹に、レーナ様は先ほどからどんどんテンションを上げていた。


「これはラベンダーの一種です。僕の生まれ故郷の近くで、夏ごろになると一斉に……」


「とても綺麗です! こんな景色、初めて見ました。国の中でも王宮の外に出れば、こんな景色が……」

 その言葉に、そうかと僕は得心する。彼女は王宮の外の経験に乏しいのだ。目を瞑っているから、しっかりと表情を見て取ることができないが、彼女は明らかにその風景をじっくり楽しんでいる様子だった。


「そうですね。ここは、自然の多い国ですから、自らの足である程度歩き回る覚悟があれば、こういった景色には事欠きません」


「へぇ……。ねえ、レイフ様、レイフ様!」

 少し年齢が下がったのかと思うような無邪気な呼びかけに、僕は多少戸惑いながら返事を返す。


「どうしました?」

レーナ様にとって、王宮の外の景色と言うのはそれほど珍しいものらしい。


「もう少しだけ、鮮明にこの景色を見る方法はありませんか? このお花、もう少し近づいて見たいのですが……」


「えっと、せ、鮮明に? まあ、あるにはありますが……」

 僕の歯切れの悪い返事にも、レーナ様はいつもより少しだけ高い声で反応する。


「どうすればいいのですかっ!?」


「ええと……、触れ合っている部分が多いほど、多くの魔力が流れて僕の解析の精度が上がるので、手、以外にもどこかが触れ合っていれば。……ああ、でも」

 今の目的は、鮮明な景色を共有することではないからそこまでする必要はない。よくよく考えてみれば今の状況も気恥ずかしいし。そう口にしようとしたところで。


「こんな感じですかっ?」


「……うえっ!?」

 レーナ様がまるでお気に入りの枕を相手にするみたいに、僕の右手に抱き着いた。同時に、ふにょんと何か柔らかい感触が僕の二の腕辺りに触れた気がした。あっ……、あっ……。これ、もしかして……。というか、レーナ様、意外とおおき……。


「あれ? どうしてか、ちょっと映像が乱れましたね」

 混乱しきった僕の頭はその言葉で現実に引き戻された。そうだ、レーナ様は今純粋に景色を楽しんでおられるんだ。僕が邪な気持ちになってどうする……。


 必死に理性を立て直し、心を無にして自らの魔力の純化に専念した。そして、それが十分に進んだところで、僕の顔のすぐそばから、また無邪気な王女様の声が聞こえる。


「すごいすごい! セピアみたいだった色調が、一気に鮮明になりました」

 と同時に、レーナ様が一層強く、僕の右手を抱きしめる。


「ちょっ!? レーナ様!? だんだんと趣旨かおかしくなって……」


「……あっ」

 しかし、次の瞬間、僕の身体が強く右側に引き込まれた。動揺して目を開けると、視界には、ぐらりと体のバランスを崩したレーナ様の姿。いくらなんでも、ぴょんぴょん跳ねるみたいに全身で喜びを表現しようとするには、ソファで膝立ちになって、僕の腕を抱きかかえながら、というのは無理があったらしい。


「レーナ様!」

 咄嗟に僕は、魔法で自らの身体をソファに固定して、そのままレーナ様がそこから落ちてしまわないように、その肩をしっかり抱きとめた。


「…………」


「…………」

 何が起こったのか分からずに、僕たちはしばらくその体制のまま、お互いの顔を見つめ合う。やがて、先に、再起動したのはレーナ様だった。


「……ご、ごめんなさい。少し調子に乗りすぎたようで」


「い、いえ。そんなことは。……お怪我はしていませんか?」


「……だいじょうぶです」

 再び、数秒の沈黙。顔が、近い。心臓がばくんと跳ねる。

 だって、間近で見たその肌は透き通るように白く、滑らかで。髪と同色のまつ毛は驚くほどに長く、綺麗な曲線を描いていて。大きな二つの眼は、そのまま僕を吸い込んでしまいそうな深い夜空の輝きだったから。


 そして、先ほどまで興奮していた影響か、どこかぼうっと遠くを見つめるようなその表情が、いつもよりやけに、幼く、無防備に見えてしまう。それが、彼女が王族だということを僕意識の隅に追いやってしまいそうになる。


「……レイフ、さま……。あの、私、……」

 極めつけに、掠れるくらいに小さく、けれど鈴の音のように綺麗な声で僕の鼓膜を震わせてから、彼女はきゅっと目を瞑った。


 ああ、こんなの、このまま――。


「ちょっとレイフちゃぁ~~~~~ん!!!! さっきからずっと、水晶鳴らしてんだけどぉ!! 新規案件、たまりに溜まってるんだけどぉ~~~~!!」

 しかし、ちょうどその瞬間に、激しい扉の開閉音とともに、頓狂な声が研究室中に響いていた。


「エ、エイ……ノ?」

 声の主を視界にとらえて、とりあえずその名前を口にするしかできなかった僕は。


「え? お前一体、何やってんの……??」

 今まで一度も見たことがないくらい真面目な顔で発せられた、上司の声を聴いたのだった。

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