第21話 世界をつなげる・1
「それで、私は具体的に何をすれば?」
相変わらず、どこか上機嫌なレーナ様は胸の前に両手を握って僕に尋ねる。あまりの張り切りように、少し申し訳ないと思いつつも僕はそれに応答する。
「実を言うと初めのうちは、あまりレーナ様に頑張ってもらう必要はないと思っています」
「えっ……」
見るからに不満そうな表情を覗かせながら、レーナ様が続ける。
「これから毎日、レイフ様と魔法の練習をするわけじゃないんですか?」
少し拗ねたように唇を尖らせる様子もやっぱり、かわ……。こんなことを考えている場合ではなかった。
「闇雲に手数を打つというパワープレーも研究においては時に重要ですが、あまり僕の得意なやり方ではないんです。それに、僕はさておき、レーナ様の方は毎日僕に付き合っていられるほど自由な身ではないでしょう」
「まあ、レイフ様ならそんな風に私の予定を気遣いますよね……。いらぬ心配なのに……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ。続けてください」
僕は頷いてから口を開く。
「いいですか? レーナ様は自身の心象を用いた魔法を行使できない。この問題に対して、僕たちはこれから二つのアプローチで解決を目指そうと思っています」
「ふたつ」
僕の言葉をおうむ返しにしたレーナ様がこてりと首を傾げる。こういうなんてことない仕草で、こちらをいちいち動揺させるのはいい加減やめてもらいたい。こほんと小さく咳払いしてから、僕は続けた。
「一つ目はレーナ様の心象がどうして破綻を来すのかという原因の究明です。こちらに関しては、既にレーナ様の心象をサンプルとして僕がいただいていますから、あとは僕がそれを読み解いていくことで、なにかしらの仮説を立てたいと思います。もしよろしければ、あと二つか三つほど、レーナ様が特定の魔法を発動しようとした際のサンプルをいただけると助かります」
少し思案するような表情を見せてからレーナ様が反応した。
「では、私は以前のようにいくつか心象鏡に心象を複製しておくだけのようですね。少し拍子抜けです」
「安心してください。もう一方のアプローチではもう少しレーナ様にもご協力していただくつもりですから」
「もう一つのアプローチとは?」
「レーナ様の魔法発動プロセスにおいて、うまくいっていない部分を魔道具や特殊な方法を用いて補完することができないかを模索します。それにはまず、
「ええと、二つ目を私があまり理解できていない気がします。補完というと、例えば
こくりと僕は頷く。
「はい。その補完の究極的なところが、
一口紅茶を口に含んで、自身の考えを整理するように緩慢な動きで、レーナ様はひとつひとつを丁寧に言葉にしていった。
「つまりは、原因を明らかにすることでそれを取り除き、私が完全にオリジナルの魔法を使えるようになるための根本療法と、ひとまず見かけだけでも魔法が上手く使用できるようになるための対処療法、という理解でよろしいでしょうか?」
レーナ様はご自身の考えを整理するのが相変わらずお上手だ。
「間違いありません。レーナ様はやはり、魔法の論理に対する理解力がとても高い」
「か、からかわないでくださいと以前にも言ったはずです」
「すみません。ですが、こちらこそ以前にもお話したとおり、本気ですからね?」
「もぅ……」
顔を真っ赤にして下を向いてしまったレーナ様を見てそれ以上の追撃を止める。どうやら彼女はお姫様であるにも関わらず、褒められ慣れていないようだ。いつもからかわれている分、いつか褒め殺しにしてみるのも悪くないかも……。と、邪な考えはこれくらいにして。
「それで、レーナ様のおっしゃるところの対処療法。今日はこちらの第一段階をひとまず進めてしまいましょう。これからレーナ様には僕が構築した心象を、できる限りたくさん目にしてもらいます。それを見て、何を感じたか僕に教えてください」
再びレーナ様が首を傾げる。
「それで何が分かるのです?」
「世界に対するレーナさまの解釈の傾向を調べます。極端な話、この解釈が一般から大きくずれていると、心象を構築することが難しくなると予想されます。例えば燃え盛る炎を目にした時、一般人が『赤い、熱い、激しい』という印象を受けているのに、レーナ様が『青い、冷たい、穏やか』と解釈してしまっている場合、同じ『炎』を心象で構築した際にも普通とは違う景色が出来上がってしまいますから。これでまず、レーナ様の世界に対する解釈が正しいかを明らかにします。心象構築のもっとも初期段階をクリアしているかどうか、といったところでしょうか」
ふんふんとレーナ様は何度か首を上下に揺らした。
「なるほど。ですが、私はどうやってレイフ様の心象を見ればいいのですか? ……ああ、もしかして、たくさんの心象鏡を用意して?」
「それでもかまいませんが、ああみえて
僕は昨日書斎の奥から引っこ抜いてきた文献にちらと視線を落とした。
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