#1 自称世界最強魔王は自らの過ちを悔いるのか

クリナミア歴5150年 15月525日


暗黒深淵魔大陸クリナミア。

空は闇に覆われていて、禍々しい魔獣共が大量に蔓延る終焉の地。

俺様がこの地に王として降臨して、五百年以上は経った。

魔界は正しく弱肉強食だ。力こそ全て。力なき弱者は淘汰される運命にある。

そんな残酷かつ過酷な世界を、吾輩は単純な武力で立ち向かった。

降り立った当初、まだ王としてはか弱き存在ではあったものの、襲い掛かってくる魔獣共を蹂躙していき、ついには魔大陸全土を掌握した。

そこから五百年以上、吾輩は常に王として君臨し続けた。

挑んで来る魔獣共を倒し続けたことによって俺様を慕う者も増え、勢力を着実に拡大していった。

故に俺様は最強だ。どんな猛者共が挑んできたとて、俺様の武力をもってすれば一ひねりだろう。

俺様に叶う相手は、このクリナミアには存在しないと断言してもいい。


……だからこそ、俺様は油断していた。


以前、魔王討伐を企む勇者一行を返り討ちにしたことがあった。

勇者が戦神ゴルゴダの加護を受けた神狩武器(オルフェノク)を所持していたこともあって、それなりに強かったものの、問題なく退けることが出来た。

しかし、その勇者一行が懲りずにまた魔王城に乗り込んできた。

一回倒した相手だ。面倒ではあるが軽く一ひねりで蹴散らせるだろうと思い込んでいたのが運の尽きだった。

魔王城の周りに堅牢な上位結界を幾重にも張り巡らせていたというのに、結界を無効化出来る僧侶(ヒーラー)がいとも簡単に解除してしまった。

最先端のテクノロジーと俺様の無尽蔵の内包魔力(オド)と自然魔力(マナ)を駆使して、大量生産して守りを固めていた自慢の機械兵(アンドロイド)は、死霊術師(ネクロマンサー)が操る死霊共に操られてもれなく全員乗っ取られた。

 溢れ出る魔力の源だった自然魔力の貯蔵庫は魔術師(メイジ)によって焼き払れて消し炭になり、内包魔力の増幅を可能にする武具や防具は保管庫ごと盗賊(シーフ)によって全部奪われた。

 その武具や防具で能力を大幅に増強された戦士や格闘家や剣士連中によって、吾輩が信頼を置いていた四天王が見事に打倒されてしまった。

 どうにか侵攻を食い止めようとして張り巡らせていた罠や伏兵もすべて看破されて、チート級のバフを決め込んだ勇者連中相手になす術もなく屈服しているのだった。

 もう惨め以外の何物でもない。挙句の果てには聖神ロンドブリュレの加護を受けたとかほざいていた姫によって俺様の能力を全て初期値に書き換えられる始末だ。

 産まれたての赤子が生身で隕石豪雨(メテオレイン)に立ち向かうレベルで無防備になった俺様には、最早なす術もなかった。

「魔王アイギス! 貴様の支配はこれまでだ! 諦めて降伏するんだな! 今なら原形はとどめておいてやる!」

 武装も鎧も全て剝ぎ取られてボロボロな俺様に、勇者は神の加護を受けた大層な剣を向けて脅してくる。

 絶対嘘だ。原形も留めず消し炭にするつもりだ。

「ハッ……ハハハハハッ! 貴様なんぞに降伏するつもりはないわ! 俺様は魔王……魔王アイギス・アルカヴァレーヌ・ルカシオン! 最恐最悪の魔王! 貴様ごときに屈服するなど笑止千いや痛い痛い痛い痛い痛いごめんなさい調子に乗りましたすいません」

「長いしくどいぞ! もっと簡潔に言え! まどろっこしい!」

「いやだから謝ってるではないか痛いって! 簡潔に! 簡潔にまとめて言うから! 拘束具に電流を流すのは止めないか! 本当に! 本当に痛いから! や、やめ! やめろと言ってるではないか! 殺す気か!」

「魔王アイギス。あなたがこの数百年の間起こした卑劣な行いの数々、我らバイルゲインの民達は一度たりとも許した覚えはありません。私たちはあなたを殺すのではない。魂を浄化させて一からやり直す機会を与えているのですから」

「いやだから少し位は俺様の話を聞け! 一方通行にもほどがあるだろう! 乗り込んできた途端に間髪入れずに上位魔法をぶち込んで来る勇者がどこに居る! そもそもの、そもそもの話だ! 俺様はただこの魔王城で挑戦者を待ち構えていただけで、貴様らの領地を支配したり村を焼いたり奴隷制を布いたりした覚えはない! 俺様はただ闘争を楽しみたかっただけだ! そもそも種族間のいざこざとかとかめんどくさいことこの上ないから厄介ごとにはなるべく関わらないって決めてるんだぞ! 別の奴と勘違いしてるのではないか!」

「平和主義な魔王なんて居るわけないだろふざけるんじゃない! マリア! もうこいつの話を聞く必要はない! 思いっきりやってくれ!」

「言われなくともそのつもりです!」

「だから何も知らないって言っておるだろうが! おい! 俺様の話を聞く気はないのか! 魔王が相手だとしてもやっていいことといけないことがあるだろ! 勇者ならせめて常識位弁えろ! てかおいおいおい何をする! 浮いてるぞ! なんか宙に浮いてるんだが! おい! おろせ! おろさぬか! おい!」

 勇者の横に居た姫は汚物を見るような目で詠唱を唱えると、動けないの体を浮かび上がらせる。

 魔王権限で詠唱破棄を施行しようにも、権限が全て書き換えられてしまったらしく、身動き一つも取れやしない。

 すると、宙に浮かんでいる吾輩の下に巨大な魔方陣が浮かび上がり、床が泥沼のように揺らめき始める。

 これは知っている。神の血を受け継いだ人間にしか使用権限が与えられていない禁忌魔術だ。

 通称、時空転移(タイムワープ)。時空の流れを歪ませて発生させた時空嵐の中に放り込み、時空の間に永遠に閉じ込める、魔王も畏れる最恐最悪の処刑魔法だった。

 血の気が引いた。これはヤバい。マジでこれはヤバい。魔王でも普通に死ぬ。確実に死ぬ。

「おい! ちょっと待て! 一旦落ち着こう! そう! 落ち着こうではないか!」

「何を言っているんだ魔王アイギス。俺の村を……俺の家族を奪った張本人のいうことなんて聞くわけないだろ」

「そ、それは、そうだけどもさぁ!」

 懇願したら真顔でそんな言葉が返ってきた。ごもっとも過ぎて何も言い返せない。

 いや、確かにそうだけども。

 一瞬何も言い出せずにいたものの、よくよく考えてみてもやっぱり納得がいかな過ぎる。

 そして、そんなことを言っている間に俺様の下に渦巻いている時空穴に一歩ずつ近づいてた。

 これはヤバい。もう魔王としての威厳とかそっちのけでヤバい。

「もういいか。魔王よ。貴様は罪を重ね過ぎた。時空の牢獄にて悔い改めるがいい!」

「いやいやいやいや待て待て待て待て! 一旦待とう! せめてこれだけでも! せめて一つ教えてくれ! ……お前の村を襲って親を殺したのは、本当に俺様か?」

 どうにか必死に思い出してみたはいいけど、真面目にやった覚えがなかった。少なくとも吾輩が大陸を統べてから村を焼き払え的なことを命じた覚えもなければ実際に行動に移した覚えがない。

 せめてこれだけははっきりして置きたった。吾輩の必死さが届いたのか、ジワジワと時空穴に近づいていた動きが止まる。

 だけど、何言っているんだこいつはと言いたげな表情をしていた。

「……何を言っているんだ。覚えているに決まっているし、お前以外の誰だというんだ。ほら、これが証拠だ」

 勇者はそういうと、投影魔法で空間に映像を映し出した。

 確かに、そこには巨大な獄炎弾で街を破壊している俺様が映し出されていた。……顔が若干似ているだけの偽物だけど。

「いやそいつ誰! 吾輩そんな顔とだらしない風貌してないだろ! もっとムキムキでかっこいい感じだろ! そもそもオークみたいな耳と鼻ついてないから!」

「何を言っているんだ。お前は魔王だろ。姿形を自由に変えれるだろ」

「魔王はそんなに器用じゃないぞいい加減にしろ! 俺様の専門は攻撃魔法で変化魔法は専門外! もう絶対偽物ではないか!」

「死にたくないからといって言い逃れするのはいい加減にしろ! そもそもお前! 手下に対する扱いも酷いみたいではないか! 俺達に魔王軍の情報をくれた彼がそう言っていたぞ!」

 そんなハチャメチャなことを言ってのける勇者に紹介されるように、後方から何者かが現れる。……一体のオークだった。

「どう考えてもそいつが黒幕ではないかああああああああああ! ……あ、思い出した貴様あれだろ! うちの宝物庫に忍び込んで金銀財宝盗み出そうとした盗人オークだろ! そうだ絶対そうだ! おい! 勇者! 俺様はやはり無罪だ! 犯人はそのオークだ! 処刑をするならオークだろ!」

「ふざけるんじゃない! 魔王軍に有益な情報もくれたのも、魔王に有効な武器や魔法の入手方法を教えてくれたのも隠し通路のありかや弱点を教えてくれたのもこのボリスなんだぞ! そんな心優しきオークである彼が俺の親と故郷を滅ぼす訳ないじゃないか!」

「元凶おおおおおおおおおおお! そいつ元凶おおおおおおおおおおおおお! そいつが犯人! 絶対犯人! 犯人確定! 俺様無罪いいいいいいいいいいい!」

「もういい加減にして!」

 必死の訴えを掻き消すように、姫が大声を上げる。

 鬼気迫るような瞳には涙を浮かべている。……こいつまさか。

「もう、いい加減にして……そんなことしていても、お母さまもお父様も、町のみんなも大切な仲間も返ってこないのよ! それもこれも全部この大陸を支配していた魔王であるあなたの責任よ! ……魔王は、この世界に必要ないわ。全部、全部消えてなくなればいい」

 姫らしからぬ修羅の如き覇気を纏って、俺様を拘束していた魔法の威力を一気に強める。

 俺様を苦しめる鎖の呪縛は更にきつくなり、身動き一つ取れなくなる。それどころか生命力自体も吸い取られているような感覚だった。

 ようやくわかった。こいつらダメだ。最初から話聞くつもりなかったパターンの奴だ。

「い、いや、泣かれても俺様とて困るんだが! そもそもやったの俺様じゃないもん! 確実にそいつだもん!」

「語尾がおかしくなってるぞ魔王! 今更ぶりっ子ぶってんじゃないぞ魔王!」

「誰のせいだ誰の!」

「誰のせいとかどうでもいいのよ! ……さよなら魔王。永遠の時間を彷徨いなさい」

 吾輩の抵抗もむなしく、時空穴に足先からだんだんとのめりこまれていく。

「やめ、やめろ……だから俺様は無罪だ! 無罪なんだって! むざごぼぼ」

 どうにか最後まで無罪を訴えようとしたが思いは届かず、時空穴に飲み込まれてしまう。

嵐の中のように渦巻いている上に底の見えない穴に、真っ逆さまに落ちていく。

最後に見えたのは、吾輩を睨んでいた勇者の後ろで、計画通りとばかりにほくそ笑むオークの姿だった。

 もう絶対あいつ犯人だ。

 絶対に許さない。魔王相手にこの始末はありえない。絶対に殺す。捻り潰す。叩き潰す。覚えてろ本当に。

「……ん?」

 時空穴に飲み込まれて今にも意識が持っていかれそうになるのをどうにか耐えていると、ふと目の前に手のひらサイズの光り輝く宝石のような何かが現れた。

 ただの宝石ではない。何か人を寄せ付けて離さないような不思議なオーラが溢れ出ているように見える。

 何故かとても気になって、宝石に手を伸ばす。


 次の瞬間、俺様の意識が宝石の中に吸い込まれた。






油断していた。

ただその一言に尽きる。



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